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水沢学園生徒会室の一年前にて

遅くなりました。

こんな小説でも読んでくださる方々、本当にありがとうございます。

一話のほうを加筆しました。適当で本当、ごめんなさい。

それと、かなり長いです。


「ーーーーーー以上で、生徒総会を終わります」


 黒須先輩の挨拶で生徒総会は終わり、同時に私達の怒涛の日々も終わりを告げた。



*********


 フラフラしながら生徒会室に戻ると、お疲れ様という声をかけられた。それを返しながら、ソファーに倒れこむと、座面に突っ伏した。


「終わったよおおおぉぉぉぉ」


 生徒総会が終わったことで、今まで蓄積されてきた疲労が一斉に襲いかかってきたかのようで、もう体が動かなかった。


「お疲れ様」


 そう言って紅茶を持ってきてくれたのは、灯だ。


「あかりんやさしー」

「や、やさしくないし!変なアダ名付けるなら、持ってくよ!」


 ごめんごめんと慌てて謝り、紅茶を受け取る。灯も自分の分の紅茶を持って、私の向かいに座った。

 紅茶に口をつけながら、辺りを見渡すと、全員揃っていた。皆、私より先に帰ってきていたらしい。


「燐が帰ってくる前に、片付け、終わっちゃったよ」

「え、うそ」


 見ると、資料やらなんやらで荒れに荒れていた丸テーブルの上が片付いていた。


「うわー、ごめん。もっと早く帰ってくればよかったね」 

「いいよ、ただ棚に戻しただけだし。また、皆越先生に人体模型、運ばさせられてたの?」

「うん、そう………」


 理科のハg、皆越は、事あるごとに私に人体模型を運ばせる。大して重くはないけれど、図体が大きいのが大変。そもそもあれを運ばせる意味がわからなくて、ひたすら迷惑している。


「気に入った生徒を見つけると、構いたい人なんだよ、あの人は」


 そう言って、橘先輩が自分の紅茶を持って、話に加わってきた。しっかり灯の隣に座るあたり、この人らしいと思う。まさか、灯が私と喋っていることに嫉妬して割り込んできたとかじゃないよね?


「お疲れ様です。橘先輩」

「お疲れ。坂部さん、今年は去年ほど追い込まれなかったね」

「まぁ、なんだかんだいって2回目ですからねー。経験があるのとないのでは、やっぱ違いますよ」

「そっか。あの時はギリギリまであたふたしていたからね。同じことにならなくてこっちもほっとしたよ」


 さらりと言ってきたけど、これ、嫌味かな?灯と喋ってたから嫌味言ってきたのかな?いや、そんなに心、狭くないはずだよね?橘先輩。


「あたふたさせたのは誰だ、って感じですけどね。こちらとしては」

「あははー。誰だろうー」


 いけしゃあしゃあと言う。奥の机でビクッと震えたあの人と一緒に、入学してすぐ生徒会に放り込まれた私に仕事を押し付けてきたというのに。

 まあ、それを指示したのは、にこにこと女神の微笑みを浮かべる女王様のような皐月さんだけど。


『申し訳ないけど、モタモタ教えてあげられるような時間はないのよねー。取り敢えず、数を重ねて無理矢理にでも身体で覚えてね』


 …………ええ、確かにあの地獄のような日々で仕事は覚えましたよ。そりゃもう、あの人のおかげたわ。


「もう、あれから1年経つんですねー」


 早かったような、長かったような。

 あの頃はまだ、ここが乙女ゲームの世界ということも知らなかったなぁ。知ったところで何ら変わったことは起きなかったけど。

 一年前のあの時のほうが、私の周りの環境を、入学前に予定していたものより、かなり変えてしまったと言えるだろう。



**********



〈1年前〉


 舞い散る桜。着慣れない制服。どことなく浮つく気持ち。

 こらからの高校生活にドキドキとワクワクでいっぱい!新しい友達できるかなー。

 ………………って、なるはずだったんですけどねー、私も。

 今の私は、硬すぎず柔らかすぎず肌触りもいいという三拍子揃ったソファーに、体をガッチガチに固めて座っていた。

 対照的に、向かいに座る顔の整った男は、ソファーに体をあずけ、なんとも優雅にお茶を飲んでいる。私の記憶が正しければこの男、入学式の時、生徒会長として挨拶していた人じゃないだろうか。

 室内にいるのは、私と彼と2人だけ。会長と2人っきりとか、ある意味ドッキドキだ。

 なぜこんなことになったのか。考えるまでもなく、目の前で黙々としかめっ面で紅茶を飲む男が原因だった。


**********



「お前が、坂部燐か?」


 入学式が終わり、お金持ちな空気を醸し出す皆々様の中で、ややアウェイ感を感じながらも、目立たず静かにやっていこうと密かに心に決めていた私に、ヤクザもかくやなしかめっ面で彼はそう言ってきた。瞬時に彼が生徒会長であると気づかなかったことから、その怖さがどれほどのものか。そのしかめっ面にビビることしかできず、黙っていると、彼は再度聞いてきた。


「違うのか?」

「え!?いや!そ、そうです!私が、坂部燐で……す……」


 どこぞの変なおじさんみたいな口調でそう言いながら、だんだん正直に答えたことに後悔し始めた。

 こ、これって、別人のふりした方がよかったんじゃない?なんか、悪い予感しかしないよ?


「そうか。なら、一緒に来てもらおうか」


 そう言って、腕を強く引かれ、ずるずる引きずるように連れてかれる。


「え、あの、どこに……」

「来ればわかる」


 今知りたいんじゃ、ボケ!なんて、心ン中で突っ込むものの、実際にそれをやる勇気はない。

 てか、入学してこんな風に連行されるようなことをやらかした記憶はないんだけど!せいぜい式の間にあくびしたくらいだ!あくびするのがそんなにいけない事だった!?

