生徒総会準備の生徒会室にて
まだ4月です。
ある日の放課後。人気の無い廊下に、窓から夕焼けが差し込み、辺りが赤く染まる。
それは、そこに佇む2人も染め上げているが、彼女の頬を染め上げるのは、夕焼けのせいではないようだ。
その光景は、まるで少女漫画のワンシーンのようで、とても絵になっていた。
と、片側の少女が両手をギュッと握り、覚悟を決めたように一度、唇を真一文字に引き締めると、あの、と口を開いた。
「わ、私、……ずっと前から、好きでしたっ」
懇願するように告白する彼女。
それを受けた彼の表情は、伺えない。
少しの間があき、彼が口を開く。
「――――――――――ごめん」
**********
どうしようもなく、そこに立ちすくしていると、
「燐ちゃん?何してるの?」
突然話しかけられ、驚いて「わひゃ!」と変な悲鳴をあげてしまった。
「さ、皐月さん!」
「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったのだけど」
「い、いえ!皐月さんが悪い訳じゃなくて――」
「誰だ?」
案の定、声を聞きつけた会長が近づいてきた気配がする。何か言い訳を考えないと!とあたふたしているうちに、会長は角を曲がって来てしまった。先程の女の子が一緒にいないことがまだ救いだ。先に帰ったらしい。
「………お前、いつからここ――――」
「あー、会長、偶然ですねー。では、私は用事があるので!」
会長に皆まで言わせず、状況を把握しきれてないような皐月さんの手を引いてその場を離れようとしたが、逆の手が捕まったことで失敗に終わった。
「今のやつ、聞いていた……のか?」
「…………………」
しらを切るにもわざとらしくなりそうで黙ってしまうと、肯定を受け取られてしまったらしい。
なんだか落ち込み始めてしまったので、慌てて謝る。
「す、すみません。偶然……」
「いや…………気にしていない」
気にしていないというわりに、落ち込みまくってる。
どうしたらいいのかと焦っていると、くいっと腕を引っ張られた。皐月さんだ。
「燐ちゃん、何があったの?」
「えーっと………」
言ってもいいことか分からなかったが、会長を伺ったところ、自分の世界に入ってしまったようで、気にせず説明することにした。
「さっきまで、会長が女の子に告白されていたんですけど………」
それだけ言うと、得心がいったように納得したような顔になった。
「それでこの落ち込みよう………」
「え?なんて言いました?」
ボソリと小さく呟かれた皐月さんの声は私の耳に届かなかった。
「いえ、なんでもないわ」
そう言いながら、その表情は何か言いたげだ。
そんな様子に私は不満そうな顔をしていたのだろう。皐月さんが仕方なしそうにクスッと笑った。
「いーのいーの。燐ちゃんが気にするほどのことじゃないから」
「はぁ…」
そこまで言われたら仕方がない。大人しく引き下がる。
「さて、2人共、さっさと生徒会室に戻ってちょうだい。仕事が溜まってるわよ」
そう言われて、はっとする。
1週間後に生徒総会を控えていて、生徒会は非常に忙しかったことを思い出す。
「も、もしかして……」
「そーよ。なっかなか戻ってこない2人を連れ戻すために私が派遣されました」
「すみません……」
想像もしてなかったアクシデントに遭遇していたせいで思いの外、時間がたっていたらしい。
何故か壁に手をついて項垂れてさらなる落ち込みを見せる会長の背中を皐月さんがバシバシと叩く。
「ほら、恭も。会長のあなたがいなければ、皆なんにもできないわ」
さすが、皐月さん。幼馴染だけあって、会長の扱いが手馴れている。あ、蹴った。会長が脛を抑えてうずくまった。
「いつまでもグズグズしてないの。時間ないのは、あなただって知ってるでしょう?」
「あ、あぁ……。だが、脛を蹴ることないだろう……」
「安心しなさい。総会用の資料、提出期限内に出せないなんてことになったら、もう一発いってあげるから」
「……………」
遠まわしな脅しに黙る会長。
生徒会の絶対王者とも言える会長を黙らせるなんて、皐月さん、只者じゃない。
「…………速水のやつ……なんでこんなやつのこと………」
「なんか言った?恭」
「いや………」
隙のない笑顔でにっこり笑うと、皐月さんは私を振り返った。
「さあ、燐ちゃん。あなたの仕事もたーくさん、残ってるわよ?」
「はい…………」
***********
生徒会室は、大騒ぎだった。
