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喜劇的☆マ☆テキテキ  作者: 村崎羯諦
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テツガクテキ・マ・テキテキ 2

 そのまま路地を入ってすぐ、私はある奇天烈な男と出くわした。


 男は素肌の上に、毒キノコがプリントされた趣味の悪いアロハシャツを羽織っただけの、見るからに怪しく、そして救いようがないほどにダサい恰好だった。しかし、その一方で軽くウェーブががった髪型に、健康的に焼けた肌、その上顔立ちも、何かにぶつけたのか顔全体が真っ赤に大きくはれてはいたが、それを除けばそこそこイケメンなのではないかとも思えるものだった。


 そのアンバランスな男は商店街側からやってきた私を見るなり、ぎょっと目を見開いた。そうかと思うと、少しだけ逡巡する様子を見せた後、私の方へと歩み寄ってきた。明らかな不審人物に対し、私は一瞬だけ逃げ出すことを考えたが、なんだか面白そうだったのでそのまま立ち止まってあげる。


「てぃとっとお。ほじょうえうえん」


 腫れあがった唇を精一杯動かしながら、男はそう話しかけてきた。そして、こちらの困惑も意に介さないまま、男は一方的にまくしたててくる。


 私は最初、男が外国語を喋ってるのだと思った。しかし、よくよく聞いてみると、単に男は滑舌の悪さと虫に刺されたみたいに晴れ上がった口元のせいで、上手く喋れないでいるだけらしかった。そして、こちらから聞き取れなかった部分を質問で補ってようやく、男が言わんとしていることが判明する。

 

 男のセリフを要約すると大体こんな感じ。「お嬢ちゃん。いいところにやってきたね。誰かここを通ってくれないかとずっと待ってたんだよ。急で突飛なお願いだとは承知のうえで、ちょいと引き取ってもらいたいものがあるんだよ」云々。


 すなわち、どうやら男は私に何かを受け取ってもらいたいらしい。もちろん無償で。


 私は少しだけ考える。そして、結局その何かとやらを受け取ることに決めた。なぜかって? 理由は簡単。それは私が退屈だったから。

 男が素性のしれぬ怪しい人物であることは承知のうえで、私は彼が何をくれるのか、少しだけ楽しみだった。それにこんな狭い路地で受け取るものと言ったらたかが知れている。通説は大麻、有力説は覚せい剤、少数説としてコカイン。


 もしかすると、さっきの商店街の人々はすでに薬中だったから、あんなうつろな顔をしていたのかもしれないと、そんな考えさえ浮かんでくる。もちろん私は反社会的な乙女では決してない。だが、やはり私は退屈なのだ。想像力と恐怖は好奇心にひれ伏し、退屈はそれらを舞台裏から操る。


 私の了解に男はぱあっと顔を明るくし、私の気が変わらぬうちにと、すぐさま先ほどまで立っていた場所に戻り、そこに置いてあった透明のビニール袋から三つの小さな苗を取り出した。

 どれも同じ黒いビニールポットに植えられていて、見たこともないような奇妙な形の葉っぱをつけていた。見た感じ、何の変哲もない、お花屋さんで売っているような苗木だった。


 男は私にその三つをきちんと確認させた後、持ち帰るために便利だと考えたのか、もう一度それらをビニール袋へと戻した。男は嬉しそうにビニール袋の取っ手を持ち、私の手元に近づけた。


 それと同時に男がもごもごと何かをつぶやいたが、まったく聞き取れず、何回も聞きなおしてやっと男が「ありがとう」といっていることが理解できた。私は男のお礼を理解したということを表現するように、にこっと男に微笑みかけた。男も私の意図がつかめたのか、ほっとしたような顔を浮かべ、私に倣って微笑み返す。


 私たちはそのまま微笑み合った。男は微笑みを崩さぬまま、持っていた袋を私に掲げたが、私はただ何も言わずに微笑み続けた。男が掲げた手が重みでプルプルと震え始める。


「こ! こぉええをこおっつて!」


 私は男が何と言っているのかを聞き返した。いや、聞くまでもなく、わかってはいたけれど、なんとなく愉快だったのでそうした。


 男は顔を紅潮させながら必死に言葉を繰り返す。私はもう何回か聞き返した後で、ようやく理解したと言うような大げさな表情を浮かべてから苗木を受け取った。男は少しだけ苛立ちながら、さっさと私を置いてその場を去っていく。私はその後姿を見送った後、苗木を抱え、まっすぐ自宅へと戻った。

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