 遠巻きにこちらを眺める周りに助けを求める視線を送るけど、ことごとくそらされる。出会ってわずか数時間の人間を助けてくれるような人はいないらしい。

 万事休す。そんな万事なほどのこともしてないけれど。とにかくピンチ。

 私は、荷物よろしく引きずられてくしかなかった。



**********

 


 そうしてここ、生徒会室に連れ込まれた私は、生徒会長を前に座り込んでいるのだった。

 一度回想したことで落ち着いてきたのか、恐怖心は薄らいできた。代わりにやってきたのは、暇、というもの。

 美形男子の紅茶を飲む姿の鑑賞というのは、眼福だが、暇なことには変わりない。

 ここは一つ、会長様が手ずからいれてくださった紅茶を飲むことにしよう。すっかり冷めてしまったであろう紅茶に手をのばす。


ガッターン!!


 勢いよく開けられた扉に驚いて、肩がビクッとはねた。

 あっっっっぶなかった!今、ティーカップ持ってたら、確実に落としてた!こんな高そうなカップ割ることになるとか、恐ろしすぎるわ!

 最悪な事態は避けられたものの、こんな心臓に悪いことを経験させられることになった元凶を見てやろうとその扉の方に目を向ける。

 そこには、赤い髪でガラの悪そうなイケメン男子が立っていた。生徒会長も十分怖い顔をしてるけど、こちらの方は、ヤンキー的なガラの悪さがある。


「おー。ほんとに生徒会室に庶民がいる」


 その第一声にムカッときた。見た目があんなだけど、ここに通っているということは、きっと御子息な方なんだろうけど、1番初めに言うことがそれか?イケメンで金持っているからって何でも言っていい訳じゃないだろう。


「関道。口が悪いよ」


 ムカツク奴を関道と呼び、窘めながら続いて入ってきたのは、茶色い髪で穏やかな顔をした人。さらにその後ろから2人。脱色した髪の男子と黒髪短髪な男子だ。こちらの三方も負けず劣らず、イケメンだ。


「いや、この学校の生徒会に庶民を入れることに対して、驚いたもので」

「だからって、そんな印象が悪くなるようなこと言うものじゃないよ。これから一緒にやってくんだから」


 『生徒会に庶民をいれる』?『これから一緒にやってく』??

 どうも気にかかる言葉に、恐る恐る私は、話しかけた。


「あ、あのー………」

「あ、ごめんね、坂部さん。いきなりこんな所見せちゃって」


 どうやら、彼にも私の名前は知られているらしい。


「いや、それはいいんですけど、」

「ああ、自己紹介がまだだったね。俺は橘 春臣。副会長をやってる。こっちの金色の髪が会計の霧島で、黒髪の方が議長の黒須だ。で、そっちの失礼なのが君と同じ1年生で、書記の関道だよ」

「は、はぁ」


 手際よく紹介された霧島と呼ばれた男子は間延びした声でよろしく〜と、黒須と呼ばれた方は軽く頭を下げてきた。あの失礼な奴は同じ学年ということは、他の人たちは先輩ということになるのだろうか。


「あの、それで、一緒にやってくって、どういう意味ですか?」

「は?」


 橘先輩が、ぽかんとした表情で数度瞬きする。いや、ぽかんとしたいのは、こっちなんだけど。

 少しの間呆気にとられた顔をしていた橘先輩は、呆れたような顔に変わって、生徒会長を見た。


「白崎、お前、何やってたの?」

「……………お茶をしてた」


 会長様。それはちょっと違いません?お茶をするって、そこにお茶を飲みながら談笑したりするものでしょう?あなたの場合、ただお茶を飲んでいただけでは?

 私はそう思ったのだが、橘先輩が呆れたのはそこではないらしい。


「先に会って話しておくって言ってたのは、誰だよ………」


 仕方なさそうに溜息をつきながら、手に持っていたファイルから1枚のプリントを取り出すと、私の目の前のテーブルに置いた。


『生徒会書記任命書

1年A組 坂部 燐を生徒会書記に任命する』


 校長の印鑑も押されたプリントに書かれていた文字を読んで私は、とうとうぽかんとした。呆気にとられたのではなく、意味がわからなくてだ。


「そこに名前を書いてもらえるかな?」


 橘先輩が優しく言ってくるけれど、私は現状を把握しきれていなかった。


「わ、私を生徒会書記に?」

「そうだよ」

「私、1年生ですよ?」

「そうだね」

「それに、外部入学ですし」

「うん、知ってる」


 でも、もう決まっちゃったことだから。なんて、爽やかに言い放たれ、ようやく自分の置かれている状況を理解し、その状況に焦った。


「き、決まっちゃったって、私、聞いてもいないし、了承もしていませんよ!?第一、今日入学したばかりなのに、決まっているってどういうことですか!?」


 言い募る私に、橘先輩はうーんと苦笑いを寄こした。だから先に言っておいて欲しかったのになぁ、とかなんとか呟いているけれど、知ったこっちゃない。


「実はね、春休み中に理事長がお決めになったんだよ。なんでも、折角外部入学の奨学生がいるのだから、生徒会にいれて新しい風を吹かせたらどうかってね」


 一般庶民を金持ちの坊ちゃんの中にぶち込んだところで、新しい風なんか吹くわけないだろ!ビクビクして楽しい高校生活も遠ざかるわ!


