修行
梓による最初の修行は案外単純だった。
「まずは、短剣の素振り1000回やってみてください。
短剣は手数の多さで戦うことが基本ですので、基本のための基礎を築きましょう。
ゴブリンとのあれをみる限りスキルを使いこなせていないので、まずは体に叩き込みましょう。」
…シュッ…シュッ…シュッ…シュッ…
「900、901…」
レベルアップでステータスがアップしているとはいえ、単純作業はなかなか疲れるな。
だが、そろそろ終わりも見えてきた。
「999…1000…
よしっ、終わったー!!」
「はぁ……そんなんじゃ、全然駄目ですね…
型は崩れていて、ペースもすぐ乱れて、全然短剣に馴染んでないじゃないですか!
まぁ、主様の実力を見ることが目的だったので文句もこの辺にしときますか。
では、今度は私がお手本を見せますのでそれを真似てください。
では、私も1000回振りますね。」
…………
「どうでしたか?」
それはほぼ一瞬の出来事だった…
正確に言うなら10秒くらいだったけれども1000回素振りをするにはあまりにも早すぎた。
梓の素振りはもはや音すらなく、俺の眼のスキルがあってもそのスピードをとらえることはできなかった。
いや、それは違う…
スキルを使うのをすぐに拒絶してしまったのだ。
スピードが自分の許容範囲を越えてしまい本能的に体が持たないと判断したのだろう。
その速さのあまり、もはや梓が1000回は振っていなかったと言われたほうが納得してしまう…
だから本能では本当のことだと感じてはいても理性では認められず、俺はつい悪態をついてしまった。
「本当に1000回素振りしたのか?
ほんとは数をごまかしたりしてるだろう?
嘘をついたって無駄だぞ。」
梓が驚いた顔をしている。梓にとってなんてこともないことを俺ができないからか…
俺は呆れられてしまったのだろう。
「えっ?わかりました?
あぁ、そういえば主様はスキルによって目がいいんでしたったけ?」
梓は、笑いながらごまかそうとしている。
さっきまでの俺の暗い気持ちは何だったんだー!?
半信半疑どころかまったく疑っていなかったのに…
もはや、いちゃもんの領域だったのに!
「しょうがないですねー。
本当のことを言うとー、1000回ではなく、2倍の2000回振ってました(テヘッ)」
そっちのほうにか…
うん…もうなんだか俺のプライドというものが跡形もなくなったような気がする。
こっちの世界にきて傷つけられまくっても、形は保っていたのに!
だが、あいにく梓には俺が見えていなかったことがバレていない。
俺は跡形もなくなったプライドをなんとか再生させる。
少しでいい、少しあれば今はいいんだ。
「やはりな…
では、修行の続きをしよう。」
「そうですね、とにかく短剣を振って振って振りまくって体に馴染ませてください。
体に短剣が馴染んでくれば、素振りのスピードも上がってくると思います。
では、1000回の素振りをあと9セット繰り返してください。」
…シュッ…シュッ…シュッ…シュッ…
俺は素振りに没頭した。
けっして、余裕ができたらさっきのことを思い出すからではないと…信じたい。
とにかく俺は強くなりたいのだ。
せっかく異世界へ転移してきたのだ、無双したっていいじゃないか。
それなのにこっちにきてからはプライドを粉々にされることばかりで、全然ついていない…
いや、そういえば俺は魔力だけが異常に高かったな!
きっと俺は魔法を使って戦うタイプなんだ!
そしたらこんな接近戦をするための訓練いらなくね?
「主様、素振りが遅くなってきてます。集中してください。
主様は魔力が高いことをしっていますが、まずは接近戦でも、自分の身を守れる程度にはしとく必要があるんですから!」
「なんで俺の考えてることがわかった!?
お前は超能力者かなにか!?」
「超能力?それってなんです?
…あぁ、魔法のことですか。
なら私は魔法にはうといですからけっしてそんなことではありませんよ。
ただ主様の表情を見てればなんとなくわかりますよ!」
「え?マジで!?」
俺はつい驚き、素振りを止めてしまった。
そして素の自分をさらけ出してしまった。
俺の考えが他人にわかりやすいのはなんとなく気づいてはいたが、梓が魔法にうといのが意外だったのだ!
「はい!
まぁそれはおいといて、すぐに素振りを再開してください。
残りのセットも終わったら魔法について話しましょう。
それを、ご褒美だと思って頑張ってください。」
「あぁ、わかった。」
俺は魔法のことを早く知るためにもより素振りに没頭した。
…シュッ…シュッ…シュッ…ドタン
「はぁ…はぁ…や、やっと…終わった…」
俺は素振りを終えると疲れのあまり地面に倒れ込んでしまった。
「主様も疲れているようですし、魔法の話はひとまず休憩してからにしましょう。」
………数十分後…
休憩を終えた俺はさっそく梓に魔法について質問した。
「梓、魔法ってどうやったら使えるんだ?」
「一般的には使いたい魔法をイメージすることですかね…
そのイメージを補強するために詠唱とやらが必要になってきます。
私は付与魔法…つまり強化や補助の魔法と武器の取りだししたりする魔法しか使えないのでよくわかりませんが…
とにかく考えるより行動しろです!
