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喜劇的☆マ☆テキテキ  作者: 村崎羯諦
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カイキテキ・マ・テキテキ 1

 照り付ける真夏の太陽に熱せられ、俺の体中から気持ちの悪い汗が溢れ出してくる。試しに右手に持っていた黒い鞄で日差しを遮ってみるが、何の効果もない。


 額から浮き出た汗がだらだらと滴り、俺は反射的にスーツの袖で汗をぬぐう。そうした後、俺は拭った方の袖に黄色い染みのようなものができていることに気付き、思わず顔をしかめてしまう。


 別に高いスーツを着ているわけでもないし、これが一張羅というわけでもない。それに汗染み一つで心が揺らぐような潔癖症でもない。むしろ俺はだらしない方だし、そのことでいつも妻に小言を言われるありさまだ。


 俺が顔をしかめたのは別の理由からだ。すなわち、俺がこれから取り掛かる仕事に、こうしたものはあまり好ましくないということ。


 もちろんこの汗染みが死活問題となるわけでもない。むしろそれはジンクスに限りなく近く、俺がそれに対して少しばかり神経質になりすぎているだけなのかもしれない。


 俺は袖の汗染みを手でこすってみる。消えなくとも薄まってくれればいい。そんな軽い気持ちからやったのだが、思わず熱中してしまい、その場に立ったまま数分間作業に没頭してしまう。視界の隅に映った男子高校生の怪訝な視線に気づき、そこでようやく俺は羞恥を覚えながら作業を止め、何事もなかったかのように再び歩き出す。


 いかんいかん。こんなことをやっている場合じゃない。


 汗染みを気にするなんて、ハードボイルドだとは到底言えないし、スマートさが求められる俺の仕事に似つかわしくなかった。仕事ができる営業サラリーマンに見えるよう、俺はピンと背中を伸ばして大股で歩く。


 それでもやはり、汗染みが気になり、俺は歩きながらそれを確認した。しかし、先ほどの努力もむなしく、汗染みは最初発見した時と、大きさ色合い何の変りもない。


 俺は無性に腹が立って、思わず大きな舌打ちをしてしまう。すると、向こうから歩いてきたガラの悪いチンピラが、舌打ちに反応してこちらを睨み付けてきた。俺はその挑みかかってくるような目つきにさらに苛立ちが膨れ上がったが、すぐに思いなおし、何も見なかったようなふりをして歩き続けようとした。


 俺は情緒不安な子供じゃない。俺はダンディな男で、何よりハードボイルド。そこら辺のチンピラを気にかけている暇はない。件のチンピラはわざと腰を落とし、見上げるようにガンを飛ばしながら、そのまましばらく俺と並んで歩き続けた。


 しかし、そんな汚物を完全に無視し続けていると、俺にハードボイルド的な何かを感じ取ったのだろう、チンピラはペッとタンを吐き、むひゃひゃと笑いながら離れていった。


 俺は満足げに頬をほころばせる。そして、そのように微笑んでいると、不思議と穏やかな気分になる。きっとあのチンピラもただの喧嘩盛りで、根は真面目で、義理に厚い人間に違いない。


 仲間が攫われたら、原付で助けに向かうし、弱いものいじめに対しては正義の心が疼き、たとえ大勢に対しても決して臆することなく立ち向かっていくのだろう。あのチンピラに足りないのは、きっと全力でぶつかってくれる大人なのだ。世間の連中はいつも彼らを蔑みの目で見つめているが、そんなもん、社会という便利な言葉を隠れ蓑にした、無責任極まりない卑劣な行為に他ならない。


 俺たち大人は不器用で、愛を知らない子供に対し、手を貸し、導いてやる義務を負っている。俺は考え出した理論に自分で自分に納得してしまう。


 そして、いつになく正義と愛に燃えたまま、ふと何気なく自分の足元を見てみた。すると、俺の右のスニーカーに、なにやら茶色く粘り気のある液体が付着していることに気付く。俺は笑顔を絶やさぬまま、それを見つめ続け、ゆっくりと歩みを止めた。


 俺はその付着物を観察しながら、じっと先ほどの出来事を思い返す。チンピラは俺の横を並んで歩き続け、そしてタンを吐いてから立ち去った。そうかそうか、あのチンピラのタンか。


 俺がそう理解すると同時に、右方向からサッカーボールが足元の方へ転がってきた。俺が右を振り向くと、そこは大きな公園で、奥から小学生くらいの男の子がこちらへ走って向かってくるのが見えた。


 男の子は無邪気に笑いながら、「ボール取ってください」と俺に遠くから話しかけた。俺は足元のボールを見つめた。


 そして、そのボールが先ほどのチンピラの頭と重なって見えた瞬間、俺はそれを俺が歩いてきた方向、つまり男の子がいる方向とは別の方向へ、全力で蹴り飛ばした。ボールは大きな放物線を描きながら、はるか遠くへと飛んでいく。


 子供の方へ向き直った時、その子供はぽかんと大きく口を開けてこちらを見つめていて、俺はそれに対してとてつもなく腹が立った。


「いつでも大人が何かしてくれると思うな!! 自分の力で何とかしやがれ、このクソガキ!!!」 


 俺は子供のいる方向へ向かって唾を吐き、そのまま再び歩き始める。

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