「申し訳ないですけど、お断りします。私には荷が重すぎます」


 キッパリと言い切って、この場を去ろうと立ち上がる私だったが、橘先輩が残念だけど、と言いながら、プリントのある一点を指差す。


「理事長命令だから、拒否はできないよ」


 校長の上にある理事長の欄にある印鑑。小さなそれが、私の自由を奪った。


「これからよろしく。坂部さん」


 にっこり笑う橘先輩。ニヤニヤと様子を窺っていた関道。面白そうに見てくる霧島先輩。無表情に気の毒そうな色をのせた黒須先輩。そして、変わらずの睨みをきかせるこの部屋に連れてきた生徒会長。


 そんな中でどうしようもならない状況に、私は頭を抱えるしかなかった。


**********



 最悪な入学式の次の日。私は、どんよりとした表情で学校に向かった。ほんと、ドキドキワクワクな高校生活とは真逆だ。

 暗い気持ちで教室に入ったものの、クラスメイトの私に対する扱いにさらに暗くなることになった。

 どうも、昨日の拉致は、あっという間に広がっているらしく、私の机の周りにはまるで見えない壁でもあるかのように人が寄って来なかった。近寄ってこないくせに遠巻きからチラチラと見てくるそれに、より精神が削られた。

 ただでさえ奨学生である自分はクラスに溶け込みにくいだろうと予測していたのに、こうなってしまえば溶け込むなんて不可能だろう。

 陰鬱な深い溜息をつくと、机の前に誰かが立った。

 何かと思い、顔を上げると、美少女が立っていた。

 ゆるく巻かれた肩の長さの髪。前髪はオールバックで綺麗な額がさらされている。小振りな顔に大きなつり目がちな瞳、白い肌にピンクの唇と、猫を連想させるような美少女だ。


「坂部燐さん、ですわよね?」

「あ、はい………」


 またもや知られている私の名前。生徒会関係者なのかと、少し警戒する。


「少々、お時間よろしいかしら?」

「いや、あんましよろしくわ「よろしいですわよね?」

「………はい、よろしいです」


 有無を言わさぬもの言いに、頷くしかない。

 どうも昨日から、私の意見は許されないものとなっているようだ。人権侵害じゃない?

 半ば無理やり教室を連れだされたが、あの空気の中にいるのは辛かったので、意外とありがたかったかもしれない。

 連れて行かれた先は空き教室だった。


「お時間くださり、ありがとうございます」

「いや、別に………」


 無理やり連れて来られただけだしなー、とは思うだけにしておく。


「私は咲川 翔子と申します。以後お見知りおきを」

「あ、これはご丁寧に。坂部 燐です」 


 自己紹介され、自己紹介を返す。うん、意味ないとこはわかってる。

 しかし、こんなことをする為だけにわざわざ連れ出された訳じゃないはず。そう思って次の言葉を待つが、なかなかこない。

 おや、と思い、その顔をよく見ると、さっきまでの威勢の良さがなりを潜め、なんだかオドオドしているように見える。

 まるで勢いでやってしまったが、その後がノープランだった時のような。猫が高い木に登ったものの降りれなくなってしまったような。


「えっと、咲川さん?」

「しょ、少々お待ちになって」


 焦りながら、咲川さんは口を開けたり閉めたりするものの、そこから何も言葉はでてこない。散々逡巡した結果、その口から飛び出たのは、


「せ、関道 司と、あまり仲良くしないでくださいませ!」


 というものだった。


「関道 司?」

「そ、そうですわ!」


 関道、関道………。ああ、あの、失礼な奴か。あの赤髪が、たしかそんな名前だった気がする。


「咲川さんは、関道君のことが好きなn「ちちち違いますわ!」


 食い気味に否定された。


「か、彼は、一応、一応ですけども!わ、私の婚約者なんですの!それだけですわ!別に、司のことがすすすす好きとか、そんなわけではないですわ!けど、やはり、外聞が悪いでしょう!わ、私は、気にしませんよ!私は、気にしませんけど、周りが!私の両親も心配するというか!い、ち、お、う、婚約者なわけですから、その、やはり、他の女の子とは、仲良くしないほうがいいというか………つ、司がどこの女の子と仲良くしたところで私にとっては、どーでもいいですわ!別に、好きとかではないんですから!」


 はぁ、好きとかではないらしい。めちゃくちゃ動揺しているけれど、好きとかではないらしい。…………まぁ、何も言わないでおこう。

 彼女も落ち着くと、自分の言動に恥ずかしくなったのか、少し俯いて、ゴホンと空咳をしてみせた。


「それで、先程のお願いですけれど」

「ああ、関道君と仲良くするなってやつ?別にいいよ」

「よ、よろしいんですか!?」


 あっさり引き受けると、何故か驚かれた。


「そんな驚くことかな?」

「だ、だって、関道といえば、大手自動車メーカーを中心に成功している実業家ですわよ!確かに、私という婚約者はいますけれど、そんなのいくらでも解除できますし、彼に取り入ったりとか、思わないのですか?」

「思わないですね」


 関道といえば、日本に走る車の3台に1台はSEKIDO社のものと言われているほどの大手だ。そうかー。あの人って、あの関道の御曹司なのかー。

 しかし、いくら肩書がすごかろうと、あの第一印象でアウト。仲良くしようなど、毛頭ない。


「生徒会にいるから、もしかしたら多少は話すかもしれないけれど、必要以上に近付くつもりはないよ」

「そ、そうですか………」


 ようやく安心したのかほっと息を吐く咲川さん。

 よく考えたら、この学校の生徒会、男子ばっかだもんね。そこに女子が入り込めば、心配になってしまうのもわかる気がする。


「その、突然こんな話を始めてごめんなさい。今まで生徒会に女子生徒が入ったことなんてなかったから…………」

「安心して。咲川さんの関道君は、取らないよ」

「わ、私の司じゃありませんけど………。でも、ありがとうございます」


 少しおどけて言ってみると、たちまち咲川さんは真っ赤になってしまった。その表情がなんとも可愛らしい。なんでこの子、関道なんて奴のことが好きなんだろう?

