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怪獣人②-②

「僕が誰って……年齢不詳、国籍不明、住所不定、無職の……まあ、流離い人としか」

「世間ではそれを浮浪者と呼びます」

 予想どおりの食えなさっぷりに、アディシアは額に指を添えて苦悩を表現した。

(腹が膨れたらすぐに機嫌直して調子に乗るって、現金な性格だなぁ)

 ゼヒナスは口をもぐもぐさせながら、そんなことを考えていた。

 財布を含めた所持品をヴェネリア遺跡に置いてきたアディシアのために、着替えを買い与えて食事も奢ってやったのは誰だと思っているのだろうか?

「それでは質問を変えましょう。レグキャリバーを強奪した目的はなんですか?」

「キャリバーを使ってやることなんて一つしかないだろ? 怪獣退治だ」

 口調こそ茶化している調子だが、ゼヒナスの表情は真剣そのものだ。

 駄目だこいつと、アディシアは思った。目の前にいる青年は、英雄願望を拗らせて実行に移してしまった頭の可哀想な人間なのだ。そう思ってしまうと、ゼヒナスの行動全てが頭の可哀想さによるものに見えてくる。アディシアは思いきりの憐憫を浮かべて、これ以上の追求はしないでおくことにした。

 アディシアは食後の甘味のパンケーキを口に銜えると、肩から力を抜き、両手を合わせて、なにやら集中し始める。

「なにやってんだ?」

「日課のオールト訓練です」

 集中を終えたアディシアは両手を開いて、一握り大の金属塊を見せてきた。

「私のオールトは鋼なのですが、今はこの程度を生成するのが精一杯です」

 アディシアは目の前のゼヒナスを見た。そして遺跡での、他を寄せつけない圧倒的な姿を思い出す。自然と口から疑問が零れた。

「そう言えばゼヒナスさんの脱衣のオールトは随分と強力でしたけど、どなたかに師事されていたのでしょうか? 例えば《財団》のような組織に加入していたとか?」

「師事っつーか、教える側になって久しいな……」

 ゼヒナスは遠い過去を思い出すように彼方へと視線を向けた。戻されたゼヒナスの瞳は、アディシアと当時の教え子を重ねて見てしまう。

「それ、意味ないけど?」

「へ? いやだって、誰もが学校で習わされる常識ですよ?」

「それは一度に出せる力を強化する訓練だから、元々のオールト容量を増やす訓練をしないと、単に早く消耗するだけにしかならないぞ?」

「そう言われてみれば年々息が上がるのが早くなっている気はしてましたが、歳のせいだと思ってました」

「オールトの容量を増やす方法は簡単だ。溜めればいい」

 言ってゼヒナスは掌を顔の位置まで持ち上げた。なんの力も発していないはずのそこから、不可視の圧力が溢れているのを感じる。

 ゼヒナスが顎で促すと、アディシアも同じように集中を始める。

「力を集中させながらも、決して放たず収めず、暴発寸前の状態を維持しろ。これは筋肉を鍛えるのと同じで、限界値を維持したほうが効果的だからだ」

 アディシアの額には汗が浮かんでいた。未知の作業で神経が擦り減らされていく。

「オールトは難しい言葉で『生命波動による事象干渉効果』と呼ばれる。自らの生命力や感情で世界に干渉し、思うように操る力のことだ。

 その力の出口ではなく、源たるオールトの泉を強く意識しろ。全身に広がるそこから、一つずつでは糸のように細い力の流れを集めてより合わせて大河の流れにするんだ」

 ゼヒナスの言葉に導かれるまま、アディシアは深く深く集中していった。やがて周囲の喧騒や景色は溶け崩れていき、全身を巡る力の流れだけが感じられる。この世界に存在するのは自分だけで、肉体と精神の境界も曖昧になっていく。

