伸ばす手②-①
(……なにかおかしい)
ガイキルスとの攻防を繰り広げながら、ゼヒナスは強烈な違和感に襲われていた。戦況は均衡、いや、手数の多さでこちらが押し気味だと自評している。それなのに余裕が持てない。緊張感が解けないどころか、より一層強くなる。
(この時代で初めての怪獣戦だ。僕は慎重になりすぎているのか……?)
いや、そんなはずはない。現にガイキルスはヴェネンニアからの連続放火、スティルメンの斬撃、アイラザインからの援護射撃を一身に浴びて、それでもけろりとしているのだ。異常な打たれ強さを目にして、不気味さを感じないほうがおかしい。
ゼヒナスはちらりと計器を確認、そこで不気味さの正体に気付いた。攻撃の嵐を一身に浴びながら、しかしガイキルスのオールトは減るどころが徐々に増えているのだ。
「そうか、こいつは長い眠りから目覚めたばかりでまだ復調していないんだ! 時間が経てば経つほど本来の力を取り戻していくぞ!」
言っている間にも、ガイキルスのオールトが目に見えて増幅していた。体中の傷が蒸気を上げて塞がっていく。
「予定地点まではあと少しだ。一気に押すぞ!」
「「おうっ!」」
ヴェネンニアは両の肩当てを盾にしてガイキルスに体当たり、ガイキルスが衝撃で後退したところで左右の剣を一閃させる。
腹部に裂傷を横断させながらガイキルスは回転、長大な尾をヴェネンニアに叩きつけた。動きの止まったヴェネンニアへと至近距離から生体弾頭の一斉射出。ヴェネンニアが肩当てで防御し、両者は爆炎に呑みこまれた。
二体は爆発にふっ飛ばされ、爆炎の両端から弾き出されて地面に墜落。ヴェネンニアの各部で火花が弾け、ガイキルスの全身から黒煙が上がる。スティルメンとアイラザインも爆発の余波に巻きこまれ、大地に倒れ伏していた。
先に動きを見せたのはガイキルス。ゆっくりとした動きで体を起こし、立ち上がる。しかしヴェネンニアは一向に動かない。まるで気絶しているかのように両目から光が消えていた。
「くそっ! 動作不良かよっ!」
ゼヒナスは毒づいて壁を殴った。四千年前では考慮にすら値しない問題が起きていたのだ。そもそもが、現時点のヴェネンニアですら素材の質やオールトの供給不足で、あの頃の性能からは遠く及ばない仕上がりだ。装備の一切をカートリッジ式にして本体へのオールト供給量を増やしているが、焼け石に水にしかなっていない。
「やはり、現段階で怪獣と戦うのは早計だったか……」
操縦室の画面一杯にガイキルスの顔が広がる。ガイキルスの胸郭が膨張、最後通告のように口腔がゆっくりと開いていくその光景を、ゼヒナスはただ静かに見つめていた。ゼヒナスの手が操縦室の隅、強化硝子で囲われた最終装置に伸びていく。
「さあ、もっと近寄ってこい。その瞬間にお前も道連れだ!」
ガイキルスの顎が最大まで開かれ、ゼヒナスの腕がぴくりと動き、
しかして、先に矢を放ったのはどちらでもなかった。ガイキルスの全身に鎖が巻きついて拘束し、さらに網がかぶせられて厳重に動きを封じる。
「な、んだ? なにが起きた?」
状況を理解できずに目を白黒させるゼヒナス。振り上げた拳が呆然と下げられる。
「師匠、加勢します!」
その耳に飛びこんできたのは、誰あろうアディシアの声だった。
前方から接近してくる土煙。その先端を走るのは本体よりも巨大なバックパックを背負ったレグキャリバー、レザーベインだ。
「弟子か? どうやってレザーベインを?」
「個人認証装置は最初から解除してありました。先輩に感謝です」
レザーベインはバックパックからオールトを噴射して地上を滑空、瞬く間にヴェネンニアの隣まで駆けつけてきた。
「それで、師匠の言葉を思い出したんです。ヘルヴィムの人たちが避難してきたってことは、オールト・ジェネレイターの出力も上がっているんじゃないかって。そうしたらこの子を動かせるくらいの出力が出ていたんです。あとは岩山に閉じこめられていて保存状態がよかったので、リーゼリアさんの突貫整備で出撃してきました」
「…………無茶しやがる」
ゼヒナスが呆れて呟くのと同時、ヴェネンニアの動作不良が復旧した。ヴェネンニアが立ち上がり、ときを同じくしてガイキルスも捕縛を破り捨てて自由となる。
レザーベインに注ぐガイキルスの目の色が変化していた。自身を四千年間も封じていた存在の再登場に、両目が鋭さを帯びていく。
ヴェネンニアとレザーベインとガイキルス、四千年前を生きた者たちが再び対峙する。