 そんなことを考えていたら、私の口が勝手にこんなこと言っていた。


「代わりといってはなんだけど。

咲川さん。私と、友達になってくれない?」



**********



 どうも無意識に言ってしまい、内心焦ったけれど、咲川さんは恥ずかしがりながらも了承してくれた。

 友達になったんだから、燐って名前で読んでよ、と言ったら、やっぱり顔を赤らめながら燐ちゃんと読んでくれた。そんな様子も可愛いなーなんて、思っていると、彼女も自分のことを翔子と呼ぶように言ってきた。

 嬉しくなって、私も翔子と呼ぶととっても愛らしい笑顔をくれた。私は幸せ者かもしれない。



**********



 そんなこんなで、午前の授業を終え、昼食の時間となった。

 翔子仲良くお弁当を食べようという私の思惑は、あの関道によって、邪魔された。翔子が奴に呼び出されたからだ。

 文句の1つでも言いたくなったが、翔子がさり気なく嬉しそうにするから、何も言えなかった。

 そして私は、折角友達ができたというのに、1人寂しく空き教室で弁当を食べることになった。

 黙々と今朝自分で作ったお弁当を食べていると、突然教室のドアが開けられ、


「ねぇ、貴方が、坂部さん?」


 敵意丸出しな美少女がどこかデジャヴを感じるセリフと共に顔をのぞかせた。ショートカットの小柄な女の子だ。


「そうだけど、そっちは?」

「ふん。貴方のような人に名乗るような名前はないわよ」


 おおぅ、なんだか典型的な悪役のようなセリフ吐かれたのは初めてだ。

 悪役風美少女、ぶってるけど正直垂れ目なせいか、チワワが威嚇しているようにしか見えない。

 そんなチワワ風美少女は私の前に立つと腕組みして睨みつけてきた。昼食中だった私は椅子に座っているから、丁度見下されるような感じだ。


「率直に言うけど、はる、橘副生徒会長に必要以上に近づかないで」


 また少しデジャヴ。(きっと、作者のネタの少なさのせいだ。)

 悪役っていうか、修羅場か?私は、ここでか弱い天然少女をやった方がいいのか?…………駄目だ。気持ち悪いものになる。


「近づかないでって、生徒会を辞めればいいってこと?」


 それなら大歓迎だ。


「そうとは言わないけど……」


 おや?違うんか。てっきり、辞めにくるように言いに来たのかと思ったんだけど。


「だって、貴方の生徒会入りなんて、不自然なとこばっかなんだから、どうせ理事長とかそのあたりが関係してんでしょ?そんなの、私や貴方がどうこうできるものじゃないでしょ」


 ………………お、おおぅ…。典型的悪役とか勝手に思ってたけど、案外しっかりしている娘らしい。ちょっと馬鹿にしてたよ、ごめん。


「で、どうなの?近づかないって約束してくれる?」

「うん、わかったよ」

「え?」

「ん?」

「ほ、ほんとに?」

「うん、ほんとに」

「だって、貴方、生徒会役員で男あさりするつもりなんじゃないの?」

「は?」

「いやだって、高本さんが噂で聞いたって」

「う、噂!?」


 ちょっと待て。私が生徒会に入ったのは昨日だよ!?なんで昨日の今日で噂とか広まってるわけ!?これが女子校生特有の情報網ってやつ!?怖すぎる!


「そ、それってどれくらい広まってる感じ…………?」

「えと、うちのクラスの女子は、ほとんど知ってたけど………」


 おぅ…………。女子校生怖い………。

 四つん這いになって落ち込んでいると、美少女がオロオロとしだした。

 心配かけちゃ悪いと思い、立ち上がろうとすると、ふいに頭を撫でられた。


「えっと……?」

「は、春くんも、私が落ち込んでいるとき、こうしてくれるから………」


 つまり、慰めてくれていると。そっとその顔を伺うと、真っ赤にしながら気恥ずかしそうな表情をしていた。

 なにこれ、可愛い。と、私の中で理性のタガのようなものが外れた。その衝動のままに、目の前の美少女に襲い掛かる。


「っかっわいい!!!」


 ぎゅう、と力いっぱい抱きしめる。腕の中の彼女は焦ってもがいているけど、気にしない。


「ちょ、ちょっと!何すんの!」

「いや、だって、落ち込んで頭撫でてくれるとか可愛すぎる!なにこの一家に一個欲しい可愛さ!」

「意味わかんないし!私はただ春くんの真似しただけで」

「春くん?ああ、橘先輩のこと?もしかして、好きだったりとか?」

「っ、な、なんでわかっ!」

「やっぱりー!もう、顔真っ赤にさせちゃって、かーわーいーいーー!」

「ううううるさいし!ていうか、はなしてよ!」

「えー。あ、じゃあ、名前教えてくれたらはーなーすー」

「な、なんであんたなんかに教えなきゃいけないの!」

「嫌なら、このままだよー」

「何言って、って、ちょっと、なにして!」


 壊れた私と焦り怒る美少女との攻防戦は、少しの間続き、最終的に彼女の名前、松本 灯を聞き出して、決着がついた。


「っ、さっきの約束、ちゃんと守ってよね!」

「あー、はいはい。でも、好きな男子の近くいる女子は私だけとか、乙女だねー」

「誰もそんなこと言ってないでしょ!もし、ベタベタするだけで大してしごともしないような女だったら春くんに迷惑がかかると思ただけ!」

「なるほどねー。好きな人のために自分が悪役になろうとか、健気ー」

「け、健気とか、そんなんじゃないもん………」


 少しすねたような顔が可愛いとか思っていたら、何かを感じたのか、灯が後ずさる。そんな警戒しなくとも、なんて、この私が言えないか。


「と、とにかく!約束は約束だから!」

「はいはい。じゃあね、灯」

「だ、誰も呼び捨てで呼んでいいなんて言ってないんだけど!」

「駄目なの?」

「っ、知らない!」


 そう言って、灯は教室を飛び出して行った。



**********



 お昼を終え、戻ってきた午後の授業もつつがなく終わった。


「きりーつ、れい」


 挨拶を終えて、さあ帰ろうと思っていたら、坂部、と誰かに呼ばれた。

 顔を向けると、私を呼んでいたのは、さっきまで授業を教えていた中肉中背、おでこが広めな理科教師だった。

 近づくと、何故か教壇の上に置いてあった人体模型を理科倉庫まで運ばされるように言われた。

 ふざけんな。理科室においときゃいいだろ。理科倉庫、無駄に遠いんだよ。つか、なんでこんなとこに人体模型なんぞあるんだよ。授業で一切使ってなかったんじゃんか。なんて、言うわけにもいかず、ピアノ教室があるから早く帰らなくてはいけない翔子に別れを告げて、人体模型を運ぶことにした。



