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怪獣人②-④

 三人の前方には数人の男たちが待ち伏せしていた。先回りされたのだ。

 アディシアの表情が固まった。男の一人が頭にかぶった、桃色の布地にフリルをあしらった三角形には見覚えがある。

「ゼヒナスさん、ゼヒナスさん」

 アディシアはゼヒナスの袖を引っ張った。

「ぬおうっ! お前、その頭のパンツはどうした?」

 もちろんゼヒナスは即座に大声でぶっちゃけた。アディシアは耳まで真っ赤にして、穴に飛びこみたいとばかりに両手を強く顔面に押しつける。

 男は自分の頭に手を伸ばし、布地の感触を確認して、目の前に持ってくる。

「ぬう? なんだこのパンツは?」

「な、なにぃ? お前、気付いていなかったのか?」「ただの変態だと思っていたが、違うなら違うで別の問題があるぞ……!」と男たちからも動揺の声が上がる。

「ふっ、愚かな。パンツは頭にかぶる物ではない……っ!」

 しかして、男の反応は周囲の予想だにしないものであった。男はなにを思ったかパンツの足穴を引っ張り、そこに頭を突っこんだ。

 するとどうだろう。パンツはまるでスカーフのように風に棚引いたのだ。

「よし。ゼヒナスさん、あの人を殺ってしまいま……って、どうしたんですか?」

 ゼヒナスを見たアディシアは思わず素っ頓狂な声を出していた。ゼヒナスが両目と両耳と両鼻と口から、ありったけの鮮血を噴出させていたからだ。

「いやすまん、あまりの変態指数に相当の痛手を受けたみたいだ」

 普段は宝石のように揺るぎない緑の瞳が、今は石ころのように脆くなっていた。ミザリィも変態と視線を合わせないようにそっぽを向いている。

「余所見してんじゃねえよ!」

 激しく動揺するゼヒナスに勝機を見出し、前方の男たちが駆け出して、

「先手必勝!」

 もちろんゼヒナスは、真っ先に一番厄介な変態をぶちのめした。男たちと入れ替わりにゼヒナスが飛び出し、両靴裏を変態の顔面に叩きこむ。変態は路地の終点まで蹴り飛ばされて民家の壁に激突、全裸となってずり落ちていく。

「ぐぬぅ、これしき、これしきではこの……げぶっ!」

 起き上がろうとする変態の顔面に靴裏が叩き落とされ、トドメが刺された。

「おのれよくも変態を!」

 申しわけ程度の激怒と、ミザリィへの殺意を溢れさせつつ、長身の男を髭面の中年がゼヒナスへと接近。応じてゼヒナスの大剣〈スペシュシュラス〉が抜き放たれた。

 ゼヒナスは中年男が振り下ろしてきた棍棒を切断し、中年男が体勢を崩したそこに飛び膝蹴り。顔面に膝の一撃を受けた中年男は血と涎を吐いて仰け反った。

 ゼヒナスが上体を屈め、その頭上を短剣が空振りしていく。ゼヒナスは長身の男の懐へと入りこみ、左右の拳を腹部に連打。男は腹を折って悶絶し、全裸となって倒れた。

 間を置かずにゼヒナスの右手から三人、左手から一人が接近。男たちが手にする鋸や鍬には麻痺や電撃のオールトが宿り、振り上げられた大槌からは角のオールトによって突起が生やされている。

 時間差、というより連携もなにもなく振り下ろされた得物の下をゼヒナスは疾走。跳躍し、大槌を振り上げた男の側頭部に回し蹴りを叩きこむ。さらに男の顔面を足場にして強引に軌道変更。真横へと跳び、左の掌底を二人めの喉元に叩きこみ、上体を沈ませ、踵落としを三人めの脳天に入れて、傾斜する三人が全裸となった。

 ゼヒナスの四肢に刺繍された楓模様が舞い踊り、その場に紅葉吹雪が吹き荒れる。

 一人足りないと気付いたときには、狐顔の男が人間砲弾となって頭からゼヒナスに飛びかかってきていた。

「俺の体当たりのオールトは無敵だ!」と嘯く男の顔面にゼヒナスの靴裏が叩きこまれた。顔中に痛みと生暖かい鼻血の感触を広げながら、男の衣服が散っていく。

 しかし狐顔の突進は止まらない。体内作用型のオールトは外部放出系のそれよりも強力であり、豪語に比例した推進力でゼヒナスの体が徐々に後方へと押しやられていく。

 全裸の男が鬼気迫る表情で飛んでくる、地獄の光景だった。

「ならば僕はその攻撃を、右から左に受け流す」

 言った直後、ゼヒナスは思いっきり脚を振り抜いた。ゼヒナスの脚に誘導されて進路を変えた狐顔の男は、後方から近付いてきていた追っ手の中に突っこんだ。連鎖的な転倒が引き起こされ、罵倒と怒声が飛び交う。

