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怪獣人②-①

「墜落するなら墜落するって言って下さいよ、もう!」

 墜落死体となったヴェネンニアの傍らで正座させられたゼヒナスは、アディシアから激しい叱責を受けていた。膝の上に乗るゼヒナスの手首は頑強な手錠で拘束されている。

「いやいや、ちゃんと言ったから。『間もなく墜落する』って」

「かなり失速してからね! 地表に激突する二分前にね!」

「なぜに僕は二言三言喋っただけの小娘に怒鳴られているのか? そんなの知らん」

「口に出さない!」

 殺されかけたアディシアの怒りは治まらない。いつも以上にボサボサ、もといズタボロになった頭から噴火しそうな剣幕でゼヒナスへの非難を続ける。

 対してゼヒナスは、純粋にこの状況を楽しんでいるとばかりの笑みを浮かべていた。

「あのなあ、僕が一方的に悪いみたいな言いようだけど、普通はキャリバーにしがみついてくるなんて思わないだろ? 非常識はどこの誰だよ?」

「それこそ普通はレグキャリバーが飛んだりしません! どっちが非常識ですか!」

 アディシアは「もう!」と叫んでから、気持ちを落ち着けるように深呼吸。そういえば一番重要なことを忘れていた。

「ところで、ええと?」

「ゼヒナス・シェザイアだ。口さがない連中は〈氷雪の奇術師〉と呼ぶ」

「そうですか。確かに口の減らなさは手品めいた小賢しさですね。私はアディシア・チェリエルと言います」

 暴言をぶつけつつ自己紹介してくるあたり、根は真面目な娘なのだろう。アディシアは周囲を見回して、不安げに顔色を曇らせる。右を見れば密林、左を見れば草原、後ろを見れば巨大な山脈と墜落したヴェネンニア。そして前を見ればなにを考えているのか分からないゼヒナスの顔。

「それでゼヒナスさん、ここはどこでしょうか?」

「さあ?」

「『さあ?』、じゃないですよ!」

 小首を傾げるゼヒナスに、同じように小首を傾げて声真似をしてから、アディシアは猛烈に憤慨した。

「ゼヒナスさんが飛ばしてたんでしょう? それなのに分からないってどういうことですか! これじゃ私たち遭難者ですよ?」

「僕だって選んでここに墜落させたわけじゃない」

 至極真面目に正論を返してくるゼヒナスに、アディシアはこれ以上ないくらいに肩を落とした。膝から力が抜けて、その場に頽れてしまう。

 尻から濡れた音がして、アディシアは慌てて立ち上がった。

「と、とにかく、近くに町がないか探しましょう。……ンツも買わないといけないし」

「え? なんだって?」

 ゼヒナスはわざとらしく鈍感になってみた。

「よく聞こえなかった! もう一度言ってくれ!」

「……パンツですよ! パ・ン・ツ!」

 もうこうなったら自棄くそだ。アディシアは両手を腰に当てて目一杯に踏ん反り返る。

「私が失禁してるの見れば分かるでしょ! 股間ビショ濡れですよ!」

「ぬう……。空中放尿……だと? なんて高度な変態技だ……!」

「ここぞとばかりに深刻な顔で揚げ足を取らないで下さい!」

「ちなみに今のは難易度と上空をかけた」

「説明しなくていいですから!」

 アディシアはゼヒナスの減らず口をぴしゃりと遮った。

「あんな状況下で漏らさない人間なんかいませんよ! うう……もう……」

 アディシアはスカートの中に手を突っこんで下着をずり下ろした。桃色の布地にフリルをあしらった、年齢相応の可愛らしい下着だ。

 水浸しになったそれを、沈鬱な顔の前に持ってくる。

「初発掘だったから、気合入れてお気に入りを穿いてきたのに……」

 そのとき突風が吹いた。悪戯な風はアディシアの手から下着を奪って、近くでウンコ座りしていた犬の頭にかぶさせる。足の穴から飛び出した耳がぴこぴこと動いていた。

 アディシアと犬の視線が合った。しばし見詰め合う一人と一匹。

 と、次の瞬間には犬の背が翻っていた。アディシアが下着を奪い返す間もなく、犬はその場を走り去っていく。

「ああ……あああ……」

 アディシアは途方に暮れて両手を前方に彷徨わせる。見る見る間に小さくなっていく犬と下着を呆然と見つめていると、背後に熱気を感じた。

(なんだか熱いなー)と思ってアディシアが振り返ると、ヴェネンニアが炎上していた。大地に横たわったヴェネンニアの各部で弾けていた火花が全身に燃え移り、巨人の遺体が火葬に付されていたのだ。

