シガクテキ・マ・テキテキ 4
プーシキンは私が小学生の時、まだ離婚していなかった両親に無理を言って飼ってもらった犬だ。
五年前に家を出ていった父と一緒にペットショップに行き、その中で一番愛らしく、そして狭いショーケースの中でも威風堂々としていた彼を選んだんだっけ。細かいところは忘れてしまったけど、何はともかく両親も了承してくれ、彼はすぐさま家族の一員となり、その後お父さんと相談して、ロシアの偉大なる詩人の名前をつけてあげたのだ。高貴で、そして詩的な犬となってくれるようにと願いを込めて。
そして彼がそのような名前に値しない、下劣を表象した存在であることが家族に理解できたのは、それから一か月経った頃だった。
プーシキンは可愛い子犬の時から、今のような下劣性をいかんなく発揮しており、彼のリビドーはもっぱら食べることとヤルことのみに向けられていた。特に後者に対する彼の衝動はすさまじく、雌犬のみならず、四足歩行の生き物ならすべてが彼の射程範囲内だったし、しまいには四本足の椅子にすら発情するありさまだった。呆れたお母さんが彼の去勢手術を断行したのちも、手術後一年ほどは人為的処置に抗うように、雌を見つけては息を荒げて駆け寄っていった。
もっとも数々の伝説を残した彼も今では随分丸くなり、そのような性衝動に駆られるようなことはない。しかし、その代わりと言っては何だが、彼のリビドーの対象は食べることに一本化された。まるで失われた時を求めるかのように、彼は以前にもまして無我夢中に、そして情熱的に食事をするようになった。誰も食事中のプーシキンを邪魔することはできないし、彼も滅多に動じることはない。
まだ子供はコウノトリが運んでくるのだと無邪気に信じていた小学生の頃の私は、ふと好奇心に駆られ、一心不乱に食事をしているプーシキンの尻の穴に鉛筆を突っ込んだことがある。それでもプーシキンは少しも動じることなく食事を続け、意地汚くお皿をすみずみまできれいになめ終わった後になってようやく、思い出したかのように痛みできゃんきゃんと跳ね回ったのだった。
それほど下品で下劣なプーシキンはもちろん、私が思い焦がれていた犬のイメージとは何万光年もかけ離れていた。私も当初はそのことでよく枕を濡らしたものだけれど、嫌は嫌でもずっと長いこと一緒にいると、不思議と情が湧いて来るもので、数か月後には失望や嫌悪は春の霧のように跡形もなくなり、むしろ愛着さえ感じるようになった。意地汚さは相変わらず、いやむしろ昔より深刻化しているが、プーシキンは今では私の大事な大事な家族の一員なのだ。
私はリビングに行き、プーシキンのエサ入れにご飯を入れてあげる。私は顔をご飯にうずめ、顔全体で味覚を感じながら食事をするプーシキンを見つめながらため息をついた。
私は繊細な乙女がそうするように、飼い犬である彼に向かって私の理解されない恋心を吐露した。昨日プーシキンのおかげで巡り合うことのできた九条先輩のこと。私がその先輩に片思いをしていること。そして、その私の淡い恋心を部活の先輩や親友が全く理解もしてくれず、その上おためごかしに邪魔して来ようとすること。
「どう思う、プーシキン?」
私は思わずそのようなセリフをつぶやいてしまう。
しかし、プーシキンはそんな私の言葉など無視するかのように、尻尾を真上に伸ばし、とりつかれたようにご飯を食べ続けていた。
その様子を黙って見ているとなんだか無性に腹が立ってきたため、私は無防備となったプーシキンの尻を平手打ちをお見舞いし、その衝撃でプーシキンは前の方へよろめく。しかし、衝撃よりも痛みよりもやはり食い意地の方が勝っていたようで、よろめきながらもプーシキンは顔をご飯の中から上げることはなく、結局彼の身体はずずずとお皿ごと前方へ動くだけだった。
そして、その動きが止まるやいなや、プーシキンは何事もなかったかのように食事を続ける。私はすべてが馬鹿馬鹿しくなってしまい、ただその様子を見つめることしかできなくなった。
そしてその光景をあきれ顔で見つめながら、思索を深める。部活の先輩や柏木の話をそのまま信じる必要はないんだ。これは私の恋。私が主人公で、信じられるのはきっと私の審美眼だけ。だから、柏木がいくら悪口を言ったって、私が九条先輩の良い所を見つければそれで済む話なのだ。
そう結論付けるとともに私の気分は高揚し、思わずその場で立ち上がってしまう。そして、再び少女漫画の主人公のように、自分の飼い犬に向かってその旨を決意表明をした。
すると、ちょうどプーシキンもタイミングよく食事を終えたようで、私の方へその不細工な顔を向けてきた。そして、その顔をくしゃくしゃにしながら笑い、私の言葉に返事をするように先ほどよりもずっと大きいゲップを鳴らした。