 気がつけば、その場には全裸にされ無力化された人間が累々と転がされていた。

「ぬう……肉体の負傷は軽いものの、全裸にされたことで精神に立ち上がれないほどの痛手を受ける……恐るべし脱衣のオールト」

 男が息を呑みこみ、喉を唸らせた。

「お前らさ、逆上して暴力に訴えて返り討ちにあって泣きべそかくって、自分が雑魚臭すぎて惨めになってこないのか?」

「あー、もー、どうしてそこで余計な一言を……痛っ!」

「おおっと、そこまでだ」

 聞こえてきたのは狂気に満ち満ちた声だった。

 いつの間にか、アディシアの背後に鼻ピアスの男が立っていた。男はアディシアの腕をねじり上げて拘束し、喉に短剣を密着させている。

「お前どういうつもりだ? 人質を取るなんて正気か?」

 鼻ピアスの男の凶行を前に、我を見失っていた人々も冷水を浴びせられたように静まり返っていた。

「んなこたあ関係ねえんだよ!」

 男の恫喝で空気が震える。ゼヒナスは微動だにせず、ミザリィは体を竦めた。

「ゼ、ゼヒナスさん……」

 アディシアの震えが短剣に伝わって皮膚を切り、首筋を血の糸が伝っていく。

「お頭の言ったとおりだ。やっぱりお前は信用できねえ。ここで死んでもらうぜ」

 鼻ピアスの男の意味不明な発言に、ゼヒナスとミザリィは疑問の表情を浮かべた。しかし今は疑問を解いている暇などない。

「てめえ、まずはその馬鹿でかい剣を捨てろ」

 怒号を吠える男に従い、ゼヒナスは大剣を遠くに放り投げる。

「次は両手を上げるんだ」

 ゼヒナスは右手を上げていき、指鉄砲を作って男に向けた。

「はあ? なんだそりゃ?」

 男が怪訝さと嘲りを浮かべると同時、ゼヒナスが飛び出す。

「抵抗するなって言っただろーが!」

 しかし間に合うわけがない。男は一切の容赦なく短剣を走らせた。アディシアの喉が切り裂かれ、厚い緞帳のように鮮血を噴出させる。

 はずの短剣は空を切った。

「ああん? なんで短剣がなくなってるんだあ?」

 男が握っていたはずの短剣は、柄だけを残してこの世から消滅していた。

 男が混乱した一瞬を突き、ゼヒナスはアディシアを奪還。男に蹴りを入れて引き剥がし、「受け取れ!」とアディシアを放り投げた。

 アディシアの無事を確認するまでもなく、ゼヒナスは男に追撃を与える。膝蹴りが男の腹部に叩きこまれ、呻く顔面に拳を見舞う。

 しかし今度は踏み留まった。

「馬鹿が! キャリバーを手放したてめえが俺に敵うかよ!」

 男は腰の後ろから新たな短剣を取り出し、ゼヒナスの胸元目がけて突き出す。

「湧き上がれ、僕のオールト!」

 それは突風が発生したかと思うほどの圧力だった。ゼヒナスの全身から鈍色の輝きが溢れ出す。本来なら無色透明であるはずのオールトが常識外れの密度まで高められ、輝いて見えているのだ。

「あ、あああ…………」

 鼻ピアスの男は声にならない声を発した。顔の各部が出鱈目に歪んでいく。鼻ピアスの男はこの圧力を知っていた。だからこそ恐怖と混乱で体が動かない。ゼヒナスから発される威圧感は、他ならぬあの首領とまるで同じなのだ。

「〈アッシュド・ホワイト〉っ!」

 ゼヒナスの右手が突き出され、鉤爪となった掌底から放たれたオールトの衝撃波が男の全身に叩きつけられた。大砲の直撃を受けたかと思うほどの衝撃で男の足が浮き上がり、後方に弾き飛ばされる。

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