シガクテキ・マ・テキテキ 13
覆面をかぶった私と、九条先輩の視線がぶつかる。
九条先輩は突然目の前に現れた私の存在にたじろいだのか、身体全体を強張らせた。先輩は何かを伺うような視線を私の方へと投げかけてきたが、今の不機嫌な私は何も言わずに鋭く睨み返すだけ。
そして、九条先輩もどうやら私が怒り心頭であることだけは察することができたようで、重たい沈黙に耐えられないまま不安そうに目をきょろきょろと動かし始める。
私は何も言わないまま、九条先輩の目から視線をそらし、代わりに右手に持ったままの一冊の詩集に目を向けた。九条先輩は私の視線の動きの跡を追い、同じように自分が持っている詩集へと視線をやる。そして、そのまま今さっき自分が投げ捨てた本の束へと目をやり、それから再び私の方へと視線を戻した。
それから数秒経ってようやく、先輩はハッと何かに気が付き、小さま声を漏らし、そしてそれと同時に先輩の顔が少しづつ青ざめ始めていく。
先輩の表情からは得体のしれない私に対する恐れと怯えが見て取れた。もしかしたら、私が最初に渡した手紙の内容を思い起こしているのかもしれない。しかし、そうであろうとなかろうと、私の取るべき行動は決まっていた。
私はゆっくりとラクロスのラケットを上に振り上げる。その状態のまま私たちは固まった。
そして、私が先輩に近づこうと一歩踏み出したその瞬間、九条先輩はあらん限りの瞬発力を駆使し、私とは反対方向へと走り出した。
突然の敵前逃亡に私は一瞬だけ立ちすくむ。ラケットを振り上げたといっても、別に先輩をぼこぼこにしようとしていたわけでもなかった。単に捨てた本を持って帰るように威嚇するつもりだったし、言うことを聞いてくれなかった場合にも一発だけ肩か太ももに打撃を加えるだけのつもりだったのだ。
しかし、想い懲罰を与えるつもりがなくても、目の前から逃げられるのはあまり気持ちの良いものではない。私は反射的にラケットを振りかざしたまま、先輩を走って追いかけ始めた。
まさかこのような追いかけっこをする羽目になるなんて。
そう考えていたのは先輩も同じだったようで、走りながらちらちらと確認のためにこちらを振り返り、走って追いかけてくる私の存在を確認する度に、遠目からでもわかるくらいに驚きの表情を浮かべる。先輩はスピードを上げて私から逃げ切ろうとする。
走りながら私は、今逃げたところで先輩の住所を知っている以上、わざわざこうして追いかける必要がないことに気が付く。
しかし、私の潜在的な加虐性欲が刺激されているのか、次第に気分が高揚していき、しまいには絶対に捕まえてやるという気持ちになってくる。
先輩を捕まえ、そして、一発ガツンと殴って目を覚ませてやるんだ。
しかし、そんな私の想いと裏腹に先輩との距離はどんどんと離されていく。先輩は片手に一冊の本を持っているだけだが、追いかける私はというと、右手にラケット、さらに左肩にはスポーツバックを背負っている。いくら先輩が帰宅部で私が運動部だとしても、さすがに追いつくことは不可能だった。
先輩はその後、私をまくために入り組んだ曲道へと入っていき、最終的に私は先輩を見失ってしまう。
私は体力の限界を感じ、走る速度を緩めた。それと同時に、私の全身から汗という汗が噴き出してくる。
私は先輩がいるかもしれない方を選びながら、あてもなく歩き続けた。先輩を見失ったものの、それでも私の怒りは収まっていない。いや、取り逃がしたことへの悔しさと相まって、さらにその感情は高ぶっている。先輩の家で待ち伏せしてやろうかとも考えたが、ここまで来て追跡を止められるほど私のプライドは安くない。感情はまさにはちきれんばかりに膨れ上がっており、今すぐにでも先輩に一撃を入れない限り、私の心は満たされない。
絶対に見つけてやる。私は執念深く歩き続けた。
先輩だって私を撒いたとわかれば、足をとめるはず。ここらへんの地理には明るいし、探し続ければいつか見つけることが見つけることができるはず。私はそう自分に言い聞かせながら、あらゆる曲がり角を曲がり、先輩の姿を探し続ける。
そして、私の執念が天に届いたのか、三十分もしないうちに私は先輩の姿を再びとらえることに成功した。
先輩はすぐ近所にある橋の真ん中で、物思いにふけるかのように、手すりに寄り掛かりじっと真下を流れる川を見つめていた。
遠くから先輩の姿を発見したとき、私は一瞬、本当にそれが先輩なのかと疑ってしまった。なんでそんな見つけやすい場所で休んでいるのかと思ったが、もうそんなことを一々考えても時間の無駄だ。
先輩はじっと真下を眺めているだけで、私の姿にはまだ気が付いていない。私はできる限り川岸から離れ、先輩が突然顔を上げてもすぐには気づかれないように気をつけながら、橋へと近づいていく。




