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喜劇的☆マ☆テキテキ  作者: 村崎羯諦
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カイキテキ・マ・テキテキ 9

 失敗だ。それもこれ以上ないほど滑稽な失敗だ。


 今まで空き巣に失敗したことは何度もあったし、そのことについてあまり気にかけることはなかったが、今回は特別だ。今回ほどみっともなく、ハードボイルド的ではない失敗はない。


 俺は公園のベンチに腰掛けながら、落胆のため息を吐く。打ち合わせの中で、俺とおっさんは仕事完了、あるいは失敗後、この公園で落ち合う手筈となっていた。そのため、おっさんもそのうちここにやってくるはず。


 しかし、正直おっさんに合わせる顔がない。おっさんのために俺からこの話を持ち出したのにも拘わらず、結局は俺のせいでみじめな失敗に終わってしまったのだから。


 くそっ! どれもこれもあの不細工犬のせいだ。今度会ったら、ぼこぼこにしてやる。


 俺がそんなことを考えていると、ちょうどおっさんが公園の入り口からこちらへと近づいて来るのが見えた。俺はおっさんに顔を向け、できる限りの誠実さを込めて謝罪した。しかし、おっさんは怒ったり呆れたりとった様子は微塵も見せず、むしろ満足げににやにやと頬をほころばせていた。


 最初は寛大な心で俺を許してくれているのだと感じたが、次第に、その微笑みが少しだけ気に障り始める。そこで俺がなんでそんなに嬉しそうにしているのかと尋ねると、おっさんは「実はですね」ともったいぶったセリフを吐きながら、作業服のポケットに手をの入れた。


 そこからおっさんが取り出したのは、高そうなブランド物の革財布と、これまた値打ちのありそうな時計だった。俺は仰天して、なぜそのようなものを持っているのかとおっさんに尋ねると、おっさんは笑いを押し殺しながら俺に説明してくれた。


 なんでも、俺が必死の体で敷地から逃げ出した後、あの奥方はおっさんにあの泥棒を追いかけてとヒステリックに命令し、自分は警察へ電話しようと設置されている電話のもとへ駆け寄っていったらしい。おっさんは言われた通り、玄関からその家を跡にしようとしたのだが、ちょうどその時、近くにあったソファに高そうなバックが置いてあることに気付いた。


 家の主は電話にかじりつき、こちらに背を向けている。そこでおっさんは反射的にバックへ手を突っ込み、十秒もかからないうちに財布と時計を取り出し、何事もなかったかのようにその家から飛び出たというのだ。


 俺はおっさんの話を最後まで聞き終わると、うれしさのあまりおっさんの背中をバシバシと強く叩いた。騒ぎに乗じて財布を盗むなんて、なかなかの手つきだ。俺がそうおっさんをほめたたえると、おっさんもまんざらでもないような表情で照れ笑いを浮かべた。


 早速俺とおっさんは財布を開き、中に入っているものを確認する。中には高級財布に見合うだけの現金が詰め込まれており、それは俺が予想していた以上の額だった。時計や財布自体も含めれば、上々の収穫だ。俺とおっさんは周りを気にすることもなく、まるで子供の用にハイタッチを交わし、そして二人して声高に笑い合った。


 財布や時計は後に換金するとして、財布の中に入っていた現金を二人で分け合う。もちろん当座の金が必要であり、今回のMVPでもあるおっさんに多めに分配した。


 そしてそれから俺たちは二人で金を出し合って、ささやかな祝勝会を開くことにした。


 日が暮れてから酒やつまみをコンビニで買い、河原に行って二人でそれで祝杯をあげる。俺とおっさんは二人ともすぐに酔いが回り、時々土手を通行する人間など気に欠けることもなく、大声で騒ぎ合った。


 おっさんが一発芸と評し、上半身裸になってうつ伏せとなり、全力でアシカのものまねをやったり、俺は俺で陽気な気分のまま森進一のものまねをしてみせた。そして俺たちはふざけ合うだけでなく、真面目な話だってたくさんした。大体が俺の相談になったのだが、会社を首になり空き巣家業を始めることになったいきさつや、そのことを未だに妻に言えていないといった話をおっさんはただ黙って聞いてくれ、時々箴言めいたことを俺につぶやいてくれたのだ。


 空き巣を始めて以来、ここまで心から人と打ち解けあえたことがあっただろうか。俺は感激のあまり、宴会の後半はずっと泣きっぱなしだった。


 このままおっさんと一緒にこの仕事をやっていくのも悪くない。そう思えたほどだ。しかし、俺がそのことをおっさんに告げると、おっさんは首を横に振り、自分もいつかは元の場所に帰らなければならないし、俺の方だっていつかはこの仕事から足を洗い、まっとうな仕事をつかなければならないのだと返事を返す。


 俺は「うるせぇ」とおっさんの頭を思いっきりひっぱたいた後、いや、確かにおっさんの言う通りだと思いなおした。しかし、味をしめてしまったこの仕事を突然辞めるのは難しい。金の問題もあるし、何より、なにかのきっかけが欲しかった。今のようなちまちまとした小遣い稼ぎではなく、何かどーんと大きな金が手に入れば、自分でも踏ん切りがつくのかもしれない。


 そう考えていると、すべてがむしゃくしゃし始めて、俺は衝動に駆られるままワイシャツを脱ぎ、おっさんと同じように上半身裸になった。そして俺はそのまま大声で叫びながら、川へと走って行く。おっさんもだいぶん、酔いが回ってきているらしく、同じように大声で笑いながら俺の後に続いた。


 俺は頭から川の中に飛び込み、全身をびしょ濡れにした。水から顔をあげると、後ろからおっさんのひょうきんな笑い声が聞こえてくた。俺もその笑い声につられるように気分が高揚し、もう一度川の中に頭から突っ込む。すると、手を川底につけた時、その手がそこにあった何か柔らかいものに触れた。俺は躊躇なくそれをつかみ、川底から引っ張り出して観察した。暗くなっていたため最初はそれが黒いタオルのようなものだということしかわからなかったが、詳細に調べていくうちに、特徴的な三つの穴と空洞構造からそれが覆面であることに気が付く。


 俺は覆面を後ろのおっさんの方に笑いながら掲げ、それからそれに頭を突っ込んだ。覆面はびしょびしょに濡れ、さらに土や水草で汚くなっていたが、そんなことは全く気にならない。俺は覆面をかぶったまま両手を大きく上にあげ、おっさんに向かって「銀行強盗だ!」と大声で叫んだ。


 おっさんはそんな俺の様子に腹を抱えて笑い、しまいには後ろにのけぞり、そのまま頭から水の中へと倒れ込む。俺もおっさんもすべてが楽しくなり、大声で笑いあった。そして、俺は水でびしょびしょになったおっさんに向かい、力強く、そして半ば泣き叫ぶような声で言った。


「銀行強盗だ! 俺は銀行強盗をやってやるぞ!!」

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