試してみましょう!」
イメージか…それなら簡単そうだな。俺がイメージしやすいのは実際にみたことがあるやつに限られてくるかな。
そうするとネロって魔術師の炎かな。
たしかファイヤーメテオだったな…
あの時されたことをイメージして、
「…ファイヤーメテオ!」
…………
「プッ、なんですかそれは?
何もでないじゃないですか!
まぁ主様も魔法が苦手なんですね。」
「そんな馬鹿なぁーー!!
俺の魔力999999999999だぞ、向いてないはずないだろ…
これでは死ステではないか…」
「まぁまぁ、そう落ち込まないでください。」
「いや、諦めない!」
炎がダメなら水、水がダメなら雷、雷がダメなら土…
とにかくいろんなことを試してみるんだ!
しかし、全てうまくいかなかった。
あぁ、これどうすんだよ…
せっかくのステータスがだいなしだ。
「まぁまぁ、そう落ち込まないでください。
何も魔法は、詠唱やイメージで発動する…いわゆる創造魔法が全てじゃありません。
他にもルーン魔術というものがあります。
私の付与魔法がそれに該当します。
それにほら、主様と最初あったときにあった模様、いわば魔法陣もそれの一種なんですよ。」
魔法陣か…なるほど。
俺がこちらの世界にくるときに魔法陣を使ってきたのだから俺と相性は良さそうだ。
「梓、具体的にはどうすれば使えるんだ?」
「さぁ?ここではよくわかりません。」
「ん?わからないってどういうことだ!?
お前付与魔法のルーン魔術使えるんだよな?
ならそれだけでもわかるだろ?」
「いえ、わかりません。
そうですね…正確に言うならこの場所で私がルーン魔術を使う方法がわからないのです。」
「つまりどういうことだ?」
「そういえば創造魔法とルーン魔術の説明をしていませんでしたね。
話が長くなりますけどそれでもいいですか?」
「構わん、説明してくれ。」
「両者の違いを説明すると、創造魔法は世界に自分のイメージを加える感じで、ルーン魔術は世界を部分的に書き換える感じですかね。
まぁ、難易度としてはルーン魔術のほうが高いと言われています。
何故だかわかりますか?」
「いーえ、さっぱりだ。」
「でしょうね。そうだと思いました。では、その理由を説明させていただきます。
創造魔法は世界に自分のイメージを加えるだけっていいました。しかしルーン魔術は世界を自分が発動したいものにあわせて、部分的に足したり削ったりしなければならないのです。
そのため、場所によって使う魔力が異なり、場合によっては使えないこともあります。
そして、さらに記号…というより文字も必要になってきます。
なかなかルーン魔術を使える人がいないため、この文字を知る機会がないんですよ。
この説明でわかりましたか?」
なんだか難しいことだな…
「要するに場所によって使い勝手が違くて、なかなか使い手もいないから廃れていったということでいいのか?」
「まぁ、そんなところですね。それでは両者のメリット、デメリットを説明します。
創造魔法のメリットとしては、場所にこだわらないため使いやすく、自分の身ひとつで魔法を使うことができることです。
デメリットというデメリットはあんまりありませんね。
次にルーン魔術です。これのメリットとしては、儀式なんかに向いていることです。使う効果が文字で示されているためイメージによってずれが生じるということがないのです。
それと、同時に複数の効果を扱うこともできます。
これは創造魔法は一度にひとつのことしかイメージできませんが、ルーン魔術はルーンさえあれば同時に効果を発揮させることも可能だからです。まぁ、扱いきれる人はほとんどいないですが…
そして、デメリットとしては、さきほど話した通り場所を選ぶことと、知識が必要なことと媒体が必要なことです。
以上で全部です。
おわかりいただけたでしょうか?」
「なんとなくわかった。しかし俺は知識をどうやって得るのだ?
知識なしには使えんのだろう?」
「それは問題ありません。私は知識だけはありますから。
とりあえずルーン魔術の基本的なことを教えます。
今から地面に文字を書くのでそれを覚えてください。」
…ザクッ…ザクッ…
「…以上が全ての文字です。
これの組み合わせや配置の仕方などで効果が変わってきます。」
「なるほど。」
……それからしばらく梓による魔法教室は続いた。
おかげでだいぶ知識は得た。
あとはルーンの媒体となるものを探すか作るだけだ。
梓によると、ルーン魔術を使うには自分でルーンを刻まなければならないため、人がルーンを刻んだものを使っても意味がないそうだ。
しかし、他の人のルーンが刻んであっても自分のルーンを刻んでさえいれば魔術は使えるそうだ。
「よしルーン魔術のことはよくわかった。では、その媒体になりそうなものを探そう。」
「いえ、座学というより魔法についてはいったん終わりです。
次は足音をたてない走り方の練習ですので…
森や街など遮蔽物のある場所での戦いは自分の居場所を知られないようにしたほうが有利ですのでそれをマスターしましょう。
いくら相手に姿をみられないとはいえ、音を出してしまえば居場所がばれてしまいます。」
………そうして、しばらく体技に関する修行が続いた。
※私が取り上げたルーン魔術はルーン魔術というなのオリジナルとはまったくの別物になってしまってます。
そこのところをご注意ください。
読んでくださりありがとうございました。