カイキテキ・マ・テキテキ 8
夏場ということもあって、窓は開けっぱなしにされており、いつものように道具を使ってこじ開ける手間もいらない。
俺は音を立てないようゆっくりと開け、そのまま部屋の中に侵入した。庭に面したリビングは十畳ほどの広さがあり、左奥にはキッチン、右奥にはおそらく玄関につながるであろう廊下が見えた。
そこからはかすかに言葉をまくしたてる女性の声が聞こえてくる。おっさんは一応時間稼ぎを上手くやってくれているらしい。
とりあえず俺の方も仕事を済ませなければならない。俺は時間の都合上、今いるリビングと隣接した部屋のみに集中することにし、できるだけ素早くしかし、変に音を立てないようにしながら引き出しという引き出しを漁っていく。
狙うのは財布、あるいは貴金属。足が付く恐れがある以上、通帳や印鑑は無視。とにかく手っ取り早く懐に入るものが一番確実だ。
しかし、五分という短い時間とむやみに音を立ててはいけないという普段とは異なる条件からなのか、俺はいつになく焦りに駆られ、なかなか本領を発揮することができない。手始めに開けた引き出しには結局何もなく、続けて着手した冷蔵庫にも茶封筒一つ見当たらなかった。
まずい、早く何か見つけなければ。へそくりじゃなくても、せめて財布だけでも。
しかし、俺がそう思い立ち、ふと部屋全体をもう一度見渡した瞬間、先ほどまではいなかったはずのある存在に気が付く。リビングの掃き出し窓の近く、そこで一匹の不細工なパグが尻尾を振りながらこちらをじっと見つめていた。
俺はその犬を見た瞬間、予想外の出来事に身を固めてしまう。おかしい。この家では、犬は飼っていないはずだ。
そう思って改めて犬の足元を見ると、四本足は土がつき、犬が歩いた場所も同じように汚れていた。なるほど。俺が窓を開けっぱなしにしていたせいで、近所の犬がここに迷いこんでしまったのか。その不細工な犬は舌をだらしなくたらしながら、うれしそうにこちらへ歩み寄ってくる。
人に慣れている様子から、きっと近所の飼い犬なのだろう。そして、それならば好都合だ。相手は小型犬で、よくしつけられているならば滅多に吠えることはない。襲われてしまう可能性もない以上、無視して作業を続けてしまえばよい。
俺は、犬から目を離し、壁にかけられた絵をひっくり返す。しかし、犬は何を思ったか、無視されているにも拘わらず、俺の足元まで近寄ると、突然自分の股間を俺の足にこすりつけ始めた。俺が動いて離れると、犬も俺に合わせて動き、再び股間をこすりつける。
俺はその犬の行動にぎょっとしてしまう。なんだ、この破廉恥で下品な犬は。犬は息を荒げながら一心不乱に股間を左右に揺り動かし続けており、その様子は猿の交尾のように見ていて痛ましい。
俺も最初のうちはさっと足を動かし、犬を優しく遠ざけようとしたが、それでも犬が諦めることなく再び近づいてくるため、次第に俺の中の焦りと怒りが両方一片に高まっていく。
そして犬が股間を押し付けながら俺の方へ顔を向け、にやりと不細工な顔をほころばせた瞬間、抑え込んでいた感情が爆発してしまう。
俺は我を忘れ、その犬を今まで以上に強い力で蹴り上げた。それほど強い力ではなかったものの、犬は一メートルほど遠くへ吹き飛ばされる。犬は地面に倒れ込むことなく、見事に着地して見せたものの、やはり突然の攻撃に興奮したのか、顔全体で怒りを表現しながらけたたましい鳴き声を上げ始めた。
しまった。俺が我に返ったのもつかの間、玄関の方向から女性の慌ただしい声が聞こえてくる。
まずい、リビングに戻ってくる! 逃げなければ!
しかし、俺がそう考えた瞬間、皮肉にも廊下に近い場所にあるソファの上に、恐らく女性のものであろう高級バックが置かれていることに気が付く。
なんで今まで気が付かなかったんだ!
俺は怒りで我を忘れそうになりながら、それに駆け寄ろうと一瞬考えたが、今すぐに逃げなければ女性に顔を見られてしまう。今後もこの仕事を続けていく以上、絶対にそれだけは避けたい。俺は大きく舌打ちをしながら、いまだに鳴き声を上げ続ける犬の横を通り抜け、庭へと飛び出した。
そして、その瞬間、背中から二人分の慌ただしい足音と、そのすぐ後に女性の悲鳴が聞こえてきた。
「ど、ドロボー!!」
そんなこと言われなくてもわかってる。俺は必死に顔を隠しながら塀をよじ登り、慌てて敷地の外へと脱出した。慌てるあまり、塀から飛び降りる際に背中から思いっきり墜落してしまったが、そんなことを気にしている暇はない。
俺はずきずきと痛む背中を手でさすりながら、わき目も降らず、みっともない姿のまま走って行った。




