シガクテキ・マ・テキテキ 2
運命的出会いから一夜明けた翌朝。
クリケット部の朝練のため、高校に到着した私は、いつものように部室でグダグダと時間をつぶすのではなく、真っ先に一人グラウンドへ行き、練習場を見渡した。そして、大学受験用の補講前に顔見せにやってきた三年の先輩を見かけるやいなや、飛ぶように彼女のもとへ飛んでいき、昨日出会った美少年について知らないかと尋ねてみた。
もちろん知らなければいくらでも他をあたってやる、という心持だったのだが、意外にも一発目で殿方を知っている人を捕まえることができた。
しかし、なんで突然九条先輩のことについて聞ききたくなったのかを尋ねられ、私が素直に昨日公園で一目惚れをしてしまったのだと頬を赤らめながら答えた瞬間、その部活の先輩の表情が一瞬で固まった。そして先輩は顔を真っ青にさせたかと思うきや、すぐさま私の両肩をつかみ、震える声で「いい? 麻里奈ちゃん。あんなやつとは絶対に関わっちゃいけないから」と何度も何度も念を押した。
温和で清楚だったはずの先輩が取り乱す様子を私は混乱しながら見つめた。なぜ、先輩はそんなひどいことを言うのだろう。もしかしてこの恋はロミオとジュリエットのように、決して許されない禁断の愛なのかしら。
しかし、と私ははたと思い返す。冷静になって考えてみれば、あれほど顔立ちの整った殿方なのだから彼女がいてもおかしくないじゃないか。なんで私は今までその可能性を考えなかったのだろう。しかし、私が、九条先輩は今誰かと付き合っているのかと少しだけ落胆しながら尋ねたところ、先輩は首を横に振り、「そういう問題じゃない」とだけ答えた。
そういう問題ではない?
私は少しだけ考えた後、もしかして反社会勢力関係の人なのかと尋ねても、先輩は物憂げな表情を浮かべ、「それならどんなによかったか」とため息交じりにつぶやくだけ。
一体全体どういうことなのか。じれったくなった私は先輩を問い詰める。先輩は少しだけためらった後、私に対して、他の人に聞かれないようもっと近づくように命令した。
私は少しだけドキドキしながら先輩の言う通りにする。先輩は、確かに九条は美形だと前置きをつけたうえで、ひそひそ声で私にこう伝えた。
九条は頭が空っぽの真正馬鹿で、下半身で物事を考えるような人間だ、と。
私がその言葉を理解できないまま、先輩はさっと私から身体を離し、部活が始まるからと言って、さっさとその場を去っていった。私はそんな先輩の後姿を見送りながら、さきほど聞いた言葉を繰り返す。九条は頭が空っぽの真正馬鹿で、下半身で物事を考えるような人間だ、と。
全くもって信じられない。九条先輩に向かってあんなひどいことを言うなんて。
部活の帰り道、私は一緒に歩いていた柏木に怒りをぶつける。最初はまったく理解が追い付かなかったものの、先輩の言わんとする言葉の意味をしばらくしてからようやく理解できたのだ。そして、それと同時にヒステリックに私に命令してきた先輩に対する怒りが沸き上がり、そのせいで、今日の練習は全然集中できなかった。どれもこれも全部先輩が悪い。
部活が終わって解放された私は、今になってようやくその鬱憤を晴らすことができている。私は話を聞いてくれている柏木に、矢継ぎ早に先輩への不満をぶつける。
たとえ九条先輩に、少しだけそのような側面があったとしても、恋に突き動かされる乙女に対し、あれほど冷淡なアドバイスをしてもいいのだろうか。恋はそれ自体が肯定されるべきだし、あんな無遠慮な言葉を投げかけるべきではない。先輩だって恋をしたことがあるならば、自分の好きな人が悪く言われていい気持ちのしないことくらいわかてるはずなのに。
しかし、私が気持ちの赴くままに鬱憤を晴らし続けた相手柏木の反応も冷たいものだった。
最初は相槌をうって私に肯定的な言葉を投げかけてくれていたのだが、次第に柏木は少しだけ居心地の悪そうな表情に変わり、私が同意を求めても歯切れの悪い返事しかしなくなってきた。
私は悪いことだと思いつつも、そんな柏木の反応を非難する言葉を吐いてしまう。きっと柏木は先輩の肩を持っているのだろうと思ったからだ。
しかし、意外にも柏木は違う理由から私の気持ちに同意できないでいるらしかった。一体どういう意味なのか。私がそう問い詰めると、柏木は自分も兄からその九条先輩とかいう人物の噂を聞いたことがあると告白する。
もっと意味深な返事を予想していた私は思わず拍子抜けしてしまった。しかし、すぐさま私は考え直す。まあ、でもあんな男前だもん。誰かの話題にあがることだって普通にあり得るよね。
しかし、続く柏木の言葉で私はより一層不機嫌な気持ちになった。なぜか。兄から聞いた噂によると、九条先輩は相当なアホで、しかも意地汚い性格だと、柏木は言いのけたからだ。
堪忍袋の緒が切れかけている私に対し、柏木は人間は顔じゃない、一目ぼれ自体は悪いことではないけれどもっと性格の良い人間と恋愛した方がいい、となんともまあ上から目線でお説教を始めたのだ。
もちろん私はそれに対し、強く反発する。私の中に生まれたばかりの無垢な恋情のため、そして、九条先輩の名誉を守るため。
だけど柏木は、そんな私の反応をわかってましたと言わんばかりの平静さで私をたしなめた。そして、柏木は家に帰ってからゆっくり考えなと言い残し、私を置いて去っていった。