真ん中に置いてある大きな円形のテーブルの上にそれぞれの役員がノートパソコンを開き、更にその横で皆さんの恋人がサポートの為にこちらも同じようにノートパソコンを開いている。生徒会では、忙しい時期などにサポート係をつけることができる。彼女達は役員ではないけれど、こういう時だけ業務を手伝ってもらう。ゲーム内の坂部燐も最初はこの役回りだったという事実もあるが、今は関係ないだろう。
忙しくキーボードをたたく音とやや切羽詰まった声が生徒会室中に響いている。
皐月さんが声をかけても、少し反応するだけで皆、それぞれの仕事に戻る。
「ほら、2人もさっさと仕事に戻る。燐ちゃんの分担の資料作成が残ってるし、恭だってあなたの承認待ちの書類が溜まってるわ」
皐月さんに促されて私もテーブルの定位置につく。左右に座るのは橘先輩と関道。橘先輩はともかく、関道の隣は非常に遺憾であるけれど、役員の席順は決まってしまっているため、仕方がない。
その2人と、それをサポートする翔子と灯に挨拶をしながら、自分のノートパソコンも開いた。無論、他の人たちが私物であるのに対して、私のものは支給され借りているものだが。
水沢学園では、春の生徒総会に、これから一年行われる生徒会活動についての大まかな内容などの報告をしなければならない。
だが、いかんせん、その生徒会活動の活動が多い。部活動もそれに含まれるのだが、むしろ『行事』の数が多い。
何しろ、ここは名だたる名門家の御令嬢、御子息が集まる学校だ。その生徒会となると小さな社交界のようなものである。文化祭、体育祭は当然のものとして、保護者を招くパーティーは、大小の違いはあれど、年に5回はある。また、著名人をお呼びして、会談会なんてものを催すのも常だ。
沢山ある活動のどれも中途半端に終わらさない為にも、生徒会役員は、その活動を分担して担当していた。
そして、役員は、次の生徒総会でその担当の報告をしなくてはいけない。それを一人でやらなくてはならないから、この忙しさが起こるのだ。おまけに、在校生の個人的な活動の申請などもしてもらわなければいけなくて、それを締め切りぎりぎりで出してくるようなものもいるので、その忙しさは倍増する。
まあ、1年の中で一番忙しいともいえる時期なので、これを過ぎればいくらか楽になる。
ちなみに私が担当しているのは、まさかの部活動。それでも、何かしらの行事を担当するよりは楽らしい。
他の役員が中等部からの進学なのに対して、私は高等部からの入学。経験値の話からも当然の分担だ。
まあ一番楽だといっても、この学校の部活動の数は計り知れない。
サッカー部やバスケットボール部というノーマルなものもあれば、乗馬部、海外語部といったちょっと珍しいものから始まり、尺八部、テーブルマナー部、ブラジルの経済研究部といった、何が何だかわからないものまで幅が広い。
それでも、会長の仕事量に比べたら、大したことないのだろう。
あの人は、担当の生徒会活動がないが、すべての承認と確認をしなくてはならない。
数が多いから分担しているのだ。それのすべての承認をし、確認し、場合よっては再考するかどうかの判断もしなくてはならない。
それを平然とこなす辺り、やはり会長はすごい人だ。
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少しして、皆、調度良く一区切りついたらしく、一息入れることにした。
生徒会室には、仕事をする時用の大きな円形テーブルと、休憩用の柔らかいソファが備え付けられた低いテーブルがあった。
その長方形のテーブルの長い辺に3人ずつ、短い辺に2人ずつ座れるようになっている。
それぞれ、カップルが隣合って座るのかと思いきや、というか、彼ら自身はそうしたいのだろうけれど、当然のように片側に女子が、もう片側に男子が固まって座っている。恨めしげな視線を感じなくもないけれど、気にしない。
男子が各々の好きなことをやって静かにしている一方で、女子は紅茶(100g14000円)を片手にガールズトークで盛り上がる。
「昨日の○人対△神の試合、ご覧になりまして?」
「見た見た!□村、いい感じだったよね!」
「でも、6回、抑えきらなきゃ、いけないよ」
「その代わり、▽野がやってくれたわねー。逆転ホームラン!」
「あれが決定打になったわね。あの土壇場で打つところはさすがだわ」
…………………間違えた。ベースボールトークだった。
一体どこのどいつだ!彼女達を○人ファンにしたのは!
