1:俺氏、ゴブリンになる
俺の名前は大熊太郎。
ブサイクで童貞で下種でクズでデブという普通の日本人だった俺だが、30才を目前にして、神様に召喚された。
突如光に包まれ、気が付けば謎の白い部屋。
眼前には神様っぽい雰囲気の綺麗な女性。
オタクの俺はすぐに状況を飲み込んだ。
これは絶対に異世界召喚的なアレだ。
キタコレ!!
テンション急上昇!
異世界で美少女ハーレム!
ああ、素晴らしきかな異世界召喚。
思わず、嬉しさのあまり小躍りしそうになってしまう。
だが、必死にテンションを抑え、冷静を装う。
女神様に変な奴だと思われるわけにはいかない。
チートが貰えなくなったら困る。
ここで上手く立ち回って、俺tueeeの基盤を手に入れなくてはならないのだ。
どういう風に会話を進めるのが正解だろうか。
今までに読んだラノベやネット小説の知識を総動員する――。
などと考えていたら、女神様の方から口を開いた。
「初めまして、女神のヴィーナです」
「は、はじめまして」
若干キョドリ気味に答える俺。
美人との会話は緊張する。
だって童貞だもの。
「時間が無いので単刀直入に言いますね。」
そう言ってニッコリと微笑む女神様。
ふ、ふつくしひ……。
優しい眼差し。
長い睫毛。
銀の瞳。
白い肌。
腰まで届くプラチナブロンドの髪。
貫頭衣越しからも分かるスタイルの良さだ。
胸がデカい。
外見年齢は20才くらいかな。
思わず頭が真っ白になって口ごもってしまう。
だって童貞だもの。
「豚人種である貴方にはこれから異世界に渡ってもらいます」
……。
「オークさんでも異世界の言葉や文字が分かるようにしておくので、安心してください」
「……」
「そしてオークさんには――」
「……は、オークじゃ……」
「え?」
「俺はオークじゃねぇっ!!」
「お、落ち着いてくださいオークさん!」
「だからオークじゃねぇって言ってんだろうがっ!!」
思わずキレてしまった。
俺が急にキレたことに驚く女神様。
そして何かを確認するような視線を向けてくる。
おや、何かに気付いたようだ。
冷汗を流している。
やっと気づいたか?
そう、俺は人間だっ!!
確かに俺はふくよかだ。
俗にぽっちゃりさんとも言う。
英語で言うとファッティーだ。
だが、流石にオーク呼ばわりは酷い。
学生時代のトラウマが疼く。
俺は大熊太郎だ。
決してオーク・マタロウなどではない。
嫌な事を思い出してしまった。
テンションがガタ落ちだ。
鬱だ。
メランコリックだ。
俺の気分が落ち込んだのを察した女神様は、
「だ、大丈夫ですよ。どうせ貴方にはゴブリンになってもらうので何も問題ありません。天使や他の神達にバレる前にさっさと始めちゃいましょう、えい!」
そう早口にまくし立てた後、手から光の玉を飛ばしてきた。
ってなんだと!?
ゴブリンになる?
冗談じゃないぞ!
だが、運動不足の俺に回避は不可能。
「ひぃっ」とビビッて目をつむるのが関の山。
直後、光弾はポフっと顔面にヒット。
くっ……!!
……。
なんだ?
何も起きない?
恐る恐る目を開ける。
人間のままだ。
特に変化はない。
クソっ、驚かせやがって!
ちょっと漏らしたじゃねぇか!
