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怪獣人②-⑤

 男は地面に墜落して、しかし何事もなく立ち上がった。男は疑問を覚えるより早く短剣を突き出そうとして、その短剣を握る感触に違和感を覚えた。視線を右腕に向け、

「ひっ! ひぎゃあああああああっ!」

 身も蓋もない悲鳴が上がった。

 男の右手から短剣が消えていた。いや、短剣どころではない。短剣を握る右手から肉が消えて骨だけになっていたのだ。

 右手だけでなく右肘から肩、左腕に足から胴体までも同じように白骨化していく。

「え? ひえっ? あびゃびゃびゃびゃびゃあっ!」

 特徴でもある鼻ピアスごと顔の皮膚もなくなって、男は白骨と歯だけの白い塊と成り果てた。その時点で男の意識も消滅している。

「極限まで高められた僕の分解のオールトは、人体すら塵へと変えてしまう。それが僕の秘技、〈アッシュド・ホワイト〉だ」

 分解の力は男の遺骨にまでも作用し、指先から粉雪状の塵へと変えて、跡形すら残さず崩壊させていく。

「塵一つ残さず消え失せろ」

 そして鼻ピアスの男はこの世からいなくなった。男の存在を証明していた粉雪状の塵も風に連れ去られ、なにもなくなる。言葉どおりの塵すら残さぬ残酷な処刑だった。

 男が消えてなくなったのを見届けてから、ゼヒナスはアディシアの無事を確かめるべく振り返る。

「大丈夫?」

 アディシアはミザリィに受け止められていた。宝石のような桃色の瞳に、自分が原因で招いた事態への申しわけなさと、純粋な気遣いの色が見て取れた。

「あの、ありがとうございます」と、アディシアも純粋なお礼の言葉を口にする。

「さてと。まだやるか?」

 ゼヒナスの視線が追っ手に向けられるが、向かっていく者は誰もいない。人一人が跡形もなく消し去られた光景を目の当たりにして、恐怖に縛られてしまったのだ。

 ゼヒナスは周囲を見回す。ゼヒナスに注がれるのは、怪獣人や鼻ピアスの男を見るのと同じ恐怖の視線。ゼヒナスの人間離れした所業を前に、怪物を見る目になっていた。

 やがて人々は誰からともなく後退り、いつの間にか一人もいなくなる。

 人々の姿が見えなくなっても注意深く緊張を保っていたゼヒナスは、ようやくといった安堵感とともに大剣を納めた。

「これで当面の問題は片付いたが、急いで移動したほうがいいな」

「あ、だったら私はここでお別れするわ」

 ミザリィの発言にゼヒナスは怪訝な顔をする。

「しばらくは僕と一緒のほうが安全じゃないか?」

「言ったでしょ? 『これ以上私と関わらないほうがいい』、って。私は今、とある集団に身を寄せているんだけど、実を言うと彼らからレグキャリバーのことを調べてくるように言われたのよ」

「だから、そのキャリバーに関係のある僕やその女に迷惑がかかるといけない、か」

 ミザリィの瞳から恐怖は消えていない。それでもゼヒナスに弱みを見せまいと、精一杯の笑みを浮かべる。

「大丈夫よ。そりゃあさっきは怖かったけど、彼らのところなら安全だから。それにいざとなったら、私にはゼヒナスに教わった護身術があるしね」

 言って、ミザリィは拳を突き出す真似事をした。拳は音速をこえ、空気の壁を突き破って破裂音が響く。生み出された衝撃波が周囲の壁に亀裂を刻んだ。はしたない姿をゼヒナスに晒してしまい、ミザリィの頬が朱色に染まる。

 ゼヒナスは自信なさげに首を傾げた。誰がどう見ても殺傷力の塊だった。

「……護身術?」

「護身術!」

 ミザリィは顔を真っ赤にして怒鳴った。動揺するミザリィの様子に、ゼヒナスはくすくすと笑いを零す。

「ところで、その『とある集団』ってのはどこのなんだ?」

「名前は《ザンダ一味》。人間と怪獣人の、まあ、言ってみれば隠れ里ね」

「ああ、なるほどね。『あの連中』が気にしそうな団体だ」

「そういうこと。だから、そっちの意味でも私とゼヒナスは一緒にいないほうがいい」

 合点がいった、とばかりに眉を跳ね上げるゼヒナスに、ミザリィも頷きを返す。二人は自分たちだけに通じる納得を浮かべた。

「それじゃ、私はそろそろいくことにするわ」

「ああ、じゃあ、またな」

 別れの言葉を残し、ミザリィは背を翻して歩いていった。

 ミザリィの背が見えなくなるまで見守ってから、ゼヒナスも歩き始めた。歩みに停滞はなく、きびきびと進んでいく。

 ゼヒナスの脳裏に思い出されるのは、自分に注がれる恐怖と嫌悪と忌避の視線。

(年々逃げ足だけは速くなる。歳は取るものじゃないな)

「あ、あの……っ!」

 足早に遠ざかるその背を声が追いかけてきた。ゼヒナスが振り向くと、立ちつくしたアディシアが目に入る。

「ああ、そういえば、僕はお前に捕まっていたんだっけ。勝手に逃げて悪かったな」

 ゼヒナスは気楽に言って両手を差し出した。怒鳴るか呆れるか、ゼヒナスはアディシアの反応を想像して、

 しかしアディシアの反応はゼヒナスが予想した内のどれでもなかった。アディシアはその場で小さく跳ねると、空中で両脚を畳んで前傾姿勢となり、両手を額の前に添える。

「御見逸れしましたぁっ!」

 両膝と額から着地したアディシアは、見事な跳び土下座を披露していた。

「この不肖アディシア、ゼヒナスさんの力量に感服いたしました! 是非とも私めを弟子として召し取って下さい!」

 思わぬアディシアの申し出に、ゼヒナスは怪訝な顔となる。

「まあ、僕が平伏されるほど凄いのは昔から知っているが、お前だって遺跡での一件で僕の力量は重々承知していたはずだ。なのになぜ今になって弟子入りを志願する? それにどうして僕なんだ?」

「私には夢があって、そのためにはどうしても強くならなくちゃいけないんです! 夢を反対されて実家も飛び出してきました」

 ゼヒナスは純粋な興味で訊いたのだろうが、拒否されたと思いこんだアディシアは自身の半生を語り始めた。

「私は今まで誰かに師事したことはなく、また師と仰げるほど尊敬できる人物にも出会えませんでした。でも、ゼヒナスさんを見て痛感したんです。私への親切かつ適切な指導に、周囲への被害を気にする思慮、なにより人間も怪獣人も別け隔てなく接する姿。

 私はゼヒナスさんの力量にではなく、人間性に感銘を受けたからこそ、アナタに教えを乞いたいんです!」

 ゼヒナスは無言で、ただただ必死に懇願するアディシアの後頭部を見下ろしていた。

「生憎だが、僕は弟子を取らない主義だ」

 しばらくしてゼヒナスの口から放たれたのは冷たい言葉だった。伏せられたままだったアディシアの頭が、絶望の衝撃でぴくりと震える。

「だが、勝手についてきて勝手に成長されることに、僕は拒否権なんてない」

「ありがとうございます、師匠!」

 勢いよく上げられたアディシアの顔は、希望で燦然と輝いていた。アディシアは走り出し、先をいくゼヒナスのあとについていく。

 その顔が斜めに下がり、体が傾斜して、アディシアは地面に倒れた。

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