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喜劇的☆マ☆テキテキ  作者: 村崎羯諦
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カイキテキ・マ・テキテキ 3

 俺は仕事の真っ最中だということも忘れ、目の前のおっさんを観察した。


おっさんは何の服も着ておらず、代わりに土や黒いビニール片が体中に付着していた。中年らしい余分な脂肪だらけの体を丸め、俺とは反対方向を向いた状態で寝っ転がっていた。露出した全身の肌は意外にもきめが細かいが、どこか赤みを帯びている。


 俺は好奇心に駆られるままおっさんの方へ近づいて行く。おっさんは俺に気が付くこともなく、寝たままの体勢を崩さない。不審に思った俺が触れる距離まで近づき、顔を見てみようと向こう側へと回り込んだ時になってようやく、その理由を悟った。


 ようやく見ることのできたおっさんの顔は異常なほど火照っていたのだ。さらに額や、首元は汗でびちゃびちゃに濡れており、おっさんは目をつぶったまま、苦しそうに呼吸をしている。熱中症。俺の頭の中にその言葉が思い浮かんだと同時に、ようやく俺の存在に気が付いたおっさんが目を開けた。


 おっさんは俺の存在に恐れや戸惑いを見せることなく、ただ弱弱しい声で「水」とだけつぶやいた。


 俺はすぐさま目ベランダから部屋の窓を荒々しく叩き、助けを求めて叫んだ。その後で、空き巣犯だとばれてしまうのではという考えが一瞬頭よぎったが、そんなことを言っている場合じゃない。人の生き死にがかかってるんだぞ。自分の保身を気にかけている場合じゃない。


 しかし、懸命な救助要請もむなしく、部屋の中からは物音ひとつしてこない。どうやら、中には誰もいないらしい。


 クソッと俺は苛立ち紛れに思いっきり窓を叩く。いつもやるように無理やり鍵を開けるか? いや、それだと時間がかかる。とにかくこのおっさんに水を飲ませてやらなければ。


 その瞬間、俺の頭に先ほどの公園が思い浮かんだ。そうだ、あの公園だ。公園なら水だってあるし、ここから近い。俺は慌てておっさんを抱き起こし、自分の肩に捕まるよう告げた。おっさんは力なく俺の肩につかまる。しかし、これでは二階から降りることはできない。そう考えた俺はおっさんをおんぶすることに決めた。


 おっさんは何の抵抗もなく背中によりかかり、俺の首に手を回した。俺はそのままベランダを牡鹿のように渡っていき、おっさんが落っこちないよう気にかけながら、水道管を伝って地面に降り立つ。そして、そのままわき目も降らず、先ほどの公園まで全速力で走っていった。


 裸のおっさんを背負って走っているからか、周囲の人間は豆鉄砲を食らったような顔でこちらを見つめてくる。立ち止まり、そいつらに一人一人かみついてやりたい思いを必死にこらえながら、俺は足を動かし続けた。こっちは急いでるんだ、こんちくしょうめ。


 背中からおっさんの荒い呼吸音と、すれ違い人々の間抜けなひそひそ声が聞こえてくる中、俺はやっとの思いで公園にたどり着いた。俺はすぐさまおっさんを水道の近くに降ろし、とにかく水分を補給させようと顔を蛇口近くまで引っ張る。


 おっさんはかろうじて残っていた意識を奮い立たせ、後ろ脚を怪我した犬のように顔全体で流れ出る水を受け止める。その状態でおっさんがなんとか水を飲めたことを確認すると、俺は肩を貸し、そのまま日陰となっていた公園のベンチへと連れていった。


 そこにおっさんを横に寝かしつけた後、裸のままでは何なので、俺のスーツの上着をかぶせてやる。おっさんはさっきまでの死にかけの状態からは脱したようで、顔はまだほんのりと赤いものの、呼吸は大分落ち着いていた。おっさんの呼吸とともに、上にかけられたスーツが上下するのを観察しながら、とりあえずは救急車を呼ぶ必要はないなと結論付ける。


 そこで俺はおっさんをその場に残し、公園の近くにある大型量販店へと向かった。塩分を取るためのスポーツドリンクやら身体を冷やす氷やらの他にも、何か着るものが必要だ。


 もちろんなんでおっさんが裸でいるのかはわからないし、他人である俺がそこまでしてやる義理もないのかもしれないが、それでもやはり放っておけない。これはもっと人情的な問題なんだ。俺は心の中でそのような叫び声をあげる。惻隠の情に駆られるまま、俺は走ってスーパーへと向かい、そこで必要なものを買いそろえる。スポーツドリンク、塩飴、氷、無地のTシャツや、トランクス、そしてチェックのハーフパンツといった具合に。


 俺は支払いを済ませ、帰り道を急いだ。


 上着は脱いでいるものの、動きっぱなしで全身は汗だく。足も乳酸が溜まって、思うように動かない。それでも俺は動かない足と過労死寸前の肺にむち打ち、少しでも早く公園へ戻ろうとした。もちろん一刻を争う事態ではないし、むしろ意地になっているだけだった。しかし、俺は今人のために動いている。その事実だけで俺のモチベーションは高ぶり続けていた。

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