3:街に入りたい
しばらく視姦していたら、少女が移動を始めた。
かごが一杯になったようだ。
家に帰るのだろうか?
とりあえず後を付けよう。
ちなみに、これは変態的な情欲を満たすことを目的としたストーカー行為ではない。
断じて違う。
後に付いていけば人里に出られるかもしれないからだ。
決して、あの見目麗しきエルフ少女を物陰に連れ込みチュッチュペロペロしたいなんて思っているわけじゃない。
あくまで健全な理由だ。
嘘じゃない。
俺は身を潜めたまま少女の後を尾行した。
地を這うように姿勢を低くし、道から外れた茂みの中を進む。
森の中を歩くのも大分と慣れてきた。
20mくらい後方を、音を立てないように隠れて進む。
素足だからか、足裏の感覚を掴みやすい。
地面は湿った腐葉土なので、足音を立てずに歩くのは容易――ベキっ。
「だれっ?」
バレた!?
「誰かいるのですか?」
きょろきょろと辺りを見渡す少女。
鈴のような少女の声が耳に心地良い。
よかった。まだバレてないみたいだ。
エルフといっても、そこまで気配に敏感じゃないのかもしれない。
俺としては、その方が助かる。
少女はしばらく辺りを警戒していたが、程なくして歩みを再開した。
さっきよりも早足だ。
慌てて歩く姿も可愛らしい。
見失わないように必死で追跡する。
ぐふふっ、女の子のお尻を追いかけるのって楽しいな。
知らなかった。
まるでリア充になった気分だ。
◆
しばらくストーキングしていたら、いつの間にか森を抜けた。
てっきり森の中のエルフの里に帰るのかと思ったが、違ったみたいだ。
遠くに街が見える。
白い石造りの家が立ち並んだヨーロピアンな雰囲気の街だ。
いかにも異世界という気分になり、年甲斐もなくワクワクしてしまう。
細かいところまでは見えないが、けっこうデカい街のようだ。
外周は石造りの壁で覆われている。
壁の外は一面の畑。
森の近く、俺がいる辺りはトウモロコシ畑みたいな感じだ。
背の高い作物が、等間隔でびっしりと植えられている。
身を隠すには持ってこいだ。
俺は畑の中に身を潜めながら、少女を尾行し続けた。
身体が小さいとこういうとき便利だな。
少女は森を抜けて安心したのか、歩調を緩めている。
油断している姿も実に可愛い。
街の出入り口に着いた。
門番のような男が三人もいる。
全員、普通の人間だ。
ここはエルフ族の街ってわけじゃないらしい。
俺は畑に身を潜めたまま、様子を伺う。
「みなさん、お疲れ様です」
「「「やあタクアちゃん。おかえり」」」
ハモる男ども。
なんだかすごく嬉しそうだ。
まあ、気持ちはわかる。
タクアちゃんっていうのがあの少女の名前だろう。
俺も彼女を名前で呼びたい。
お話しがしたい。
しかし、そのタクアちゃんは門番達に会釈し、足早に街の中に入って行ってしまった。
悲しい。
ここから先の尾行は不可能だ。
これ以上近づくと門番に見つかる。
仕方がないので、三人組の門番の様子を伺う。
「タクアちゃんはやっぱり可愛いなぁ」
「ああ、美形ぞろいのエルフ様の中でも特に綺麗だからな」
「偶にタクアちゃんに会えるのがここで見張り番やってる、唯一の楽しみだぜ!」
雑談を続ける門番。
彼女が可愛いというのは共通認識みたいだ。
まあ、あれだけの容姿だからな。
当然だ。
「普段は街で見かけても、緊張して自分からは中々声を掛けられないからなぁ」
「そうだな、なんたってエルフ様のタクアちゃんだからな」
「タクアちゃんと挨拶が出来るこの仕事をしている俺達は勝ち組ってわけだな!」
そう言って笑い合う三人組。
楽しそうだな。
あの門番たちとなら仲良くなれそうな気がする。
タクアちゃんという共通の趣味があるのが大きい。
きっと話が合う。
打ち解けたら街に入れてもらえるかもしれない。
そうすれば宿にも泊まれるし、ちゃんとした食事も出来る。
良いこと尽くしだ。
逆に、このまま森に帰ったらどうなる。
森では野宿だ。
食べ物も無い。
悲惨な未来だ。
どっちが良いかなんて分かりきっている。
もちろん出て行っても仲良くなれるとは限らない。
俺はコミュニケーションが苦手だ。
もしかしたら嫌われるかもしれない。
罵声を浴びせられるかもしれない。
それは嫌だ、怖い。
でも、ずっと一人でいる未来を想像する方が恐ろしい。
日本でもボッチだったが、日本と異世界じゃ事情が違う。
一人だと生活できない。
水も食べ物も寝床も無いなんて死んでしまう。
死ぬのは困る。
せっかく異世界に来たのにハーレムを作る前に死ぬなんて。
童貞のまま死ぬなんて嫌だ!
俺は意を決して、畑から身を出し――、
「ゴ、ゴブ~!」
と声を出して思い出した。
今の俺はゴブリンだった。
この身体に慣れてきたことで、逆に自分の状況を忘れていた。
完全に自分が人間のつもりだった。
冷汗が噴き出る。
「「「!?」」」
完全に門番と目が合ってしまった。
突然の俺の登場で驚いている。
今更逃げられない。
死んだか? 俺。
い、いや、まだだ。
もしかしたら、この世界ではゴブリンが人として、人権を認められているかもしれない。
まだ諦めるには早い。
出来るだけ警戒されないように笑顔を作り、両手を振りながら、フレンドリーな雰囲気で接触を試みる。
「ゴブゴブ~」
「き、気持ち悪い色のゴブリンが出たぞ。脱走か?」
「いや首輪をしてない。野生だろう」
「こんな所まで野生のゴブリンが出てくるなんて珍しいな」
なんだか不穏な空気。
「どうする? 捕まえるか?」
「いや面倒だ、追い払うだけで良いだろう」
「そうだな。ほら、どっかいけ」
小石を投げてくる三人組。
「ゴブゴ――、チョ、イタイ、ヤメテヨッ!」
「うおぉっ!? しゃべったぞ!」
「きめぇ!!」
「やっぱり殺そう!!」
シャキンっと抜剣する三人組。
やばい、殺される!
死にたくない。
ぎゃぁぁぁあっと全力で逃走!
「「「待てーっ!」」」
待たねーよ!
死ぬわ!
来た道を辿り、畑の中を疾走。
「くそ、何処に行った!?」
「たぶんあっちだ!」
「出てこいキモリンッ!!」
俺の姿は見えていないようだ。
畑が目隠しになってくれている。
っていうかキモリンって誰だよ!
俺は聖なるゴブリンだ!
心の中で言い返しつつも懸命に走る。
まだ油断は出来ない。
心なしか、人間だった頃より走るのが早くなっている気がする。
身体が軽い。
三人組の声が徐々に遠くなっていく。
なんとか森まで逃げ込めた頃には、三人組の声は完全に聞こえなくなっていた。
後方を確認しても追跡されている様子はない。
助かった。
息を整え、落ち着いたところで改めてさっきの出来事を思い出す――、
俺って喋れたんだな。