シガクテキ・マ・テキテキ 6
先輩はそのまま歩き続け、大通りに出ると、道路わきにあった安いハンバーガー店に入っていった。
時刻的にきっとここで昼飯を食べるのだろう。もちろん私も先輩の後に続けて中に入っていく。
店内に入ると意外に中は混んでいて、レジの前にはちょっとした行列ができていた。昼前なのにどうしてこんなに混んでいるのだろうと不思議に思ったが、原因はどうやら二つあるレジのうち、一つがちょっとしたトラブルで使えず、たった一つのレジで対応しているかららしい。
先輩は男らしく、何の躊躇もなく列の後ろに並んだ。儚げで美しい外見だけでなく、先輩には男らしい側面もあるみたいだ。嬉しい発見に欣喜雀々しつつも、私は少しだけ冒険をして、先輩のすぐ後ろに並ぶ。後ろを突然振り返ったらどうしようと内心ひやひやしつつも、私の心はこれ以上ないほどときめいていて、駄目とはわかっていてもついつい先輩の後姿を凝視してしまう。
先輩のうなじには産毛がうっすら映えており、ニキビ跡どころかほくろ一つさえない。遠くからでも見て取れた透き通る白磁のような肌の白さも、間近でみるとなおさらその美しさが際立って見えるから不思議だ。その上、列が進んで先輩と私が前へ進む度に、先輩の髪からふわっとリンスの香りが漂ってくる。私の胸の高まりはまさに絶頂に達していた。
(「時よ止まれ、お前は美しい!」)
私は心の中で叫んだ。
ずっとこの時間が続けばいいのにと願ったが、非常にもついに列が進み切り、先輩は一足先にレジの前へ歩いて行った。
先輩は店員の問いかけに軽くうなづいた後、腕組みをした状態で何を注文しようかと考え始める。どうして並んでいる間に注文を決めておかなかったんだろうと疑問を浮かべずにいられなかったが、真剣にメニュー表を見つめる横顔を見た瞬間、そんな些細なことなどどうでもよくなった。この世において、無条件に何もかも許されるものがあるとすれば、それはきっと崇高なる美なのだろう。
しかし、私がこの上ない高尚な気分に浸っていたその時、それをぶち壊すかのように後ろから舌打ちが聞こえてきた。私はハッと我に返り、ちらりと後ろを振り返る。私の後ろには二十代後半の男が、不機嫌そうに眉をひそめながら立っていた。そいつは小太りなうえ、顔にうっすらと油を浮かべており、何よりアニメのキャラクターが印刷された気色の悪いTシャツを着ていた。
私は不愉快になりながら視線を前に戻す。美なるものを見た直後、それとは真逆の醜悪なものを目に入れてしまい、すべてが台無しにされたような気がした。私はふつふつと沸き上がる怒りを抑えながら、こんなことで取り乱してはいけない、先輩がそばにいる状況でそんな美しくない感情は似つかわしくないと自分に言い聞きかせる。
そうだ。私だって九条先輩の美しさに見合うような美しい人間にならなければならない。そんなことじゃ、大好きな九条先輩に嫌われてしまう。私は決して可愛くないわけじゃないけど、それでも九条先輩に失望されてしまうようなことだけは避けたかった。だからその分、内面が美しい女の子でなくっちゃ。
私がそう結論付けたと同時に、ようやく先輩の注文が終わったようで、店員が次に並んでいた私を呼ぶ声がした。私は顔をあげながら片方の足を後ろに動かし、アニメオタクの右足をローファーで強く踏んづけてから、いそいそとレジの前に向かう。
私が注文を告げ、代金を支払っていると、先輩の注文したものがすぐ横に運ばれてきた。私は先輩にばれないよう、さりげなく内容を確認してみる。
トレーの上には一番シンプルで安いハンバーガーが四個と、Lサイズのドリンクが乗せられていた。コップ越しに黒い液体が見えたので、ドリンクの中身はきっとコーラだ。あまり美しない注文内容だったが、彼なりに経済学的効用が最大化するように頼んだ品々なのだろう。各消費者の効用は主観的なものであって、他人が口出すものではない。
先輩はトレーを受け取ると、嬉々として店の二階へとあがっていった。私も支払いが終わり、注文した品が運ばれてくるとすぐに先輩の後を追って、二階へ急ぐ。
二階にあがって店内を見渡し、先輩の姿を探す。先輩は階段から見て左奥の席に座っていたため、私は先輩の姿を十分に観察できるよう、向かい側にある、少しだけ離れた席に先輩と向かい合った状態で腰かけた。
先輩はすでに一つ目のハンバーガーを食しているところだった。私はそんな先輩の食事風景を鑑賞しながら、自分のドリンクを飲む。
先輩は脇を大きく開けながら手に持つハンバーガーに食らいており、決して行儀がいいとは言えなかったが、それでもずっと見つめていると、なんだか子供的な愛くるしさを感じてしまうから不思議だ。先輩はペースを落とさぬまま二個のハンバーガーを食べ切り、三つめは少しだけペースを落として食べ終える。そして、四個目の包装紙をはがし、一口ガブリとかみついた後で、先輩は唐突に顔をハンバーガーから離し、ぎゅっと眉をひそめてしまった。
一体どうしたんだろうと一瞬だけ心配したが、すぐに飽きてしまったか、あるいはお腹がふくれてしまったのだろうと理解する。先輩は困ったように手に持ったハンバーガーを見つめ、物憂げにため息をついた。
一体どうするんだろうと私が見つめていると、先輩は急にあたりをきょろきょろと確認し始めた。それから誰もこちらを見ていないことを理解した後で、持っていたハンバーガーをもう一度包装紙で包みなおし、それを横の席に置いていたリュックサックの中へそっと入れる。
私は先輩の行動に一瞬だけ面食らった。しかし、食べ残しを平気で捨ててしまう私たちの方がもっとおかしいのではないだろうかという考えに至り、改めて先輩の思想の奥深さに感嘆する。
そんな私の敬愛の目線を受け取りつつ、先輩はようやく今まで手をつけていなかったドリンクにストローをぶっさす。どうしてハンバーガーを食べながら一緒に飲むということをしなかったのかはわからない。きっと先輩なりの深い哲学があるのだろう。
先輩は休み休みストローからドリンクを飲み、時々ふたを開け、あとどれくらい中身が残っているのかを確認する。先輩は毎度伏し目がちにコップをのぞきこみ、それから少しだけ悲しげな表情を浮かべた。きっと一番大きいサイズのドリンクを選んだことに後悔しているのだろう。それにしてもやっぱり先輩は綺麗な顔をしている。
後姿や横顔も十分に美しかったが、やはり正面から見た時の顔も端正だし、なにより先輩の瞳は冗談ではなく本当に宝石のようで、それにうっすらとかかる長いまつげが一層魅力を掻き立てている。九条先輩を悪く言った部活の先輩も顔だけはいいと言っていたっけ。
私はそんなことをぼんやりと思い出しながら、先輩をじっと見続ける。そして私が遠くから長いまつげが映える美しい目元をうっとりと眺めている中、再び先輩はきょろきょろと周りを見渡し、それから先ほどと同じように、中身が残ったままのドリンクをさっとリュックサックに詰め込むのだった。




