カイキテキ・マ・テキテキ 6
しかし、おじさんの話を信じたところで問題が解決するというわけではない。むしろ、問題はよりややこしくなっている。
俺は腕を組み考え込んだ後で、失踪届が出されているかもしれないから警察に行った方がいいのではないかと告げた。しかし、警察という言葉が出た瞬間、おっさんの顔色が急に変わった。どうしたのかと尋ねると、おっさんは戸惑いながら、理由はわからないがなぜか警察という言葉に反応してしまったと返事をした。
もしかしたら記憶喪失以前、何か後ろめたいことをしていたのかもしれない。少しだけ間を空けたのち、おっさんはそのようなことをつぶやいた。
俺だって後ろめたいことをやっており、それをおっさんに告げ口されてしまう危険がある以上、おっさんが警察のお世話にならないに越したことはないが、身分も所持金もなければにっちもさっちもいかない。
とりあえずそこの家の住人が、何かおっさんについて事情を知っているかもしれないと思い、もし警察に行くことがそれほど嫌なら先に彼らに会いに行ってはどうかと俺は提案する。おっさんも少しだけ考えた後、俺の考えに同意したが、すぐに何かを思い出しかかのように不意に苦虫をかみつぶしたような顔をした。
そういえばあの家族は大きな荷物を持って家を出ていっており、いつ帰ってくるかわからない。おっさんはそう付け加えた。今はちょうど高校の夏休み期間で、家族が長期旅行にはうってつけのシーズンだ。それにあのマンションの住人は総じてお金を持っている。一週間以上の海外旅行だって平気で敢行してしまうだろう。
俺とおっさんは二人して腕組みをし、うーんと考えこむ。もう一度警察に行くつもりはないかと尋ねたが、わがままだとは思うけれど、できればそれは最終手段にしたいとおっさんは遠慮がちに言った。そしておっさんは観念したかのように、もしかしたらそのうち記憶が戻るかもしれないし、とりあえずあの家族が帰ってくるまで待ってみたいと言葉を継いだ。
何か月も待つということはないだろうし、それまでは自分で何とかしてみる心づもりらしい。そして、俺の異議を制しながらおっさんは俺に向き直り、ベランダで助けてもらったことや服を買ってくれたことに対して改めて感謝を述べ、これからは何とか自分一人で頑張ってみると宣言した。
俺は何も言わずにおっさんの顔を見つめた。もちろん俺がこのおっさんを助ける法的義務はないし、むしろ今までの俺の行いは道義上褒められてしかるべきものだ。これ以上、何かをしてやる必要性なんてない。奇妙な縁はあるかもしれないが、それでも全くの赤の他人なのだから。
しかし、それでも俺はなおも目の前にいるおっさんを助けたいと思わずにいられなかった。なんでそんな風に感じるんだ、と俺は自分自身に問いかける。
俺は空き巣という狡い仕事に従事している反社会的人間だし、家族に対してもそれほど模範的な人間でもない。今さら道徳的な人間にでもなろうとしているのだろうか。
まじまじと自分の顔を見つめてくる俺の様子におっさんは少しだけ気まずくなったのか、顔をさりげなくそらす。そしてその横顔を見た瞬間、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。そして、それと同時に俺がなぜここまでおっさんを気にかけてしまう理由を悟った。
「そうだ……死んだ親父に似てるんだ」
突然のつぶやきにおっさんは俺の方へ振り返り、はあ、と気のない相槌を打つ。しかし、俺はそんなことはお構いなしに、おっさんの顔を無理やり横向きに動かし、改めてじっとその横顔を観察した。
今まで気が付かなかったことの方が驚きといった具合に、おっさんは親父の昔の顔にうり二つだった。小さな目も、低くのっぺりとした鼻も俺の記憶の中の親父とまったく同じだ。
親父はちょうど一年前、肝臓をやられて死んでしまった。別に特別仲が良かったというわけではなくとも、やはり死んだ後になってもっと親孝行をしておけばよかったと誰だって感じる。俺の場合も多分に漏れず、孝行息子とは決して言えない自分の行いを思い返し、深く後悔したものだった。
もし親父が生き返ったら、なんてくだらないことを想像したこともあった。そしてそのような悔悟の念が、目の前の親父そっくりのおっさんを助けさせたのかもしれない。
おっさんは突然黙り込んだ俺の顔を伺いながら、一体どうしたのかと問いかけてくる。今日起きた突然の出来事は、神様が俺に対して与えたちょっとしたチャンスなのかもしれない。俺の頭の中にふとそのような考えが思い浮かんだと同時に、俺の口から自然と言葉が零れ落ちていた。
「おっさん、俺の仕事を手伝うつもりはないか?」




