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喜劇的☆マ☆テキテキ  作者: 村崎羯諦
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カイキテキ・マ・テキテキ 15

 翌日の午前、正午よりは少し前の時刻に俺とおっさんは河原で落ち合った。


俺とおっさんは何も言わずに河川敷と上の歩道を結ぶ階段に腰かけ、真夏らしい突き抜けた青空と、陽光を反射して断続的にきらりと輝く川面をぼんやりと眺める。対岸の河川敷にはガキどもが無邪気にかけまわり、そのさらに奥では年寄りやら親子連れやらが平和そうに歩道を歩いているのが見えた。


 俺は横に座っているおっさんに対して、もう銀行強盗は諦めるということを告げた。顔を河の方へ向けたまま発した俺の言葉に対し、視界の隅でおっさんが驚いたような目でこちらを振り返ったのがわかる。そして、おっさんは少しだけ間を空けた後、ただ一言だけ「そうですか」と言い、再び俺と同じ方向へと顔を戻した。


 俺は続けざまに、もうそろそろこの前稼いだ金が尽きてくる頃だろうとおっさんに尋ね、また同じようにタッグを組んで泥棒をやろうと誘う。銀行強盗など馬鹿な考えはやめて、今まで通り堅実に、小規模な泥棒や空き巣を繰り返していこう。そして、十分にお金を貯めた後で、この稼業から足を洗い、なんでもいいからまっとうな仕事を一緒に始めようと言った。


 おっさんの身元がわからなくても、いや、たとえいつか判明したとても、俺と一緒に仕事をやって欲しい。一緒に金持ちどもに一泡も二泡も吹かせてやろう。


 俺は照れやら恥ずかしさやらをごまかすため、おっさんの顔を見ないままそう続けた。昨日のあの屈辱的な出来事を経て、自分なりに考えたことだ。後はおっさんの返事を待つだけ。俺は自分の言いたいことを言い終えると、おっさんの返事を聞き逃さないようにと口を閉ざす。


 俺たちの間に沈黙が流れ、そして、おっさんは小さく、それはできませんとだけつぶやいた。


 考えていた返事の一つではあり、ちゃんと心構えはしていたつもりだったが、いざその返事をおっさんの口から聞くと、やはり心が揺らいでしまう。それでも俺は何とか気持ちを静めつつ、理由を聞かせてほしいとだけおっさんに言う。しかし、おっさんはなかなか口を開かない。俺はふとある考えに至り、おっさんに問いかける。


「もしかして、あの家族と再会できたのか?」


 俺とおっさんがここで落ち合う前に、おっさんが先にあのアパートに行っていたということは十分に考えられら。しかし、おっさんは肩を落とし、わざとらしく首を横に振る。今までの記憶がよみがえったのかと聞いてみても、おっさんは同じ反応を繰り返すだけ。


 俺は首を横に振るだけで何も説明しようとしないおっさんに対し、少しだけ強い口調で、どうして俺の誘いを断るのかと改めて尋ねる。するとおっさんは躊躇いながら、弱弱しい口調で、もうお別れしなくてはいけないのだと返事を返した。


 お別れ? 突然告げられたその言葉を俺は思わず繰り返してしまう。


 あの家族と再会できたわけでもない。自分の記憶を取り戻したわけでもない。おっさんが今帰る場所といえば、近所の安いカプセルホテルだ。それなのに、どうしてお別れしなければいけないのか。俺は言葉の意味がわからず、混乱してしまう。


 おっさんはというと、そのような俺の反応を気に欠けることもせず、不意にその場で立ち上がり、俺の方へ身体全体を向けた。そして、俺の顔をまじまじと見つめながら、今までお世話になったと言い、深々と頭をさげる。


 何を言っているんだ? 今生の別れじゃあるまいし。


 俺は茶化すようにそう言おうとしたが、おっさんの今まで見たことがないような真剣な表情に思わず何も言えなくなる。おっさんは顔をあげ、もう一度だけ俺の顔をまじまじと見つめた後、何も言わずに河川敷の方へと階段を下りていく。


 脈略のない、おっさんの突然の行動に俺はますます混乱を深めていく。まさか自殺をしようとでもするんじゃないのか、俺の頭にそのような疑問が浮かび上がるが、あんなに浅い川で、しかもこんな明るいうちに自殺なんかできるはずもない。それでも俺は言いようのない不安に襲われ、おっさんの後を追いかけていく。


 おっさんは河川敷の、下が芝のように短い草しか生えていない場所で立ち止まった。そして、そのまま先ほどのように目の前の河を眺め始める。俺はおっさんの少し後ろに立ち、おっさんの後姿をただただ見つめた。


 おっさんは唐突に両手を上に伸ばし、大きく背伸びをする。俺はそのおっさんの姿を見て、一瞬だけわけもわからず心が騒いでしまった。おっさんがそのような仕草をすることなど別におかしくもない。それなのに、なぜか俺の心が強く、締め付けられるような気がした。


 おっさんはそのまま腰に手を置き、身体をそらし、腰のストレッチを行う。そして、俺が心の喧騒の正体を突き止めかけたその瞬間、おっさんは俺の方へ向き直り、「貞治」と俺の名前を呼んだ。俺は呼びかけに対し、反射的に返事をしたが、そのあとすぐに、俺がおっさんに下の名前を教えていたっけと首を傾げる。


 おっさんはそんな俺の様子に微笑んだ後、俺に向かって「家族は大事に」とだけ言った。


 どういう意味だ?


 俺がそう言い返そうとしたその瞬間、目の前に立っていたはずのおっさんはまるでテレビの電源を落としたときのように、突然、そして音もなく消えてしまった。

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