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喜劇的☆マ☆テキテキ  作者: 村崎羯諦
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カイキテキ・マ・テキテキ 2

 そのまま苛立ちを胸に抱えたまま十分ほど歩いたところで、俺は激昂した時と同じくらい急速に冷静さを取り戻していった。


 自分の行動を客観視できるようになると、言いようもない後悔の念と、いや、それでもやはり俺は間違ってなかったと言う開き直りの気持ちとが一緒くたになって湧きあがってくる。


 しかし、それらを上手に昇華できるほど俺の心は立派ではない。俺は一、二分だけ葛藤を繰り広げた後、鼻からため息をつき、全部忘れてしまうことにした。


 激情しやすい性格は昔からだし、この瞬間に少しばかり考えたところで、それが完治するとは思えない。そういう面倒で大変なことは追々取り組むことにして、今はとにかくやるべきことに集中しなければならない。


 感情っぽい性格が治らなくとも、それが原因で死ぬことはない。しかし、仕事で銭を稼げなければ、それがもとで死んでしまうことは十分にあり得る。


 仕事だ、仕事。俺は自分に言い聞かせるように何度もその言葉をつぶやく。


 何とか自分のモチベーションをチンピラ以遭遇前まで戻しきったところで、ようやく俺は仕事場へと到着した。


 俺は目の前にそびえたつ、白く、少しだけ型を崩した設計の高層マンションを見上げる。ここら辺で、一番高く、そして奇麗なマンション。事前調査で調べた賃貸料は俺がひと月に稼ぐ額といい勝負だったし、何回かここの入り口を張りこんで得た情報から、このマンションにはいわゆるブルジョワジーが住んでいることに間違いはなかった。


 俺は周りを見渡し、それから改めて目の前のマンションを見上げる。そして、自分が住む三階建ての木造アパートを頭の中で思い浮かべながら、そこに住んでいるであろう住人に対し、心の中で悪態をつく。


 全くいいご身分だ。俺たちが必死に汗をかきながら働いているっていうのにな。虐げられる側に対する憐憫と、虐げる側に対する憤怒を俺の中で感じる。しかし、俺はあえてハードボイルド的にそれらを押さえつけ、涼しい顔をしながらマンションを見つめ続ける。


 そうだ。やはりこうでなければ。


 煙草があればもっと絵になっただろうが、俺は煙草を吸わない。金がかかるし、何より、一度だけそれを家で吸った時、妻からヒステリックに顔を引っかかれたからだ。


 俺は自分がずっとマンションの前、そして日向に立っていることに気が付き、とりあえず近くの木の陰になっているベンチへ腰かけた。ずっとあのまま立っていたらそれこそ怪しまれる。外見にこだわることも大事だが、それにこだわり過ぎず、あえて実を重視する態度だってハードボイルド的だ。俺はベンチからマンションを見上げ、その時が来ることを待ち続ける。


 セミがやかましく鳴き、日差しはさらにその鋭さを増している。近所の子供のはしゃぐ声が遠くからかすかに聞こえてくる。俺がじっとベンチに腰掛けながら、マンションの入り口をじっと観察していると、ついに待ちわび得ていた瞬間がやってきた。


 入口から、小太りでけばけばしい化粧をこさえた中年女性が片手にピンクの日傘を持って現れる。女性は入り口で日傘を広げ、仰々しくその柄を左肩に乗せると、高いハイヒールをカツンカツンと鳴らしながら歩き出した。俺はさりげなく彼女の顔を確認する。間違いない。あいつは一週間前から目をつけていた、目ターゲットだ。


 彼女はそのまま俺のすぐ目の前を通り過ぎていく。過ぎ去った後、間を空けて香水の匂いが香った。俺は横目で彼女の背中を見送った後、そっとベンチから立ち上がる。さて、仕事の時間だ。俺はにやりと笑みを浮かべ、マンションの方へ歩いて行く。


 もちろん入口から律儀に入っていくわけはない。


 俺はマンションの裏手、ベランダがある方へと周りこむ。忘れないよう何度も頭の中に叩き込んだ番号を携帯のメモ帳機能で確認し、目でお目当ての部屋を確認する。


 二階の、右隅から三番目の部屋。窓がカーテンで閉め切られていることを目視した後、俺は周りをもう一度見渡す。


 マンション入り口前の開けた広場とは異なり、こちらの方には人っ子一人いない。マンションの向かい側には工事予定地が広がっているだけで、その間にある狭い道路は、その先が行き止まりだということもあり、車と人の交通量はほとんどない。それでも俺は念には念を押して、しばらく様子を伺い、やはり人がやってこないことを確かめてからマンションに近づいて行く。


 目的の部屋がすくそばの二階にあるとはいえ、所々カーテンで閉め切られていない部屋があり、そこの近くを通る度胸はない。勇気と無謀は全く別のものだ。俺は多少回り道となっても一番安全なルートを目視で定め、始点に近い位置の水道管に歩み寄る。


 水道管の強度が十分であることを確認してから、俺はそれに足をかけ、素早く、けれども慎重に上っていった。二年以上こうした仕事を続けているため、俺は映画の主人公のようにすいすいと上っていくことができる。しかし、一番怖いのは油断したときだ。俺は何度も何度も自分にそう言い聞かしているし、その甲斐あってか、これまで侵入の時点でへまをやらしたことはない。これはある意味俺のちょっとした自慢でもある。


 俺は一階部分をなんなく登り切り、二階にある一つのベランダへと乗り移った。その瞬間少しだけ音を立ててしまい、思わず身体全身に緊張が走ったが、幸運なことに中には誰もいないらしく、何の反応もなかった。


 窓が締め切ってあるからといって、中に人がいないとは限らない。ベランダは格子型ではなく、少し身をかがめればマンションの外から俺の姿は見えなくなる。そのため今、気にするべきことは部屋の中にいる人間だ。しかし、山場は超えたといっていいだろう。


 俺はとりあえず胸を撫で下ろし、目的とする部屋へと向かう。あの女の部屋はここから、部屋を二つ挟んだところにある。そしてその二つの部屋とも、外から確認したところではカーテンで閉め切られおり、中に人がいない可能性が高い。


 もう仕事は終わったも同然だな。俺は思わず頬を緩めてしまう。

 

 相変わらずのハードボイルさを自画自賛しながら、俺は隣の部屋のベランダへと移っていった。いつも通り、何の支障もなくスマートに目的の部屋にたどり着くはず。そう考えながら二つ目の部屋のベランダへと移った時、目の前に今までの俺のキャリア、いや人生において経験したこともないような事態と遭遇することになった。


 俺は驚くことも、またマズイと思ってさっと顔を青ざめることもなかった。俺はただその部屋のベランダにいた存在に対して、ぽかんと間抜けに口を開けることしかできなかった。


 そりゃそうだろう。俺が特別なわけじゃない。きっと誰もが俺と同じ反応を取るはずだ。


 何と言ったって、俺が侵入した部屋のベランダには、体中に土が付いた、裸のおっさんがうずくまっていたんだから。

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