表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
喜劇的☆マ☆テキテキ  作者: 村崎羯諦
51/56

カイキテキ・マ・テキテキ 16

 突然消えてしまった。嘘でも誇張でもなく、その言葉の通り、おっさんはふっと俺の目の前から姿を消してしまった。


 事態がまったく飲み込めず、俺はただただその場で口をあんぐりと開けて立ち尽くすことしかできない。そして、ふらふらとおっさんがいたはずの場所へと歩みより、きょろきょろと辺りを見渡す。


 河川敷に遮るものはない。目の前を流れる川も浅く、人が隠れられるほどの深さはない。それなのに、なぜおっさんは一瞬で消えてしまったんだ?


 俺は混乱する頭を一生懸命働かせながら、当てもなく、周囲を探し続ける。人が消えてなくなるなんてありえない。そんな超常現象など見たことがない。いや、俺が今まで見ていたおっさんは単なる幻想、あるいは幽霊だったのだろうか。そう考えた方が、忽然と目の前から姿をくらませる出来事と親和的だし、同じように非現実的とはいえ、まだそっちの方がすんなりと受け止められるかもしれない。


 しかし、それが違うということを俺は同時に理解していた。俺以外の人間、例えばクソガキや警官もまた、おっさんを認識していたし、おっさんは実体ある人間と同じように飲み食いをしていたはずだ。それなのになぜ?


 やはり、何かのマジックで消えたとしか考えられない。きっとおろおろと慌てふためく俺をどこかで笑いながら観察しているに違いない。俺は無理やり口角をあげながら、おっさんに呼びかけた。


 冗談はやめてくれ。そんな俺みたいな人間をからかって何が楽しいんだよ。


 しかし、俺の言葉はむなしく空を切るだけで、おっさんからの返答はいつまでたっても帰ってこなかった。その時、俺はふと足元へと視線を移した。すると、そこにはさきほどは気が付かなかった何かが転がってた。


 俺はその場でしゃがみ込み、その何かをじっと観察する。そこにあったのは、三つのクルミのような物体だった。表面が茶色く、凹凸のある固い皮で覆われていて、形は楕円型、大きさは俺の親指ほどしかない。パッと見た感じでは、何か植物の種のように思えた。


 俺はそれら三つの種を手に取り、左手にそれらをやさしく乗せた。そして、実を一つずつ右手で手に取り、食い入るように観察していると、おっさんが本当に、その言葉通りの意味で消えてしまったということがふっと理解できたような気がした。


 それと同時にわけもなく涙がこみあげ、その後、一滴の涙がつーっと頬を伝って流れていった。おっさんは消えてしまったんだ。俺は誰かに向かって言うまでもなく、そうつぶやいた。


 この数日間のおっさんとの思い出が走馬灯のように俺の頭の中を駆け巡る。そして、おっさんの最後の姿、つまり、おっさんが腰に手をやり、ぐっと腰を後ろにのけぞらせている姿を思い起こした瞬間、なぜ俺がその時、異様に胸がざわついた理由を悟る。


 あれは俺の親父が癖でよくやっていた仕草だった。


 子供のころ、目の前に立つ親父がそのように後ろに身体ごとのけぞらせる光景を何度も見たことがあった。その時の記憶、子供のころの数少ない親父の記憶とまさに一致し、それが俺の中の郷愁を無意識的に呼び起こしたのだ。


 最初は単なる偶然だと思っていた、おっさんが親父そっくりな容貌をしていたこと、最後に教えてもいない俺の名前を呼んだこと、そういった事実が俺の中で結びつき、現実離れした、しかし救いのある一つの答えを導き出す。


 おっさんはまさに俺の親父だったんだ。数年前に死んだ俺の親父が、こんなだらしのない、不道徳な生活を送っている俺のためにもう一度俺の前に姿を現してくれたんだ。そう結論付けた瞬間、涙は勢いよく溢れ出し、それに合わせるように情けない嗚咽が俺の意思に反して出始める。


 気が付けば俺は地面に突っ伏し、嗚咽が混じった、野太い叫び声をあげていた。自分を罰するように顔を地面に押し付け、涙で濡れた顔に土が付着する。視界の隅で、突然大声で泣き始めた俺を憐れみと好奇の目で見つめ、そのまま何事もなかったかのようにすぐそばを通り過ぎていく通行人の姿が見える。


 しかし、そんなものなど今の俺にはまったく気にならなかった。俺はただ嵐のように荒ぶる感情に身を任せ、声の限り叫び、涙を流し続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