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喜劇的☆マ☆テキテキ  作者: 村崎羯諦
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テツガクテキ・マ・テキテキ 5

 何はともあれ、おじさんをそのままにしておくことはできない。


 まずは身体をきれいにしてやることが必要だろう。私はすぐさま洗面台から雑巾を取ってきて、それをおじさんに雑巾を手渡し、とりあえずそれで足を拭くように伝えた。


 足を拭き終えるのを見届けた後、私はおじさんに部屋の中に入って、お風呂に入るように言った。しかし、何を照れているのかわからないが、もじもじするだけでなかなか動こうとしない。私は仕方なく左手に握りっぱなしだった包丁を使って促すと、おじさんはすごすごと両手で局部を隠しまま私の言う通りに家の中に入り、そのまま風呂場へと向かった。


 私は扉を閉め、そこで身体をきれいに洗うようにと扉越しに言った。ところで、成人の身体をしているとはいえ、おじさんは先ほど生まれたばかりだ。会話は一応できるようだが、その他の知識や知能はどうなっているのだろう。私がそう思って、シャワーの使い方などはわかるかと尋ねてみると、中から「すいません、わかります」という申し訳なさそうな声が聞こえてきた。


 苗から生まれてきたばかりだが、そういう知識はインプットされているらしい。どうしてそのようなことが可能なのかと考えてみたが、結局その問いは、どうして中年男性が苗から生まれてくるのかという問いに収斂してしまいそうだったので、私は深く考えないことにした。そんなくだらないことを考える代わりに、私はリビングの机にほったらかしにしていたママのバイブレーダーを手に取って風呂場へ行き、必要だったら使ってと言って、それを中へ投げ込んだ。


 おじさんが身体を洗っているうちにもう一つの問題を解決しなければならない。おじさんが着る服の問題だ。


 私は親の寝室へと行き、二人が兼用している洋服ダンスを開けた。両親は海外出張で家を空けている。その間、下着をおじさんに貸してもまあ大丈夫だろう。匂いやら汚れやら増えるものはあるだろうが、別に減るものはない。

 下着の他にシャツやズボンも渡すべきなのかもしれないが、突然何の挨拶もなしに現れたおじさんにそんなことをする必要性はあまり感じられなかったし、なによりそれはあまり哲学的ではない。今は真夏で、風邪をひく可能性も低い以上、とりあえずはパンツだけを渡せば十分だろう。


 私はタンスをまさぐり、手当たり次第にパンツを引っ張り出した。それらを床に並べ、おっさんに似合いそうな、パンツはどれかと思案する。しかし、別に着せ替え人形じゃないんだからそんな真剣に考えるのも馬鹿らしい。トポロジー的に見れば、結局どれも同じなのだから。


 そういうわけで私は、無難に、ママの一番布の量が少ないスケスケのパンツを選んだ。一応おじさんの自己決定権も尊重しようとパパの縦じまトランクスを手に取り、それらを身体を拭くバスタオルとともに脱衣所に置いてあげた。


 リビングへと戻った私はポットでお湯を沸かしながら、ようやくそこで一息ついた。沸かしたお湯でコーヒーを淹れ、それを優雅に味わっていると、トランクス一丁になったおじさんが扉を開けて入ってきた。身体をシャワーで洗ったおかげで身体に着いた土が落ち、先ほどよりずっと清潔感にあふれている。

 私が机の向かい側に座るよう促すと、おっさんは「すいません」と頭を下げ、椅子に座った。席に座るなり、私はさっき渡したバイブレーダーはどうしたのかと尋ねると、おじさんは瞬時に顔を赤らめ、「いや、やっぱりああいうのは……」と口ごもりながらつぶやいた。どうやら一般的な生活の知識に加え、そういった性の知識もきちんと持っているらしい。ますます謎が深まっていく。


 私はおじさんの見苦しいボディを観賞しながら黙ってコーヒーをすすった。おじさんは叱られている子供のようにそわそわと体を小刻みに動かしながらこちらを伺っている。


 おじさんは自分から話を切り出す勇気がないらしく、私が話を切り出すのを待っているようだった。私たちの間に重たい沈黙が流れる。

 試しに私がバンと机を勢いよく叩くと、おじさんの身体がびくりと震え、数センチほど椅子から飛び上がった。しかし、それでもおじさんは呼吸を乱しながら、泣きそうな目でこちらを見つめてくるだけだった。


 沈黙にも飽きたので、渋々私からおじさんに話を振ることにした。名前や、今現在の知識や記憶もろもろを聞いてみる。おじさんは自分の名前すらわからないと不安げに告げ、また記憶に関しても、今のところ思い出せるものはないと言った。どうやらこれ以上何かを引き出せるというわけではないらしく、あっという間にに八方ふさがりになる。


 しかし、時間はある。これからゆっくりとこうしたことは明らかにしていけばいい。私はそうおじさんを慰めた後、名前がないのはやはり不便だと思い至った。

 そこで私はとりあえず、暫定的に「田辺さん」とこれから呼んでも構わないかと聞くと、おじさんは少しだけ不満そうな顔を浮かべたものの、了承した。というわけでこれから目の前のおっさんを田辺さんと呼ぶことになる。


 とにかく今の段階では、記憶やらから田辺さんを解き明かすことはできない。そこで、単純な好奇心から、苗から生まれた人間がどれほどの能力を具備しているのかを確かめてみることにした。

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