妹③
「ま、待て!」
少女の手を掴みながら言う安木。
少女が安木の家に当然の如く向かって行くので、意味がわからず強引に呼び止めようとしたのだった。
少女の手を触ると、生物としての体温を感じないほど冷たい。
(いったいこの少女はどういう奴なんだ⁉︎)
ずっと考えていた疑問が頭をめぐる安木。
川上を生き返らせ、安木から異性を愛するという感情を奪う普通ではできない事を少女が行ったので、人間では無いだろうと想像していた。非現実的だが、そう考える方が普通だ。今回、少女の人間味のない手の温度を感じる事により、安木は改めて実感したのだった。
ただ、今は少女の正体を考える事よりも、もなんとかして少女が安木の家に向かうのを止めなければいけない。正体不明であれば、なおさらだ。
「……お、おい!」
少女は安木が手を握ったにもかかわらず、無言で気にせずドアに向かって行くので、声を出す安木。
普通なら、立ち止まって安木に話しかけたって言いにもかかわらずだ。
安木の呼びかけを意に介さず少女は、安木の家に向かって行く。まっすぐと。
(仕方がない。気が進まないが、力尽くで少女の歩みを止めよう)
安木は手に力を入れ自分の方に引っ張ろうとするがーー
「ーーくっ……」
安木は無言のままドアに向かって行く少女の動きを止められない。
それどころかーー
(な、なんていう力なんだ⁉︎)
少女の方が力が強く、ひきづられてしまう安木。
普通ならあり得ない。
か細い腕。スラリと伸びた細い足。どこにそこまで力があるのかと思ってしまう容姿なのだ。
「お、お前はいったい何なんだよ⁉︎」
思わず、声を声を上げてしまう安木。
これで少女に同じ質問をするのは二度目になるーー
一度目は、川上を助けてもらった後。
無表情で何も言わずに過ぎ去って行こうとする少女に、安木はすぐに尋ねる。
「お前は何者なんだ?」
と。
川上を助けてもらい代償として、安木は少女の下僕になっている。主人となる少女の素性を知りたい。
自分で川上を助けてもらうという、常識では不可能な事を成し遂げた少女。ごく普通の人間、という事は無いだろう。神か悪魔か、未知なる何かか……。
何者だとしても、正体を知らない事には始まらない。
少女は歩みを止める、安木の方へ振り向かず、
ーーいずれ話す……。
と、短く言う。
冷たい声。
再度質問する気持ちをまったく無くさせるほどにーー
身も心も、震え上がらせるほどにーー
再度訊く気持ちにまったくさせないほどにーー
安木は再度少女に向かって、質問をした。
前回訊いた時から時間が経ち、気持ちが落ち着き、少女の得体の知れ無い力や体温を感じ、再度訊けるほどの気持ちが戻ったのだった。
安木が少女を見ていると、少女はどこからともなく安木の家の鍵を出し、
ーー愛の女神。
と、言ったのだった。