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怪獣人②-③

 アディシアの心中などお構いなしに、ゼヒナスとミザリィは世間話を進めていた。

「それでね、実はこの付近にレグキャリバーが墜落したって聞いたんだけど、なにか知らないかしら?」

「ああ、ありゃ僕んだ」

「違いますよ! あれは《財団》の方々が発掘していたのをゼヒナスさんが強奪したんです! そこはちゃんと訂正して下さい」

「訂正もなにも……『僕の物』以外に適切な表現が見当たらないな……」

 しれっと言ってくるゼヒナスに、細かい指摘を入れてくるアディシア。しばらく二人のやり取りを眺めていたミザリィは、ややあって立ち上がった。

「そういうことなら、私はここでお邪魔するわ」

「え? あの、急にどうしたんですか? もしかして私がなにか粗相を……?」

「違う違う。そういう事情なら私たちはこれ以上関わらないほうがいい、ってこと」

 それはどういう意味だろう? アディシアがミザリィに問うことはできなかった。

「がーおー!」

 そのとき、三人の元へと怪鳥ゲロンデロンの木彫り模型を掲げた子供が走ってきた。子供はミザリィの脇を走り抜けて、その際にゲロンデロンの嘴がミザリィの黒装束に引っかかってしまった。装束の留め具が外れて、ミザリィの体から剥がれ落ちてしまう。

 その途端、店内にどよめきが巻き起こった。

 現れたのは溜め息が出るほど美しい女だ。宝石のような桃色の瞳に、凛々しい眉、筋の通った鼻梁、花の蕾のように可憐な唇の端からは八重歯が覗く。髪の毛は流星の輝きを束ねたような銀糸となって背中まで伸びていた。女としての魅力を最大限強調するように胸はたわわに実って、くびれた腰から露出する臍ですら彫刻めいて整っている。薄着の上半身とは打って変わって、下半身は足首まで隠すロングスカート。露出した皮膚は陶磁器のような白さ、一部が鱗のように硬質化し、体の各部を豊かな獣毛が覆う。

「か、怪獣人だ!」

 誰かが口にした驚愕と恐怖は、一気に店内に伝染した。

「ほ、本当だ!」「どうして怪獣人がここに?」

 周囲からも次々と動揺の声が上がり、店内は恐慌に呑みこまれていく。客は一目散に店の外へ奥へと逃げ出し、軍曹カンガルーが駆け出しの新兵カンガルーとなって逃走、土台カメも強固な甲羅の中に立てこもってしまった。

 アディシアも目を見開いてミザリィを凝視している。

「あ……ああ……」

 取り乱しているのはミザリィも同じだ。自分の正体を晒してしまったことと、周囲から注がれてくる視線を一身に浴びて、極度の動揺と混乱で目を白黒させている。

 ミザリィは自分を抱くように両腕を回して、周囲の視線から身を守っていた。恐怖に歪み、怯えに震え、嫌悪に固まり、忌避に冷め、そして興奮に血走ったいくつもの目は、百の目を持つ怪物のようにも思えた。

「……殺せ」

 どこかの誰かが口にしたその言葉が、瞬く間に店内に満ちていく。

「怪獣人だ、殺せ!」

「そうだ、俺たちの安全は俺たちで守るんだ!」

「怪獣人め、化け物め!」

 一旦火のついた恐怖と不安が敵意と殺意へと変わるのに、さして時間はかからなかった。筋骨隆々とした屈強な男たちが、店の内外からミザリィへと近付いていく。

 人類生活圏の最果てに位置するアテリノには、農耕や大工や開拓、冒険者やその護衛や自警団を生業とする男たちが溢れていた。彼らの血走った眼球が、歪んだ視線が、ミザリィ一人に浴びせられていた。

 男たちの怒号が上がり、足踏みが地響きとなる。漆黒の感情が津波となってミザリィに襲いかかった。

 その人津波が真っ二つに裂けた瞬間、誰もがなにが起きたのか理解できなかった。

 ミザリィを背中に匿い、男たちの前に立ちはだかるのは、大剣を地面から天へと振り上げた男、ゼヒナスだ。

 遅れて、ゼヒナスの攻撃を受けた男たちが全裸となって次々に倒れていく。

「こうやってお前を守るのは、出会ったとき以来だな」

 ゼヒナスの声にはミザリィへの気遣いがあった。ミザリィを安心させるように、肩ごしに陽気な笑みを見せる。ゼヒナスが手首を回すと、その手首を拘束していたはずの手錠が音を立てて落下した。

