カイキテキ・マ・テキテキ 13
俺の顔から微笑みが消えた。おっさんも俺の様子に気が付いたのか、不安そうに俺のほうへ顔を向ける。
職務質問? 持ち物検査? なんでそんなことやらなくちゃいけないんだ。
俺たちは傍から見れば、何の罪もない、善良な一般市民だぞ。俺がそう警官に食って掛かると、警官はぶっきらぼうに俺の横のおっさんに視線を投げかけながら、最近ここいらで中年男性の犯罪が頻発しているのだと答えた。
心なしかその言葉には個人的な恨みや怒りが混じっているように感じられたが、そんなこと俺たちには関係ない。まるで、世の中にいる中年男性全員が犯罪者かその予備軍だとでも言うような発言だ。
警邏中の職務質問は少なくとも建上、任意のはずだったはず。俺は警官に対し、そんな職務質問を受けるいわれはないと突っぱね、おっさんの肩を抱きながら二人で背を向けた。おっさんが俺に向かって、さすがにまずいんじゃないでしょうかと小声でささやいてくる。
そんなものは百も承知だ。しかし、こちとら今後の人生がかかってるんだ。無理を承知で逃げ切らなければならない。
そう言い返しながら俺とおっさんはゆっくりと警官がいる方向とは真逆の方向へ歩き出す。後ろから警官の止まれという声と、後をついて来る足音が聞こえてきた。任意の職務質問とはいえ、さすがに警官としてのプライドがある以上、はいそうですかと見逃してくれるはずはない。しかし、それは想定の範囲内。
俺は覚悟を決め、おっさんに向かってささやく。
「走って逃げるぞ」
おっさんの間抜け顔でえっとつぶやく。そして、その反応を確認した直後、俺は全速力で走り出した。おっさんも一呼吸おいてから俺に続き、俺の後ろにぴったりくっつくような形で走り始める。
後ろから、止まれ、という怒号が聞こえてくる。しかし、止まれと言われて止まる人間なら、最初から素直を職務質問を受けるはずだ。
警官もそのことは重々承知のようで、かすれる声で叫びながらも、俺たちを追ってくるのがわかった。たとえ警官といえど、このまま辛抱強く逃げ続ければいつか諦めてくれる。先ほどの気だるげな様子から、あいつはそこまで職務に忠実な真面目くんではないはず。
俺、少し後ろにおっさん、そしてそのまた数メートル後ろに警官。三人で仲睦まじく河川敷を走る。
時刻は夕暮れ時に差し掛かっており、町や風景はもどかし気に暮れなずんでいた。警官は意外にも粘り強く追いかけ続けて入るが、運がいいことに足は遅く、なかなか俺とおっさんとの距離を縮められずにいた。
このまま町の小道に入っていけば、やつをまくことができる。
しかし、俺がそう思った時は得てして、思いがけないハプニングが起きる。俺たちが走る歩道に、右方向から突然サッカーボールが飛び出してくるのが視界の隅に映ったのだ。
ボールは俺の右足辺りにぶつかる。俺はそんなものなかったかのようにバランスを崩すことなく走り続けることができた。しかし、俺にぶつかったボールは、運の悪いことに俺のすぐ後ろの方向へと飛んでいき、俺が振り返る間もなく、後ろから人が大きく転倒する音が聞こえてきた。
足を若干緩めながら、後ろへ顔を向ける。俺の予想通り、そこには尻から大げさに転んでしまったおっさんの姿、そしておっさんの背後には、汗を流しながら不敵に微笑む警官の姿が映った。
数メートルしか距離が離れていなかったため、警官は圧倒間におっさんへと追い付いてしまう。
逃げろ! 俺が足を止め、そう叫んだのと、起き上がろうとするおっさんの腕を警官がつかみ、そのまま地面へ組み伏せたのはほとんど同時だった。
上から押さえつけられたおっさんは気持ちの悪い嗚咽を発し、そのまま顔だけをなんとか持ち上げ、じっとこちらの方向へと視線を投げかけた。
このまま俺だけ逃げてしまおうか。ふとおっさんの目を見てそのような考えが浮かんだ。事実、おっさんのそら豆のようにつぶらな瞳はそのように訴えかけているかのように思えた。
しかし、俺はそのような誘惑を振り払う。仲間を見捨てるなんて、全くハードボイルド的ではない。そんなものは卑怯者な人間のやることなのだ。実際、この前俺が公園でクソガキどもを追いかけた時も、やつらは仲間を見捨てることなく俺に立ち向かって言ったじゃないか。
たとえ相手が公権力だとしても、俺はそんなクソガキにも劣るような行為をしていいはずがない。そう結論付けると同時に、俺は警官に対して「離しやがれ!」と大声で言った。
おっさんを地面に組み伏せている警官の目がギラリと光ったような気がしたが、そんなことでひるむもんか。おっさんを助けるためならなんだってしてやる。おっさんは俺の相棒なんだ。
俺はゆっくりと自分の鞄に手を突っ込み、中のものを手で探る。そして、お目当てのモデルガンをつかむと、勢いよくそれを取り出し、警官に向かって突き付けた。
「もう一度言うぞ! おっさんを離しやがれ!!」