………………………………私だ。
誓って言おう。ここまで夢中にさせる気はなかった。ほんとだって!少ーし強引だったかなぁー……………というくらいに勧めただけだ。だからそちらの男子諸君よ、時々物言いたげな視線を向けるのはやめてください。
「▽野、すごいよね!このシーズンで1番打ってるんじゃない?期待大だよ!」
………………だから、その物言いたげな視線、やめてって……。
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ひと通りガールズならぬベースボールトークを交わしてから、灯がそういえば、と切り出した。
「燐、さっきどこ行ってたの?燐が遅れるなんて珍しいと思ってたんだけど」
ギクッとしたのは私と会長。調度口に含んだ紅茶を吹き出しそうになったのは皐月さん。皐月さん、何故笑うんです?
「榊原先生に人体模型を3棟まで片付けに行くように頼まれていったから………」
「その割には、遅くない?3棟からここまでそんな遠くないよ?」
誤魔化そうと試みたが、失敗に終わった。
灯は時々、妙に鋭いところがあるから困る。こっそり笑っている皐月さんは助けてくれる様子はないし、チラッと、会長の方を見る。あちらもあちらで総悲観漂う様子で紅茶を飲んでいて、こちらを見ない。おい、当事者。
しかし、先ほど告白現場を見られていただけであの落ち込みようを見せた彼だ。言いふらされて喜ぶような人でもないし。誤魔化しとおしたほうがいい、
「燐ちゃんが恭が告白されているところに遭遇しちゃったのよねぇ」
あれぇ?皐月さん?
「人の告白のことをそんな簡単に暴露していいんですか?」
告白なんて、なかなかデリケートなことであると思うんだけど。
「いいのよ。だって恭だし」
いいのよ、っていう割には、当の本人が良くなさそうだ。今だってぎょっとした顔でこちらを見ているし。勢いよく顔を向けたため、紅茶がこぼれたし。会長、その紅茶、高いんですよ?
「今月入って、5回目だし。告白」
「……………」
何で知ってんだ!?というように驚いた表情を見せる会長がいる一方で、そういえば確かに、と私は遠い目をする。
5回かー。ならいいかー。別に羨ましくないけどー。
生徒会役員にはイケメンが多い、というかイケメンしかいないわけだが、その中で会長以外は既に相手がいる。つまり売却済みなのだ。
そのため、唯一フリーである上に、親が決めた婚約者というものもいない会長にそのしわ寄せがいってしまう。この学園の女子生徒にとって、有力財閥の子息である彼の彼女になることは個人の気持ちの面でもそうだが、家のためにも願ってもないことなのだ。
「会長、モテますからねぇ…………」
しみじみと言ってみると、会長が不機嫌そうな顔でぼそりと呟いた。
「………………言うほどでもない」
いやいやいや。これだけモテていて言うほどでもなかったら、あなたの基準、どうなってんですか、と思ったが、口には出さない。やっぱり、この人的にも、この状況は不本意なのだろうと思うし。
「モテるのが嫌なら、彼女でも作ればじゃないですか」
「!!!!!」
「ほら!今日、告白してきたあの子とか。可愛くないですか?」
「………………………」
一瞬、顔を輝かせたので、いけるかと思ってこちらもテンションを上げかけたのだけど、会長はまたもやなんとも物悲しい雰囲気を漂わてしまった。あれ?いまのどこに落ち込む要素があった??
「気にするなよ、白崎」
会長が落ち込む理由がわかるらしい橘先輩が会長を慰める。やっぱ、親友同士だからわかるものとかがあるのだろうか。
「そうですよ、会長!会長にだって可愛い彼女が「ちょっと黙ろうか、坂部さん」
一緒に慰めようとしたら怒られた。何故?
12/5 改正しました。
壮悲感の意味がよくわからず使っていました。すみません。