「ゼヒナスさん、怪獣人を守るなんて正気ですか?」

 アディシアの口調は非難を含んでいた。そこには先ほどまであったミザリィへの好意は微塵もない。冷たい感情だけがあった。

「怪獣人がどれだけ危険な存在なのか知っているでしょう? かく言う私も怪獣人とレグキャリバーの戦いに巻きこまれたことのある身でして、怪獣人の恐ろしさは骨身に沁みているつもりです。ぶっちゃけ今現在少しちびっています」

「……震えてるじゃないか」

 ゼヒナスの言葉で初めて、アディシアはミザリィの様子に気付いた。ゼヒナスの背中に隠れたミザリィは、顔を伏せ、体を震えさせて、ゼヒナスの服にしがみついている。まるで子供が必死に親を頼っているようだった。

(え? ……もしかして、人間が怖いの?)

 アディシアは頭が真っ白になった。呆然とすると同時、雷のような衝撃が体を貫く。怪獣人は人類が比肩することのできない目上の生物だ。天敵だ。その天敵であるはずのミザリィが、人間に恐怖している現実が信じられなかった。

「それがなんだってんだ! そいつは怪獣人じゃねえか!」

「理不尽な暴力に晒されようとしているやつを助けるのに、人間も怪獣人も関係ない」

「黙りやがれぇぇぇっ!」

 ゼヒナスの宣言に男の怒号が重なった。男は木こりのようで、自慢の仕事道具である手斧を振り上げつつミザリィへと走っていく。立ち塞がるゼヒナスの姿は、木こりの血走った目には映っていない。

 殺さなければ殺される。ただその恐怖に従って、ミザリィに手斧が振り下ろされた。

「それともう一つ」

 手斧は空中で停止した。手斧を握る丸太のような木こりの腕が、小枝のようなゼヒナスの手に摑まれ、止められていたのだ。

 木こりの腕には蛇のように太い血管が浮かびあがるが、ゼヒナスは無表情。余裕を見せている、のではない。氷のように冷たい怒りで表情が凍結しているのだ。

「善良な市民だという理由で暴力を振るってくるやつを殴り返さないでいられるほど、僕は聖人君子じゃない!」

 鈍い音。一拍遅れて木こりの情けない悲鳴が上がる。手斧を握っていた木こりの腕がゼヒナスにへし折られ、奇妙な方向に曲げられていた。さらにゼヒナスの脚が横向きの弧を描き、回し蹴りが木こりの脇腹に叩きこまれる。木こりの悲鳴が途絶し、体が傾斜して、全裸となって倒れた。

「命を奪うつもりでかかってきたんだ。腕や脚の一本でぴーぴー騒ぐんじゃねえよ」

 ゼヒナスの左腕がミザリィの尻に回され、ひょいと抱き上げた。油断なく周囲に視線と大剣の切っ先を巡らせる。

「とはいえ、さすがにお前を見世物にしたままではいられないな。逃げるぞ」

 言うや否やゼヒナスは踵を返した。虚を突かれて人々の目が丸くなる。

「逃がすな! 殺せ! 殺せー!」

 しかしすぐに本来の目的を思い出して、ゼヒナスとミザリィを追いかけていく。

 アディシアは疑問を覚えた。確かにミザリィを人々の視線から隠すことは必要だが、ヴェネリア遺跡で見せたゼヒナスの力量があれば、瞬く間にこの場の全員を無力化できるのではないだろうか? なのにどうして逃走を選んだのだろう。

 その理由はすぐに分かった。大通りの左右には小さい子供やその母親、少年や少女の集団、杖をついた老人の姿があった。

(そうか! ゼヒナスさんは周囲に被害を出さないために逃げ出したんだ!)

 大剣と怪獣人一人を抱えながら、ゼヒナスの速度は疾風の如しだ。大通りに面する店舗を根こそぎ追い抜いては、人々のぎょっとした顔が追いかけていく。

「ちょっとゼヒナスさん、待って下さいよ!」

 そのゼヒナスの隣に真っ先に並んだのはアディシアだ。ゼヒナスはアディシアを横目にしつつ、路地に跳びこんで右折と左折を繰り返す。

「は、早すぎますよ! もっと遅く走って下さい!」

「追われてるのに足を止める馬鹿がいるか」

 アディシアの提案を一言で切り捨てるゼヒナス。その走りが不意に止まった。釣られてアディシアの足も止まり、ミザリィが降ろされる。

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