そう思った瞬間、急激に身体が熱くなり始めた。
ドクン――。
「ぐっ、あぁぁぁぁぎゃぁぁああああ!!!」
全身を引き裂かれるような痛み。
バキ、ベキ、グシャ――。
人体から発しちゃいけないような音が出ている。
痛い、痛い痛い痛い痛い、イタイ――。
どれぐらい地面をのたうち回っていただろう。
こんなに痛い思いをするのは生まれて初めてだ。
体中をグチャグチャに潰される感覚。
――痛い、苦しい、辛い――、死ニタイ。
泣き叫び、声も涙も枯れ尽きたころ、ようやく痛みが治まってきた。
ぜぇぜぇと荒い呼吸を整えるが、まだ少し身体に違和感を感じる。
でも、さっきまでの激痛に比べれば断然マシだ。
気分も少し落ち着いてきた。
はぁ……はぁ……、ふぅ。
落ち着いてきたら、今度は腹が立ってきた。
いきなり召喚されて、挙句この仕打ち。
こんな理不尽があってたまるか。
一言文句を言ってやらねば。
クレーマー大国、日本出身の俺を舐めるなよ。
相手側の不手際を責めて、俺の利権を最大限に引き出してやる。
具体的には大量のチートを授けてもらう。
ぐふっ。
それに上手く言いくるめれば、おっぱいくらい揉ませてくれるかもしれない。
女の子のおっぱいを触ったことは無いが、女神様のはすごく柔らかそうだ。
布越しからでもその大きさが分かる。
ぐふふ。
――実に、ケシからン。
よし、まずは勝手に召喚した事から責め立ててやろう。
そう思って口を開く。
「ゴブゴブ――、ゴッ!?」
え?
なんだ?
今の俺の声?
「成功ですね」
「ゴブッ!?」
「ホーリーゴブリン、それが今の貴方です。よくお似合いですよ。ほら」
そう言いながら、どこからか取り出した鏡を俺に向けてくる。
なっ、これが俺だと!?
映っているのは醜悪な生き物だ。
醜い顔をしている。
歪に尖った耳。
不自然に大きな鼻。
死んだ魚のように濁った瞳。
顔中がシワだらけで、頭には毛が無い。
頭とのバランスが悪く、不格好に小さな身体。
力強さなど微塵も感じないガリガリの手足。
血の気を感じない不気味なほど白い肌。
そ、そんな……、これが、俺――。
「前よりも素敵ですよ(ニッコリ)」
「ゴブゴブッ!!」
ふざけんなっ!!
確かに俺は、キモいだの臭いだのと罵られてきた。
だが、流石に今よりは前の方がまともだった。……と思う。
「ホーリーゴブリンの最大の特徴はその下半身の聖槍です!」
俺は自分の下半身に目をやる。
さっきも鏡に映っていたが、あえて無視した逸物。
ゴブリンの身体にはアンバランスなほど巨大で凶悪なホーリーランス。
これが聖槍……。
聖なるオーラを放つ神々しき邪悪の権化とでも表現すべきか。
善意と悪意、愛と欲望、美と穢れの象徴。
これを見ていると、まるで自分が神か悪魔の化身にでもなった気分に――。
「汚いから早く隠してください!」
「ゴブっ!」
おいっ!
さっきから人がセンチな気分になっているのに、空気を読め!
そんな俺のツッコミなど微塵も気にせず、「えい」っと手を振る女神様。
すると、どこからか薄汚れた腰ミノが現れた。
魔法だ、すごい。
言いたいことは色々あるが、仕方がないから黙って身に着ける。
チクチクして痛い。
防御力は無さそうだ。
それにしても汚いから隠せって酷いな。
自分でこの姿にしたくせに横暴すぎる。
俺は解放状態でも一向に構わんというのに。
「さっきは言いそびれましたが、貴方にお願いしたいのは魔王の封印です!」
魔王?
封印?
いや無理だろ。
何言ってやがるこの女神。
ゴブリンだぞ、俺。
駆け出し冒険者Aにも負けるわ。
説明を続ける女神。
「美しき魔王候補である女性。その中に眠る魔王の魔力を、その聖槍で封印してください!」
「ゴブ?」
え?
なにそれ、どういうこと?
魔王候補って女?
美しきってことは美人?
そして、この聖槍を使って……。
ぐふっ。
それはつまり、そういうことか?
そういうことなのか!?
ぐふふっ。
みなぎってきたー!!
と、そのとき、
コンコン――。
とドアをノックする音。
「ヴィーナ様、少しよろしいでしょうか?」
女性の声。
「すすす、少しだけ待って頂戴っ!!」
明らかに狼狽えている女神。
そして、こちらに向き直り早口で喋りだす――。
「そ、それでは、うっかり間違えて召喚した貴方が誰かに見つかる前に、急いで安全かつ魔王封印に最適な場所に転移させます。聖槍の仕様書も一緒に送っておきますから、読んでおいて下さいね。それでは、頑張ってくださいオークさん。えい!」
「ゴブゥゥゥ――」
だから俺はオークじゃねーっ!!
と、再び光に包まれた。