**********



 理科倉庫とは、その名の通り、理科教材らやなんやらが置いてある倉庫だ。なんてことない、普通の倉庫だ。

 両手で人体模型を抱えているので、苦労して横開きのドアを開ける。


「よっと」


 ちょっと足を使いながら開けると、その向こうにいた匍匐前進で棚の下に潜りこもうとする美女と目があった。


「……………」

「……………」


 人体模型を持つ私と、匍匐前進をする美女。なんてシュール!


「…………えっと、変なとこ見せてごめんね?」


 恥ずかしげな美女の苦笑にドキっと心臓がはねた。匍匐前進の状態でも、美女の笑みは麗しいものらしい。


「ちょっと今、取り込んでてさー」

「はぁ…………」


 あれ?もしかして、厄介事に遭遇しちゃったような感じ?なんだか嫌な予感がするぞ?

 そして、嫌な予感というものは、的中するもんでして。

 

「ぶっちゃけピンチだから、できれば助けてほしいんだ。だから、よろしく!」

「は?」


 そう言うなり、美女はシュッ!と棚の下に潜った。

 すご!何今の。超速かったんだけど!あの、あれ!ラーメンの麺を啜る感じ!あんな感じで引っ込んだよ!例えが悪いな!

 心ん中で関心していると、遠くから足音が聞こえてきた。と思ったら、ガラッと倉庫のドアが開く。


「………………」

「………………」

 ドアを開けたのは、なかなかイケメンだがチャラそうな男子生徒。

 どっかで見たことあるような。相手もそんなような顔をしているような?


「…………ああ!坂部ちゃんか!」

「…………あ、生徒会役員の」


 そういえば、昨日、あの部屋にいた一人だ。名前忘れたけど。

 副生徒会長がほとんど説明してたから、あんまし印象に残ってなかった。名前忘れたし。


「会計の霧島奏だよ。坂部燐ちゃん」


 私の『貴方の名前、わからないですオーラ』が届いたらしく、名前を教えてくれたが、わざわざこちらの名前もフルネームで呼んでくるのは嫌味か?