「は? え? ちょ? 燃えてるんですけど?」

「『燃えている』んじゃない。『燃やしている』んだ」

 混乱を見せるアディシアの隣で、ゼヒナスは平然と言い放った。

「もうなにをやっても動きそうにないんでな。火を放っておけば燃えている間は危険で、消し炭になれば価値がなくなって、誰も手を出さなくなる。

 それに移動させるにも体積が少なくなるし分割も楽になって、便利だ」

 四千年前に建造された貴重な文化遺産を灰にしておきながら、ゼヒナスは奇怪なまでの落ち着きようを見せていた。それこそ古くなった日用品を新しくするみたいに。

「嘘でしょ……」

 一方、アディシアは呆然となっていた。目の前で起きている受け入れがたい事態に、魂までも焼け落とされてしまったかのようだ。顔中の穴という穴に暗黒を詰めこんだ、施術途中のミイラのような極度の絶望顔を向けてくる。

「さて、それじゃいくか。そもそもこの場を離れるために燃やしたんだからな」

 ゼヒナスは抜け殻となったアディシアの肩を摑み、強引に引っ張って歩き始めた。



 アテリノの町は密林の迂回路に拓かれた宿場町だ。大都市ヘルヴィムから辺境地域へと出ていく最終拠点であるアテリノは、未知なる世界を夢見る冒険者や、一攫千金を求める商人で人波の洪水となっていた。町を貫く大通りの左右には旅宿や食堂、旅には必須である馬屋や保存食屋やキャリバー工房が軒を連ねている。

 卓上の皿は真っ赤に茹で上がった巨大な王虎エビに占領されていた。殻の隙間にナイフを突き入れて器用に剥がすと、赤と黄色の縞模様となった身が現れる。ナイフで切り分け、口に含むと、途端に磯の香りと海老の甘い汁が広がる。

 アディシアの対面に座ったゼヒナスは、羽毛を毟られた鳥ブタの丸焼きに齧りついていた。豚と言いつつ実は蜥蜴の一種である鳥ブタは、鳥類への進化途上にある哺乳類型爬虫類ということで、生物学的にも複雑な味わいをしているのだろう。

 なにはともあれまずは腹拵えだ。宿場町の大通りに面した大衆食堂らしく、店内は足の踏み場もないほどの客で溢れていた。清潔な衣装を着た給仕が人間の大洪水を縫うように所狭しと駆けていく。

 カウンターに面した厨房からは軽快な音。店主が包丁のピグキャリバーを上下させると、切断のオールトによって食材が鮮やかに捌かれていく。

「店主、今日は包丁捌きが軽快だな?」

「最近はオールトの調子がいいんだよ」

 馴染み客と店主の世間話も、店内の雑音に掻き消されてしまいそうだった。

「聞いた話じゃ、世界的にここ数年でオールトが強力になっているらしいぜ」

「へえ、どうりで俺の腕前にも磨きがかかってるわけだ」

「おいおい、オールトの強弱で料理は美味くならねえよ!」

 アディシアが店主と馴染み客の会話に耳を澄ましていると、足をつつかれる感触。視線を下げると、食卓にされた土台カメが催促するようにこちらを見上げていた。アディシアはにこりと微笑み、サラダの皿から大きめの葉菜を取り上げて、足元に放る。土台カメの首がのそのそと伸ばされて、大して美味くもなさそうに葉菜を貪り始めた。

 二人の体を支えるのは、筋骨隆々とした軍曹カンガルーが両脚と尻尾で作った空気椅子だ。腰に添えた両前肢が手摺りとなり、鍛え上げられた胸板が背凭れとなっている。二人の頭上からは戦場を睥睨する老兵の如き軍曹カンガルーの頭部が飛び出していた。

「それではゼヒナスさん、率直に尋ねますが、アナタは何者ですか?」

 一通り食事が終わったところで、アディシアは疑問を切り出してきた。

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