テツガクテキ・マ・テキテキ 11
慣習法に従って私が夕飯を作り終えるころには、原田さんの機嫌もある程度良くなっていた。
一発ギャグを強要した手前少しだけ罪悪感を覚えていた私は、その埋め合わせと言っては何なのだが、パパとママが保管していたお酒を二人に振る舞う。高校生の私がお酒の銘柄や種類などわかるはずもなく、たくさんあるうちの一つを適当に選んだのだが、二人はそれを喜んで飲んでくれた。
原田さんもお酒のおかげですっかり上機嫌になり、酔いが回ってきたのか、饒舌に様々なことを語り始める。原田さんは自分の仕事観から、気に食わない人間の特徴まで途切れることなく話し続け、その隣で田辺さんが卑屈的な相槌で会話を盛り立てながら、空いたグラスに酒を注ぎ続ける。
そして、次第に原田さんの会話の中に私の知らない人間の名前が登場し始めた。
私は最初作り話を言っているのかと思って聞いていたのだが、その割にはとても具体的で、まるで本当にそのような人物が存在しているかのようだった。
思い返してみれば、この原田さんの話と言い、田辺さんのフランス語といい、明らかに生まれてすぐの人間に備わっている知識とは考えられないものばかりだった。最初は苗から生まれたおじさん全員に生まれつき備わったステータスのようなものだと考えていたが、そう考えると二人の能力的身体的違いを説明できない。
では、実は二人とも現実に存在している人間で、何かの偶然の積み重ねで記憶喪失となり、かつ私の家のベランダに舞い降りたとでもいうのだろうか。
しかし、やはりそれもなかなか受け入れがたい考えだ。神様でもない限りそんな奇跡を起こすことはできないし、そもそもおじさんの登場と同時に起きた苗木の変化や散乱した土はどう説明するのか。おじさんの登場とつぼみの開花の間には何の因果関係もないとでも考えるべきなのだろうか。まさかそんはずもない。ライプニッツじゃないだから。
やはり非現実的ではあるが、おじさんたちは苗木のつぼみから生まれたと考える方がすとんと受け入れられるような気がする。私は一人心の中でそう結論付けながら目の前に座るおじさんたちに目を向けた。
二人はそんな私の哲学的思索など梅雨知れずといったように、すっかりへべれけになっており、特に原田さんの酔っぱらい具合はひどかった。
原田さんは、田辺さんにおだてられるがまま大声で演歌の一節を歌ったかと思うきや、突然椅子から立ち上がり、私たちに向かって「さっきのリベンジをする!」とろれつの回らない口調でそう宣言した。
私が新しい割り箸を渡し、田辺さんが指笛を鳴らす。原田さんはふらつく足取りのまま再び尻とトランクスの間に割り箸を挟み、そこで一旦制止した。そして、長い呼吸の後、原田さんはふんっとお尻を力いっぱいすぼめ、そしてすぐに悲痛な叫び声を部屋中に轟かせた。
田辺さんと原田さんは食事の後、鼻歌を歌いながら二人仲良く寝室である客間へと入っていった。
私は一人で食事の片付けをやり、それを終えてからシャワーを浴びる。
その後リビングへ戻って、テレビを見ながらうとうとしていると、いつの間にか寝る時間となっていることに気が付く。
私は自分の寝室へ行く前に、昨日と同じようにこっそりと客間へと忍び込んだ。
田辺さんと原田さんは顔をアルコールで真っ赤にしながら、仲睦まじく客間の中央で大の字に寝ていた。今日は昨日より少し冷え、二人は本能的に寒さをしのごうとしているのか、互いに身を寄せ合って眠っている。
私は熟睡しきっていることを確認してから、そっと近づいた。
そして、原田さんの腕を田辺さんの腰元に、田辺さんの腕を原田さんの腰元に動かす。それからスマホを持ち出し、その光景をパシャリと写真におさめた。スマホの画面には中年おっさんが互いに抱き合いながら眠っている写真が映る。全身を収めることができなかったため、写真だけを見るとお互いに裸のままで抱き合っているように見えるから一層滑稽だ。
削除したいという気持ちに一瞬駆られるものの、なんとか思いとどまり、それをメモリーに保存した。私はしゃがみ込み、おじさん二人をもっと近くから観察してみた。
二人はこれ以上ないほど幸せそうな寝顔を浮かべており、ずっと彼らを見ていると、こっちまで幸せな気持ちに満たされる。惜しむらくは、二人が中年のおじさんであり、またパンツ一丁であることくらいだろうか。
私はそこであくびが出る。どうやらそろそろ寝た方がよさそうだ。今日は昨日よりずっとバタバタしていて、思いのほか疲れてしまっているのだろう。私は立ち上がって、入ってきた時と同じようにこっそりと客間を去り、そして自分の寝室へと歩いて行った。
しかし、その時私はふとあることを思い出し、慌てて客間へと走って戻る。そして客間に入るとすぐに田辺さん歩みより、無防備になっている左乳首を思いっきり指で弾いた。田辺さんの「アオウ」というコミカルな喘ぎ声を満足げに聞き遂げた後、私は満足して自分の寝室へと向かった。