「ところで、坂部ちゃん。ここに誰かいなかった?」

「誰、とは?」

「髪の毛が長い美人な女子なんだけど」


 十中八九、あの美女だな、と思う。

 だけど。


「見てませんね。私もちょうど今、来たところですし」


 しれっと嘘をついた。

 いやだって、さっき頼まれちゃったし。美人さんのお願いは、断れない。


「ふーん、そっかー」

「はい」


 そう言っているのに、霧島奏はジロジロとこちらを見てくる。

 居心地悪くなって目をそらしたら負けだと思い、その目を見返すと、目が乾きそうになった。目がー、目がー。

 ようやく霧島奏も納得したのか、にっこり笑うと、ありがと、と言って、倉庫を出て行った。

 それを見送りながら、乾ききった眼球を潤そうと瞬きをする。あぁ、目が。


「ありがとう、協力してくれて」


 後ろから声をかけられて振り返ると、美女が棚の下から這い出ていて、床に座り込んでいた。

 よく見ると、彼女は学校の制服を身につけていて、この学校の生徒だということがわかった。

 同級生ではないと思うけど、たった2、3歳違うだけでこんなにも発育が違うものかと思う。特にその胸部が。神様は不公平なんだろう。


「気にしないでください。美人のお願いは聞くのが常識ですから」


 ちょっとキザっぽく言って笑ってみせたのに、美女は苦笑しながらその目線は私の胸元に。

 その視線の先を見ると、さっきから抱きかかえていた人体模型が。これじゃあ、キマるものもキマらない。

 取り敢えず、近くの棚に置くことにした。


「君が坂部燐ちゃんだったのねー」


 これ、昨日、今日でどれだけ言われただろう……。こっそりと溜息をついて、美女に振り返る。


「そうですけど。美人さんも牽制ですか?私は、生徒会役員に手を出すつもりはありませんよ?」


 美女は一瞬ポカンとした表情を浮かべると、次の瞬間には大笑いしだした。


「ちょっ!?お姉さん!?」


 霧島奏戻ってきますよ!?時間は経ってるけど、もし近くにいたら即バレな音量で笑うので、焦る。


「あはは。牽制かー。それ、誰にされたの?」

「あー、咲川さんと松本さんですけど……」


 そう言うと、なるほどねー、と美女は得心がいったように頷いている。


「私は、別に牽制なんてしないわよ?ただ奏から燐ちゃんの名前を聞いてたから気になってただけ」

「あ、そうなんですか……」


 どうやら私は早とちりをしたらしい。少し恥ずかしくなる。


「そういえば、お姉さん、なんで霧島、君に追いかけられていたんですか?」


 霧島奏を呼び捨てにする度胸はなかったので、仕方なく君付けにしてみるけど、どうも違和感があるなぁ。


「もしかして、ストーカー、とか?」

「んー…………。近いけど、違うわねー」


 近いって何?逆に怖いんだけど。


「私と奏は、恋人同士よ」


 全く近くないじゃんかYO!思わず頭の中に謎のラッパーを出現させてしまったので、強引に撤退させる。


「なんで恋人から逃げてたんですか?」

「諸事情?あ、別にDVとかじゃないわよ?」


 浮かびそうになった嫌な予想は、その前に叩き落とされた。

 だったらなんでだ?……………うん、諸事情なんだろうな…………。

 さて、と呟きながら、美女は立ち上がる。


「もう近くにいないと思うから、行くねー」


 ばいばい、と言って、彼女は出て行った。

 彼女と済会し、彼女が竹野内 胡桃だと名乗るのは、もう少し後のこと。



**********



 人体模型を運び、美女の事情(?)に巻き込まれ、さあさっさと帰ろうと、廊下を歩いているいたら、何やら不遜な声が聞こえてきた。

 反射的に声の方を向いてしまうと、3人の女子が集まっているのがみえた。どうも、1人の女子2人で囲んでいるように見える。

 これは………多分………きっと………いじめだよなぁ。つい見つけちゃったけど、正直関わりたくない………。

 だけど、このまま見なかった振りをするのもそれもそれで後味が悪い。今日の夕飯は好物のミートスパゲッティだし、できれば美味しく食べたい。

 ということで、できるだけ静かに近づいていく。あと少しというところで、片方の女の子が手を振り上げた。構え方が平手打ちのそれだったので慌てて後ろからその手を掴む。

驚いた顔で彼女は振り返り、その手を掴むのが見知らぬ私で一瞬ポカンとした表情を浮かべたけれど、次の瞬間には、ギッと睨みつけてきた。


「ちょっと!何するのよ!」


 制服から察するに、彼女たちは中等部の生徒だ。ちなみに、中等部の制服はセーラー服で、高等部は同じ配色のブレザータイプだ。中等部の生徒がなんでこんなとこ(高等部の校舎)にいるのかわからないけど、取り敢えず、先輩には敬語使おうか。


「何って、殴ろうとしている人がいたら、そりゃ止めるでしょ?」


 できるだけ優しそうに微笑むと、少女は怯えたような表情をした。なんでよ。優しく微笑んでんじゃん。


「あ、貴方には関係ないでしょう!」

「関係ないかもしれないけど、人が殴られるのを見過ごす訳にはいかないでしょう?」


 それに、まんざら関係ないわけでもない。私のミートスパゲッティがかかっている。うちのソースはお母さん考案の特製ソースなのだし。そこは関係ないけれど。


「し、仕方ないでしょう!だって、李桜(りおう)君がやれって!」

「りおうくん?」

 

「こ、この子は李桜君の言うこと聞かないから………だから!」


 どうも、李桜君とやらが、大将らしい。で、彼に逆らった子は村八分的な。小学生のガキ大将かよと思うけれど、どうせその李桜君の家はなかなか地位高いお家なんだろうなぁ。逆らうのは難しいのだろう。この学校ならではの面倒くささだ。


「でも、それ、君は納得してないんでしょう?」

「っ!」


 さっきからわずかに震える手。それが、怒りからじゃないのは、少女の表情からわかった。


星菜(せいな)、もうやめようよ」


 と、囲んでいたもう一人の少女が、腕を掴まれている少女、星菜ちゃんの肩に手を置いて、口を開いた。


「な、ゆい!そんなの!」

「星菜だって最初は李桜君に対抗していたでしょ?でも、私がいじめられらるようになったから、星菜も李桜君に従うようになっちゃった。でも、そんなの星菜じゃないよ」

「ゆ、ゆい」


 戸惑ったような様子で星菜ちゃんの腕から力が抜けたので、その手を話してあげると、その腕をゆいちゃんがギュッと握った。


「もう、こんなことするのは、嫌だよ」


 そう言って手を離してから、ゆいちゃんはいじめていた女の子に向けて頭を下げた。


「ごめんなさい、ロレンスさん」


 私も初めていじめていた女の子を見て、驚いた。

 そこには天使がいた。

 いや、まぁ、そんなファンタジックな存在ではないと思うけど、金髪碧眼に、明らかに日本人ではない造形は、天使としか言いようがなかった。


「ゆい、ちゃん。星菜、ちゃん」


 天使が喋ったことで、ハッとする。今、こんなことを考えているような状況じゃなかった。理性で煩悩を押し込み、引き続き3人の様子を見守る。

 天使な少女は、2人ににっこりと笑いかけた。


「いいよ。許してあげる」


 こうして、1つのいじめ問題は解決された。


**********


 無事仲直りを果たすことができた2人は、何故かロレンスちゃんを残して帰って行った。


「えーと、ロレンスちゃんは、帰んないの?」


 1人残ったことが謎で聞いてみた。


「わたしは、人を、待って、いるから」


 さっき見せた頬笑みを引っ込ませて、壁に背中を預けて床を見つめる彼女は、無表情で答える。囲まれているときも無表情だったけれど、この子、無表情になると感情が分からなくなる子だなぁ。


「そう、なんだ」

「うん……」


 なんとなく無言になってしまい、気まずい空気が流れる。いや、私が立ち去ればいいんだけどね?なんとなくタイミングを逃したような。

 帰れないついでに、なんとなく気になったことを聞いてみた。


「ロレンスちゃんは、なんで、2人を許すことにしたの?」

「…………」

「いや、深い意味はないんだけどね」


 少し驚いたように目を見開いてロレンスちゃんは、こちらを見た。

 やっぱ不仕付けだったかなと思って謝ろうとしたけれど、その前に彼女が答えた。


「別に、いじめようと、いじめられようと、わたしは、気にしないから」


 私から目線をはずしてまた同じように床を見つめている。きっと、私がここにいることも、気にしないんだろうな、と、漠然と思った。こんな風な子を、私は見たことがあったから。でも。