「わっ!」「うひゃあっ?」

 そんな集中の極致で大声を出されれば、誰もが驚くに決まっている。極限の状態で留められていた力は呆気なく暴発した。

「……え?」

 アディシアは二度驚くことになった。暴走した力が掌から鋼を溢れ出させ、瞬く間に巨木のように成長して頭上までも覆ってしまったのだ。

 突然起きた力の爆発に、周囲の人々は事態を見極めるようにこちらを窺ってくる。

「オールト増幅器であるピグキャリバーの補助があるとはいえ、これがお前本来のオールトということだ」

 鳥ブタの肢に歯を立てつつ、ゼヒナスは腕を一振り。生成された膨大な鋼が粉雪となって舞い散った。

「これ、本当に私がやったんですか……」

 いまだに信じられないという面持ちで、アディシアは自身の力の残滓を見つめた。アディシアがゼヒナスに注ぐ視線が変わっていた。

「あ、あれっ?」

 その目が回る。アディシアは上半身から食卓に突っ伏した。

「今まで最大出力を出す訓練をしてきた上に、全てのオールトを一気に搾り出したんだ。急速に消耗するのは当然だな」

 ゼヒナスはアディシアに料理を差し出した。オールトの回復には食事と休息が一番だ。

「意識せずに全身からの力を統合し、強弱が調節できるようになってようやく半人前。一流や、僕みたいな超一流になると、オールトの応用にも個性が出てくる」

 ゼヒナスの右手四指には三つの金属塊が挟まれていた。一つは真っ二つに切断され、一つは穴が空き、一つは精緻な模様が彫られ、最後には全てが跡形も残さず崩れ去る。

 久方振りに手ほどきするゼヒナスは、口の端を吊り上げてどこか得意げだ。

「鋼、正確には合金のオールトなら、大量生成の次は形状の複雑化と生成する金属の種類を増やすことから……」

 そのときふと、ゼヒナスの鼻を芳香がくすぐった。甘くて、心の落ち着く、女物の香水の匂いだ。

「この香水、ミザリィか?」

「せいかーい」

 ゼヒナスが姿も探さずに声をかけると、微笑とともに香りの主が姿を現した。

 頭から爪先までを黒装束に包んだ人物だ。声の高さと布地を押し上げるふくよかな胸部から女性であるとだけ分かる。唯一露となった桃色の瞳は再会の喜びで輝いていた。

 軍曹カンガルーがぴょこぴょこと近付いてきてゼヒナスの隣で椅子になり、ミザリィと呼ばれた女性は柔らかな仕草で腰を下ろす。

 アディシアの不思議そうな視線と、ミザリィの興味の視線が出会った。

「ところで、そちらの彼女を紹介してくれるかしら?」

「ああ、そいつはアディシア。なんと言うか……仕事の関係で一緒にいる。

 で、こいつはミザリィ」

「ちょっと、私はそれだけなの?」

「それ以上のなにを言えってんだ? お前ら二人とも説明するのが面倒臭いんだよ」

 言いようとは裏腹に、ゼヒナスは口の端に楽しげな微笑を刻んでいた。アディシアやオービットに見せたからかいの笑みではなく、友人と談笑するときの和やかな笑みだ。

「随分と親しげですけど……あっ!」

 先ほどおちょくられた仕返しを思いつき、アディシアは邪な笑みを浮かべる。

「もしかして、お二人は恋人なのでしょうか?」

「え? 違う違う。今はまだ私の片思い中」

 ミザリィの真っ直ぐすぎる返答にアディシアは面食らってしまった。だけど、その潔いまでの素直さは好感が持てる。

「いつか絶対に、ゼヒナスを振り向かせてみせるからね」

「素敵な方ですね」

「そうだな。だけどこいつには、僕なんかより似合いの相手がどこかにいるよ」

 ゼヒナスがミザリィに注ぐ視線は異性を見るそれではなく、友人を見るそれだった。

「またそれを言う。私が好きになる人は私が決めますー」

「知り合いが間違った道に進もうとしているのに、止めようとしないやつはいねえよ」

 ゼヒナスはアディシアが自分を見つめているのに気付いた。

「? なんだよその目は?」

「いえ、自分の立ち位置というか、他人からの評価は理解しているんだなー、と」

 何気に失礼なアディシアに、ゼヒナスは苦々しい顔を浮かべた。

(ミザリィさんはどうしてこんなのを好きになっちゃったんだろう?)

 アディシアは顔を曇らせた。同性として好感の持てるミザリィの想い人は、あろうことか目の前のしょうもない男なのだ。興味心と疑念、そして不可解さを覚える。

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