異世界転生 ~トラックで引いた側の気持ちを考えた~
40年。トラック運転一筋。無事故無違反。配送遅れはいまだ無し。
北は北海道、南は九州まで移動する、長距離運転手とは俺の事だ。
雨が降っていた。空は灰色で、見通しは悪い。
それでも今まで一度も事故なんて起こしたことはなかった。
あの日、小雨が降っていた。下校中の高校生が三人並んで歩いている。
一人は少女。二人は青年。青春をしているのだろうと、窓越しに見ていた。
すると、突然、本当になんの前触れもなく、青年の一人がもう一人を道路に押し出した。
俺は初めて人を引いてしまった。
ところがどうだ。引いたはずの青年はそこにはいなかった。
押し出した青年も、隣で見ていた少女も、皆目を丸くしている。
いったい、何が起きたのだろうか?
一人消えてしまった。もしくは、初めからいなかったのだろうか?
――突然の事故で、彼は異世界に転生されました。ご心配なく……。
女性の声が聞こえる。二人には聞こえていないようだ。
異世界に転生だって? そんな馬鹿な……。
しかし、目の前で引いたはずの青年は消えている。
転生。本当に転生したのか?
俺はトラックに戻り、その場を後にする。
聞こえてきた女性の声。青年は転生したらしい。
仮に本当だとしても、体が消えるのはおかしい。
転生とは体が消える事なのか? 魂だけ転生するのではないのか?
最近、孫が置いていった小説にそんな事が書いてあった気がする、
ライトノバルだったかな? 確か……。
俺の知っている小説よりも、砕けた感じの小説だ。
じーじも読めと、一冊渡された。まだ数ページしか読んでいない。
その小説ではトラックに引かれた無職の青年が異世界に転生するという話だ。
まさか、現実に、俺の目の前でそんな事は起きるなんて。
引かれた本人はわかると思うが、引いた方も転生したことがわかるようになっていたのか。
確かに、ただ引いてしまっては、後味悪いしな。
今まで何人のトラック運転手が転生の為に事故を起こしてしまったのだろうか?
転生の度に、事故を起こされたのではたまったものではない。
俺にだって家族や仕事、これからの事がある。
仕事につかない青年。いじめられている学生。パソコンの前でカタカタしている男性。
夢見て、逃げて、引かれて、転生して、異世界で順風満帆。そんな人生をご希望か?
引く側の事も考えてほしい。
これから引かれて、転生する予定の方に伝えたい。
トラックに引かれるだけが、生まれ変わる手段ではない。
そして、異世界ではなく、現実世界で順風満帆になるように努力してほしい。
恋愛。勉強。仕事。家庭。
それはすべて努力次第である。
40年。トラックを運転してきた。
道は変わる。新しくなり、良くなっていく。
人も変わる。変わらない人はいない。
変わる努力をするか、しないかだ。
トラックに引かれて転生するよりも、現実世界で生まれ変わろうぜ。青年。
とりあえず、惚れてる女がいれば、明日告白してしまえ。
そうすれば、きっと生まれ変われるはずさ。