「そっか。でも、予想でしかないけど、あの2人はこれからロレンスちゃんのことを気にしてくれるようになると思うよ」


 でも、それが悲しいことだとも私は知っていた。


「気にしてもらえることは幸せなことで、それを返すことも、大切なことなんだ」

「そんなの、わたしに、関係ない。気に、してくるのは、向こうの勝手」

「そうだね。だけど、ロレンスちゃんも気にしてもらえることが幸せだと思うようになるよ。絶対」


 今度は胡散臭げな表情で、彼女は私を見る。


「別に、2人に、気にされなくても、もう、いるから、いい」


 もう自分を気にかけてくれる人がいるからいいってことなのか。ますます似ていた。あの子には届かなかった言葉。その大きな瞳を見つめながら微笑む。


「それ以上を知れば、それだけじゃ満足できなくなるものなんだよ?」


 得意げな私の様子に、ロレンスちゃんは目を見開くと、気まずそうに目をそらした。


「ロレンスちゃんが幸せを感じるようになったら、返してあげようね?」


 そう言うと、彼女は戸惑いながらもコクンと頷いた。

 彼女には、あの子のようになってほしくない。この子なら、あの子に分からなかったことを分かってくれるだろう。何故かそう確信できた。


「ところで、ロレンスちゃんの待っている人は、いつ来るの?」

「そろそろ、来ると思う、んだけど」


 すると、後ろから大きな影が降ってきた。驚いて、振り返るとひどく長身で体つきがしっかりとした男子生徒が立っていた。


「篤斗」

「エリミア、待たせた」


 先にロレンスちゃんに声をかけてから初めて私へと目を向けた彼は、私を見て驚いたようにその鋭い目を丸くさせた。


「お前、坂部 燐」

「こんにちは、黒須先輩」


 昨日顔を合わせただけの議長の黒須先輩だった。

 驚いたものの、なんとなく納得してしまい、それほど動揺はしなかった。


「ロレンスちゃんの待ってた人って、黒須先輩だったんですね」

「…………あぁ」


 私の前を通り過ぎて黒須先輩はロレンスちゃんを抱き上げた。


「エリミアと一緒にいてくれたんだな。ありがとう」

「いえ、お礼を言われるようなことは……」

「燐」


 黒須先輩に抱えられたロレンスちゃんが、突然私の名前を呼び、驚く。


「な、なに?ロレンスちゃん」

「わたし、エミリア・ロレンス」

「あ、うん。私は、坂部 燐」


 何故か始まった自己紹介に、戸惑いながら応えると、その対応が正しかったのか、ロレンスちゃんは輝くような微笑みを見せてくれた。


「エル、でいい。バイバイ、燐」


 それだけ言って、2人は去っていった。呆気にとられた私は手を振ることしかできなかった。

 なんだかよくわからず立ち尽くしていると、後ろからクスクスと小さな笑い声が聞こえた。

 振り返ってみると、そこにはまたもや美人なお姉さんがいた。ちょっと系統が違うけど。さっきのお姉さんは大人の魅力溢れるような美人さんだったけど、こっちは大和撫子といったような和風美人だ。

 しかし、美人さんといえど、笑われている理由がわからない。てか、いつからそこにいたのか。


「ふふ。驚かせてごめんなさい。なんだか可愛らしかったから」

「はぁ」


 曖昧な返事しかできない私に、美人さんは微笑む。


「初めまして、坂部さん。今日一日あなたを観察させてもらった新島 皐月です」


 自己紹介とともに、とんでもない事実を暴露された。ここではとことん私のプライバシーは守られないらしい。


「観察って、いつから……」

「朝、あなたが学校に入ってからかしら?校内中の監視カメラを使えば造作もないことよ」


 得意げにドヤ顔を浮かべる新島皐月さん。誰も褒めてないんだけど。


「ごめんなさいね。生徒会関係で仕方ないことなのよ」

「あぁ……なるほど」


 生徒会関係なら仕方ない。そう思うようになってしまったのも、今日一日でこの学校に大分感化させられてしまったらしい。


「で、私を観察して、何がどうなったんですか?」

「え?特にどうともなってないわよ」


 何言ってんの、この子、みたいな目で言われた。んじゃ、何のための観察だったんだYO。また、脳内に謎のラッパーを登場させてしまった。


「よっぽど大変な問題起こすとかじゃない限り貴方が生徒会役員から降りられるなんてことはないからねー。1日見て、これといった問題は起きてないし、現状は変わってないわ」

「そーですか………」


 うまい具合に辞退できないかなとか期待してみたけれど、無理そうだ。その大変な問題でも起こせばよかったのかもしれないけど、これから一生徒としても過ごしていくこの学校でそれをするのは、リスクが大きい。


「まぁ、一部の女子が貴女の生徒会入りに反対して凶暴化しそうな気がしないでもないけど、許容範囲だわ」

「!!!?」


 凶暴化ってなんだ!?その口振りからすると、被害を被りそうなの、私なんだけど!?


「あの、やっぱり、私、役員は辞t「これからよろしくね、坂部 燐ちゃん」


 私の意見を華麗にスルーした皐月さんの笑みは、とても美しかった。



**********



 それから皐月さんに有無を言わさず生徒会室に連れてかれ、生徒総会の仕事を押し付けられ、悲鳴をあげたり、翔子から話を聞いた関道が私と喧嘩仲になったり、同じく灯から話を聞いた橘先輩が笑ってない目で謝ってきたり、嘘をついたことがバレ、攻めてくる霧島から面白がっている胡桃さんに庇ってもらったり、エルがあの2人と友達になれたと恥ずかしそうに報告を受けたり、なんやかんやで彼女たちとものすごく仲良くなったり、なんとも濃い1年を過ごすことになった。

 でも。


 

