“私”がしたいこと
風を受け、おばけやかぼちゃがきらりと輝く。きらきらと、ひらひらと、風になびきながら壁の装飾は光を跳ね返していた。
「板挟み、だなあ。」
最近周りに合わせるばかりで、自分のことなど何も充実させられていないことに気がつく。自分がやりたいことを抑えてまで人に合わせることに、なんの意味があるのだろう。
たまたま立ち寄ったドーナツショップではハロウィンイベントを行っていた。“トリックオアトリートと言うとお菓子がもらえるよ!”というチラシが、店内の至るところに貼られている。お菓子欲しいかも、なんて思いながらも、結局は恥ずかしくて言えずに会計を終えてしまった。
「第一、大学生になってまでハロウィンなんて似合わないわね。」
つぶやき、チョコドーナツにはむりとかじりつく。
「とりっくおあとりーと!」
小さな男の子の声が聞こえ、自分はすでに忘れかけていた純真な心が戻ってきたような気がした。思わずレジの方を見る。
「おねーさん。」
レジには誰の姿もなかったが、いつの間にか隣に男の子が座っていた。
「トリックオアトリート。」
綺麗な子だな。
第一印象はそれだった。小学校低学年くらいだろうか。髪が少し茶色がかっていたり、肌が他の同年代の子と比べて白っぽく見えたり、もしかしたら彼はハーフなのかもしれない。
少年が無邪気にあざとく笑う。二十を超えた自分から見てもぱっと見でもわかるほど、男の子の容姿は整っていた。思わずドーナツを食べる手が止まる。
おねーさん、ともう一度呼ばれ、自分のことだと認識するには少し時間がかかった。思わず、えっ、とまぬけな声が出る。
「えっ、あ、そっか。ドーナツでいい?」
うん、と男の子は嬉しそうに頷いた。両親らしき人たちが見当たらないのが少し気きはなったが、イチゴソースのかかったドーナツをおいしそうに頬張る彼を見たら、そんな心配はどこかへ行ってしまった。
「おねーさんは、おかしいらないの?」
男の子が突然、私の目をのぞき込んで尋ねた。引き込まれるように目を合わせる。
「うん、お姉さんは大人だからね。」
男の子が少し寂しそうに笑う。
「そっかあ。…あ、僕そろそろ帰るね。おいしかったよ、ごちそうさま。」
トレーを片付け、男の子と一緒に店の外に出る。
そこの角を曲がるという時に、男の子がくるりとこちらを振り向き、大声で言った。
「おねーさん。自分のやりたいことをやるのが一番だよ!」
それだけ言って角を曲がって行った。
男の子が行ってしまった後、私は男の子の言葉の意味を考えた。なぜ彼がそれを言ったのか、なんのために言ったのか。
彼の言葉は私の背を押す手助けとなった。 お菓子をもらう勇気はたったの一部で、もっと大きな何かを彼からもらえた気がした。
とりあえず私は店内に戻りもう一度、今度は男の子にあげたイチゴのドーナツを頼んでこう言った。
「トリックオアトリート!」