シガクテキ・マ・テキテキ 12
先輩に最初の手紙と詩集を送ってから一週間ほど経ったある日。
部活が終わり、柏木とも別れた後、いつものように持参していた本を渡そうと九条先輩の家へと向かった。
今回持ってきた本は、いつもとは趣向を変えて、ちょっぴり難しめな、フランス革命を賛美したドイツの詩人についての本を選んだ。きっと先輩もこれを読めば、愛と自由への情熱に目覚めてくれるはずだ。
私は周りに誰もいないことを確認したあと、ポストではなく玄関先にその本を置く。そして、自分の行動に満足した後、そのまままっすぐ自分の家に帰ろうとした。
しかし、その瞬間、玄関の方からどたどたと階段を降りる足音が聞こえてきた。その足音はまっすぐに外へと向かってくる。
まずい、見られちゃう。
焦った私は反射的に、玄関横の駐車場へと身を隠す。そこは玄関からは死角となっていて、上手く身を隠すことができた。すぐさまその場から走り去った方がよかったのかもしれないと今さらながら思いつくが、後の祭りだ。私は大きめのエナメルバックとラケットを抱え込み、じっとその場で息を殺して待つ。
すると、少ししてから玄関の扉が開く音が聞こえた。それと同時に誰かが外へ出てくる足音も聞こえてくる。私はそこでふと好奇心に駆られ、一体誰が出てきたのだろうかと知りたくなってしまう。九条先輩だったらいいな。そう考えると、私の好奇心は風船のように膨れ上がっていく。
どうしても見たい、しかし、私の存在を見られたくはない。そのジレンマに陥った瞬間、私は唐突に、バックの中に入れておいたままの覆面のことを思い出す。玄関にいる人物は、私が置いた詩集を確認しているのか、まだその場から動いていない。私はできるだけ音を立てないようにバッグから覆面を取り出し、それをかぶる。あくまで予防のため。そう自分に言い聞かせる。
そして、慎重に頭を駐車場と玄関を隔てる壁から出し、その人物の姿を確認した。結果的に私の大胆な行動は報われた。玄関先に立ち、こちらに背を向けた状態で詩集をパラパラとめくっていた人物は、私の想い人、九条先輩だった。九条先輩は手元に集中しているのか、こちらの存在には気がついていない。
私はそれ幸いと、九条先輩の背中をじっと観察する。美しい顔立ちは角度の問題で見れないものの、背中を見つめるだけで私の心は満たされた。それに、気のせいなのかもしれないが、九条先輩が身にまとう雰囲気が、以前よりずっと知的で詩学的に感じられさえした。
ファーストフード店の時と同じように、ずっとこのまま先輩を見ていたい。しかし、先輩は私に時間切れを宣告するかのようにぱたりと詩集を閉じ、足元に置いてある、紐でくくられた本の塊を手に持つ。私は反射的に頭をひっこめ、姿を隠す。それと同時に先輩の足音が聞こえてきた。こっち方向へと歩いて来るんじゃないかと一瞬ドキリとしたが、足音は少しづつ小さくなっていく。こっちの方向へはやってこないようだ。
私はほっと胸を撫で下ろしながら、再び頭を出し、先輩の優雅な後姿を見つめた。そして、ふと先輩が持っている本の塊に目をやる。確か、今日は資源ごみの日だったっけ。あれを捨てようとしているのかな。
突然、私の心がざわめきたった。女の直感なんてものを信じているわけではないが、なんだか嫌な予感がする。
居ても立っても居られなくなった私はそのままバックとラケットを手に持ち、そっと先輩の後ろをついて歩く。
鈍感、いや純情でひたむきな性格の先輩は後ろにいる私に気が付かない。私は少しづつ距離を詰め、先輩が持つ本の塊をのぞきこむ。
一番上の本表紙を見えた瞬間、私は思わず声をあげそうになった。私の目に映ったもの、それは私は九条先輩に渡していたはずの詩集の一つだったのだ。
ひもで縛ってあると言うことはもちろんこれから捨てるということ。でも、どうして? 先輩はすでにその詩集を何度も読んで、飽きてしまったということ? いや、詩集というものは時間を置いて、何度も楽しむものだし、書店に陳列されている通俗小説じゃないんだから、一回読んだだけで飽きてしまうはずがない。それに一冊だけでなく、何冊も一緒に紐で縛られていることから、あの中に私が渡した他の本が混ざっていないとも言い切れない。
そして、先輩が私の贈り物をきちんと読まないまま捨てようとしているという答えにたどり着いた時、私の中に、悲しみや呆れとは違う、マグマのような怒りが沸き上がってきた。私は先ほどまでの乙女チックな視線ではない、もっと生々しい怨嗟の視線で先輩の背中を射抜く。
私の目の前を歩く先輩はそんな私の心情、いや存在に気付くことがないまま、指定のごみ捨て場の前でふと立ち止まった。そして、振り子のように本の塊を前後に揺らし、十分に勢いをつけてから楽しそうにゴミ捨て場に放り投げる。
そして、もう一方の手に持っていた詩集に目をやり、それもまたゴミ捨て場に放り投げようとしたその瞬間。先輩は何か異様な気配を察したのか、そこでようやく私の方へとゆっくり顔を向けた。