**********


「った!」


 背後から頭を叩かれ、我に返る。振り返るとまるめた紙を持つ関道が立っていた。


「……なに変な顔で笑ってんだよ気持ち悪い」

「だからっていきなり叩くことはないじゃん………」


 こいつもこいつで、彼女以外に優しくすることがない。その彼女には素直になれないけれど。


「てか、私、笑ってた?」

「無自覚かよ……。余計キモ、っだ!」


 がん、と大きな音がして関道がうずくまると、その後ろから、彼が唯一優しくする愛らしい彼女が片手におぼんを持って立っていた。


「あら、ごめんなさい、司。手が滑ってしまいましたわ」

「………翔子………。お前、どういうつもりだ………」

「だから、手が滑ってしまったのですわ」


 ツンと、顔を背ける翔子に関道がくってかかる。

 私はというと、始まった夫婦喧嘩をぼんやり眺めていた。いや、だって、すっかり蚊帳の外だし。

  すると、私の膝の上に小さい何かがのった。エルだ。


「燐、にこにこ、だよ。なんで?」


 やはり笑ってたらしい。関道に言われたからじゃないけれど、相当気持ち悪いじゃないか、自分。


「なんでもないよ。ちょっと、去年のこと、思い出してただけ」

「ふーん………」


 よくわからないといった表情でエルは首を傾げるけど、すぐににこっと笑う。あ、これ、考えることを放棄した顔だ。考えなきゃいけないな内容でもないから、まぁ、いいか。


「燐、レストラン行こう」

「は?」


 突然のお誘いに怪訝な声が出てしまった。と、背後からの重圧。膝の上にいるエルはつぶさなかったけど、カエルが潰れたような声がでてしまった。


「総会も終わったことだし、皆で一杯やろうって話になってねー」

「そーなんですかー。中年じゃないんだからアルコールは無理でしょうねー。で、胡桃さんは、何故、私を潰そうとしているんですか?」

「んー、もしかしたら、潰していないと逃げちゃうかもしれないからかなぁー?」

「は?」


 意味がわからないでいる私の顔を、いつの間にか喧嘩を終えていた翔子が満面の笑みで覗き込んだ。


「我が家が贔屓にしているレストラン、予約しましたの」

「………え?」


 顔から一気に血の気が引く。翔子の家の御用達なんて、高級レストラン以外あり得ないわけで。


「わ、私、今日用事あるんだー。さっさと帰らないとー」


 ソファから立ち上がろうともがくけれど、後ろから胡桃さんに押さえつけられ、前からはエルに抱きつかれてしまっている。


「用事なんてないでしょう?だって、今日、皆で放課後にカフェ行く約束してたもんねー、燐?」

「あ、灯………」


 そういえば、頑張ったご褒美にお茶でもしようかと話していたっけ。


「カフェがレストランになっただけでしょう?それとも、燐は約束破るの?」

「…………」


 策士だ。可愛い顔して、この子策士だ。いや、私がチョロイのか?

 私だって、皆とわいわい楽しく食事したいさ。食べたいさ、美味しい高級料理。

 でもさ、でもさー!


「代金は出世払いじゃないか―!」


 ここにいる皆さんは、社会勉強も兼ねてお家のお仕事の手伝いをしているらしく、皆々様方、なかなかの財産をお持ちなのだ。ええ、それは皆さんが稼いだお金ですから?私だって文句は言いませんよ。

 だがしかし!私はどうなる!?勉強と生徒会の仕事とがあり、バイトなんて出来ていない私には、雀の涙ほどのお小遣いししかない。手持ちには、高級料理に払えるほどの金額なんてなかった。


「あはははははははは!」

「あははははって、笑いごとじゃないんです、胡桃さん!これ以上借金増やしたくないんですよーーー!!」


 そう、今日みたいに無理やり連れて行かれるのは、既に2、3度経験していた。その度に増える私的借金。まじめな私は平気な顔して借金など作れない。


「だから、いつも会長に奢ってもらえばって言ってるのに」

「だからなんで、そこで会長がでてくるんですかね、皐月さん……」


 その当本人に借金しているというのに。そう、今まで、食事の度に私の代わりに会長がその代金を払ってくれていた。


「俺は別に構わないんだけどな」


 仕事を終えたのか、鞄を持って会長がやってきた。私の状況を面白そうに見下ろさないでほしい。


「ただでさえ申し訳なさで潰れそうになっているんですから、これ以上心労をかけないでください!」

「………だそうだ」

「あらあら」


 皐月さんが気の毒にとか言いながら、ため息ついているけど、どう考えても気の毒なの私だよね?

 と、不意に前と後ろの胡桃さんとエルが離れた。それぞれの彼氏に回収されたのだろう。しめた、と思い、立ち上がろうとした私を包む浮遊感。


「あれ?」


 腹部に感じる圧迫感。普段より高い視界。やや下方にいる、霧島に抱きつかれた胡桃さんがにっこり笑って言う。


「それじゃあ、会長、レストランまで燐、よろしく!」


 かかかかかかか、会長おおおぉぉぉぉぉぉ!?!?

 あっさりと私を俵担ぎして見せた会長は、あぁ、と、なんてことないような返事をしている。


「ちょ、会長!おろしてくださいよ!」

「暴れると落ちるぞ」

「会長がおろしてくれれば落ちることはありませんって!」

「安心しろ。おもくない」

「そ!そこは気にしてましたけど、今はそこは問題じゃない――!!」


 そうして私は泣きそうになりながら生徒会室から連れ出され、高級レストランで徹夜することになった。



**********



 でも、こんな生徒会にいることが楽しすぎて、あの時、役員になったのは間違いではなかったんだと思う。そんな私は、きっとこの学校の思うつぼにはまっているのだろう。

 



必要ないかもしれませんが、補足です。

燐が生徒会室に呼ばれたあれは、ゲームではプロローグにあたるところでした。しかし、燐本人に役員に対する興味があまりなく、また、彼ら自身もそれぞれの過去があるために、何事もなく終わりました。

その後にライバルキャラであるはずの彼女たちが次々出てきたのもゲーム補正が少しかかっていたからでした。でも、彼女たちにもいろいろあるので、完全に同じにはならず、あんな感じに。

以上、いらない補足でした。

これからも変わらない亀更新ですが、楽しんで行っていただけたなら、幸いです。


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