カイキテキ・マ・テキテキ 14
警官の顔が一気に強張った。
地面にうつぶせになっているおっさんも俺の行動を見て、目を大きく見開いている。俺はもう一度おっさんを解放するように怒鳴りつける。
警官は俺のそのような抵抗など想像もしていなかったようで、緊張と動揺の色が顔全体を覆った。いいぞ、子猫ちゃん。そのまま手を挙げ、おっさんから手を離すんだ。こわもての警官に対して優位に立てたことがうれしく、俺の顔が自然とほころぶ。今の俺の顔は悪者顔に見えているに違いない。
俺は警官を睨み付けながら、相手の行動を待った。きっとやつはそのままおっさんを解放するだろう。しかし、警官の行動は俺のそのような期待を裏切るものだった。
警官は少しだけ考え込んだ後で、おっさんの両腕をおっさんの背中へ回し、そのままおっさんとともに立ち上がった。そして警官は、まるでおっさんを盾にするかのように俺の方へ押し出しながら、少しずつ近づいて来る。
俺は予想外の行動に言葉を失った。なんでこっちに近づいて来るんだよ。こちとら偽物だが、拳銃をつきつけているんだぞ。単なる職務質問のためにそこまでやる理由はないし、普通の警官ならとりあえず俺たちを見逃し、それから誰か応援を呼ぶはずだろ? しかし、警官は顔色を変えることなく俺の方へどんどん近づいて来る。
俺はとにかく大声を出して相手を威嚇しながらゆっくりと後退していく。このような状況下で、一体どうすればいいのか見当もつかなかった。もちろんモデルガンを撃つことはできない。偽物だとばれたら即刻アウトだし、偽物でも相手をひるませることくらいはできるかもしれないが、おっさんを盾に取っている以上、警官に上手に当てる自信がない。
かといってずっとこのままでいるわけにもいかない。どうしたらいいんだ? どうするのがベストの選択なのか? というか、どこで俺は選択を間違えてしまったんだ? モデルガンを持ってきたことか? 銀行強盗を決意した時か? それともおっさんを助けた時なのか?
そのような疑問が俺の頭の中を駆け巡っていたその時、俺の側面に何らかのか強い衝撃が加えられた。
俺は思いがけないその衝撃に驚き、勢い余って、モデルガンの引き金を引いてしまう。パンっという乾いた音とともに、目の前のおっさんから「ひゃっ!」という間抜けな声があがる。
しまった! という俺の声と同時に警官が目の前のおっさんを前方に押し倒し、そのままの勢いで俺の方へ走ってくる。
俺は慌てて後ろへ振り返り、警官から逃げ出そうとしたが、時すでに遅し。警官は俺の肩をつかみ、そのまま何かの柔道技で俺を思いっきり地面へ放り投げた。受け身を取ることもできず、俺は背中から地面に落下する。手に持っていた鞄や拳銃もその衝撃で放り投げだされた。
終わった、終わってしまった。俺を上から見下ろす警官の顔を見上げながらそうつぶやいた。
そして、何気なしに右方向へ顔を向けると、そこには数人の小学生のガキがこちらを指さしながら大笑いをしている様子が見えた。その中の一人に、俺は見覚えがあった。多分、この前公園で追いかけまわし三人のうちの一人だろう。きっとあいつが残りにガキを唆し、ボールか何かで先ほどの衝撃を俺に与えたのだろう。
しかし、不思議とやつらに対して怒りは湧いてこなかった。多分、俺の人生の破滅を悟っているからだろう。いや、もしかしたらこれでよかったのかもしれない。空き巣の常習犯で、強盗を企てた小悪党にうってつけの終わり方じゃないか。俺は再びガラの悪い警官へと顔を向けた。その警官はちらっと俺に目をやった後、自分の足元に落ちていたモデルガンを拾い上げた。
俺にとって銀行強盗計画の武器。これで俺の計画がばれることになる。強盗予備罪、いや、もしかしたら銃刀法違反も問われるかもな。そしてそこから今までの空き巣が洗い出され、そのまま豚箱に収容されるってわけか。俺は諦めの目で警官を見つめた。しかし、警官はそんな俺の視線など全く意に介さないかのようにただモデルガンをこねくり回したあと、呆れたような口調でぽつりとつぶやいた。
「なんだよ。思った通り、おもちゃじゃねえか。ま、いい憂さ晴らしにはなったかな」
そして警官は持っていたモデルガンをぽいっと地面に放り投げ、何事もなかったかのように俺の鞄を続けて手に取り、その中身を漁り始めた。俺は理解が追い付かず、ただただ警官を見つめ続けることしかできなかった。
なんだ、その淡白な反応は? 銀行強盗の予備犯だぞ? ここいらで噂になっている空き巣犯だぞ?
警官は丁寧に調べるのが馬鹿らしくなったのか、バックの中身をすべて地面に出し切り、何か怪しいものがないかを調べ始めた。そして、中にあった財布を取り出し、そこから俺の運転免許証を取り出す。警官は面倒くさそうにその表裏を確認した後、俺にだけ聞こえるような音量で舌打ちをした。そして、その免許証を財布に戻し、財布ごと地面に投げ捨てる。
「いいか、今回は特別に見逃してやる。次はねえからな」
警官はぺっと俺の近くに唾を吐き捨てると、そのまま俺に背を向けて歩いていった。俺は呆然とその後姿を見送る。警官は倒れていたおっさんに一言二言かけ、それが済むと別れのあいさつのつもりなのか、同じようにペット唾を吐き捨ててからその場を去っていった。
俺はその後もしばらく警官を見送り続けた後、力なく仰向けになる。
なんだか言いようのない無力感に苛まれながら、すっかりと日が暮れ、暗くなりつつある空を見上げる。耳を澄ませると、町の慌ただしい喧騒に混じり、河岸からクソガキどもの下卑た笑い声が聞こえてきた。




