変化
「ーーなんか……いつもと違う……」
学校からの帰り道、幼なじみである川上がリスの様な目をクリッとさせて言う。
「違う?」
安木は心当たりがないように聞き返す。
「……う、うん」
「どこが?」
「どこがって……、どこだってはっきりと表現し辛いんだけど……」
「じゃあ、変わってないんじゃないか」
川上が話題にしている『安木が変わった』という話題を打ち切ろうと、安木は言う。
もちろん、安木には川上が何を感じて『安木が変わった』と言っているのかはわからない。
ただ、昨日あった出来事によって起こった変化に話題が移ってしまうかもしれない。話しをたくないし、気付かれたくもない。
川上は普段、抜けている所が多いが、時々勘が鋭い。物心がついた時から一緒にいる幼なじみだ。ちょっとした変化に気づくかもしれない。
昨日、起こった変化ーー愛の女神の下僕になった事と、異性を愛するという感情を失った事。
昨日、入学式が終わった学校からの帰り道。川上は車に轢かれ、亡くなった。
安木は何とかしても生き返らせたいと望んだ。願った。
すると、神々しいまでの美しい少女が空から現れたのだった。
金色の美しい髪をなびかせて少女は安木に言う。
ーー代償を払えば、川上を助ける。
と。
安木はどんな代償を払ってでも川上を助けたい、と思った。
だから、金色の髪の少女に川上を生き返らせるよう願う。
結果、川上が車に轢かれる前まで時間が戻ったのだった。
すべて何事もなかった事のようにーー
安木以外、誰も事故が起こった事を覚えていない。
安木が払った代償以外はすべて変化はない。
もし、川上に昨日の事を話せばきっと悲しむだろう。
安木は川上が悲しむ姿を見たくて生き返らせたわけではない。
と、安木が考えているとーー
川上は安木の気持ちを知らず、質問を続ける。
「クラスでなんかあったの?」
「クラス?」
「だって、幼稚園から中学を卒業するまでクラスがずーっと一緒だったのに……、今回初めて別々のクラスになったじゃん。
だから、心配になっちゃって……」
「別に問題はないよ」
「……本当に?」
悪戯っぽく上目遣いで川上は言う。
「本当に何もないよ」
「……けど、」
「けど?」
「悪い虫が付いていないか不安で……」
川上は艶やかな長い髪の先ををいじりながら言う。
どうやら、安木に女友達ができていないか心配している様だ。
「悪い虫なんて付いていないよ」
「そう、それならいいんだけどーー」
川上は言葉を切ってタメを作った後、
「もし、悪い虫が付いていたらタダじゃおかないわ」
安木は苦笑いし、
「タダじゃおかないって、もし悪い虫が付いたら何をする気なんだ?」
「グーで殴る」
もしそんな事が起こったら許さない、と主張するかの様な上目遣いを安木にし、腹をグーでグリグリとしてくる川上。
ふざけてやっているから、痛くはない。
安木は後ろに一歩下がり、川上から距離を取る。
川上は拳から安木が離れ「あっ」と名残惜しそうにした後、モジモジとしだして俯き甘える様な表情に変え、
「ね、ねぇ、」
「んっ?」
「ね?」
川上は安木の学ランの第二ボタン辺りを軽く掴み、目を潤ませ上目遣いで言う。
頭をポンポンと軽く叩く様に、と催促する仕草だ。
「あ、ああ、」
安木はいつも通りに、川上の頭をポンポンと叩く。
「むぅ〜」
「なぜ不満そうな声をあげる?」
「いつもと違って叩き方が、雑になってる。もっと優しく、」
「いや、いつも通りにやってると思うぞ」
川上の指摘に、冷や汗をかきながら言う。
普通のトーンで言おうと思ったが、もしかしたら、うろたえた声になっていたかもしれない。
川上の指摘はもっともなのだ。
川上を生き返らせる代償によって、川上を異性として見れなくなってしまった。同性の幼なじみに接するのと同じ様な感じになってしまっている。
好きな女の子に対応する行動と、男の友人に対する行動。違いが出てきて当然だろう。
異性を愛するという感情を失った安木にとって、川上の頭をポンポンと軽く叩くのに抵抗がる。
想像してみて欲しい。男が男の頭をポンポンと軽く叩く仕草を。
特殊な性癖がなければ、気持ち悪いと思うはずだ。当然、安木には特殊な性癖はない。
確かに川上を女の子という性別であるという認識はある。が、それは身長が低い高い、痩せている太っているというものと同じ感覚の延長線上に、男女の性別があるといった認識だ。
「全然、違うぅ〜」
川上はほおを膨らませて言う。
異性として可愛い、と昔なら思ったのだろう。
今では代償によってそんな事を思わない。
今の安木にとって川上がほおを膨らませた行動は、子犬や子猫に対して可愛い、と思う様な感覚だった。