ガイキルスの岩石流が再戦の狼煙となって空中を走った。ヴェネンニアとレザーベインは左右に別れて回避する。
「いいか弟子、レザーベインの機体特性は拘束能力に特化している。それがお前の鋼のオールトと合わさって、鎖や檻といった物理的な拘束能力として表出したんだろう」
ガイキルスは厄介なヴェネンニアと因縁のあるレザーベインのどちらを優先するかで迷った。その迷いが隙となり、ヴェネンニアからの射撃を受け、レザーベインのバックパックから射出された有刺鉄線を体に巻きつけられてしまう。
「レザーベインは全ての武装と推進装置をバックパックに集約し、本体は一切の武装を持たない。なぜなら本体は拘束対象を押さえこむ力を得るため、とにかく膂力偏重の設計にされているからだ」
「つまり?」
「このまま引きずっちまえ!」
「はい!」
アディシアは威勢よく返事してレザーベインを走らせた。有刺鉄線で簀巻きにされたガイキルスが引きずられ、地面に削られていく。ガイキルスは岩石流を吐こうとして、しかし並んで飛行するヴェネンニアに頬を殴られて強制的に阻止された。
「師匠、見えました」
一同の前方に目指す地点、小山が半円状に並ぶ小さな盆地が見えてきた。レザーベインが足を止め、勢いを利用しつつ体を捻ってガイキルスを投げ飛ばす。ガイキルスは背中から盆地の中心に墜落、轟音と土塊が噴き上がる。
間髪いれずに盆地の出口を封鎖する無数の車両。ピグキャリバー戦車やメーザー戦車、推進弾頭積載車といった、レグキャリバー登場以前の主力兵器群だ。《財団》とヘルヴィムに残存する全ての兵器が、ガイキルスへと集中砲火を構える。
しかし、落下の衝撃でガイキルスを縛る有刺鉄線が変形していた。飛び起きたガイキルスは楽々と有刺鉄線を引き千切る。ガイキルスが包囲網突破の構えを見せて、しかし喉から出てきたのは苦痛の声だった。ガイキルスは鼻っ面に皺を刻んで頭を振るう。
その一瞬が勝負の分かれ目となった。
「今だぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ゼヒナスの怒号が走り、ガイキルスに一斉砲火が浴びせられた。ピグキャリバー戦車が炎や氷や電撃を放ち、メーザー戦車からの光線が飛び、推進弾頭が尾を引いて殺到する。足元で大型地雷が弾け、ガイキルスを攻撃の嵐が呑みこむ。
旧型兵器と言えど、単純な火力だけならヘルヴィム機兵団八機分をゆうに上回る攻撃力だ。しかし再生怪獣という動く標的には簡単に避けられてしまうため、レグキャリバーの登場によって徐々にその数を減らしていったのだ。
この最大火力による最初で最後の一斉攻撃を確実に食らわせるためには、ガイキルスを逃げ場のないこの場所へ追いこむことが必須だった。
しかし、ガイキルスが先刻見せた苦痛の反応はなんだったのだろう? ゼヒナスは首を傾げて、はたと気付いた。
「まさか、ミザリィか?」
「はい。ガイキルスとの精神同調を利用して、集中力を阻害してもらいました」
ゼヒナスは素早く周囲を確認。遠くを走る車両が見えた。
車両の運転席にはシルヴィナが座り、助手席にはミザリィの姿がある。シルヴィナの分析のオールトによって、車両はガイキルスの攻撃射程ぎりぎり外側を維持していた。
完璧な精神同調を果たすには遠すぎる距離だが、それでいい。完璧な精神同調を求めたのならミザリィは再びガイキルスに操られてしまうだろう。だが、今は戦闘中だ。ガイキルスにすればミザリィを乗っ取っている余裕はないし、逆にミザリィにしてみれば精神に割りこんで思考を阻害するだけで充分なのだ。
「それもお前が考えたのか?」
「そうですけど、それがなにか?」
ゼヒナスは苦い顔をした。年長者で経験豊富な自分を差し置いて、次から次へとどんだけ機転が利くんだと。
ゼヒナスは苦々しい顔のままで集中砲火を眺めていた。炎の緋色が緋色に塗り潰され、混ざり合って黒になる。ガイキルスは黒一色に完全に呑みこまれて姿さえ見えない。
やがて砲撃部隊の攻撃が散発的になり、オールトが枯渇して、完全に止まる。
それでも黒煙がすぐに晴れることはなかった。周囲の小山よりも空高く立ち昇った黒煙は、巨大なキノコのようにも思えた。
それは全ての生物を根絶やしにする破壊の光景だ。ガイキルスを囲んでいた小山は山肌が削れて草木の一本もなくなり、ただの土の塊となっていた。地面は抉れて陥没し、そこら中にほんの数分前まで平和に暮らしていた鳥獣の屍骸が散らかっている。
「やったのか?」
ようやく追いついてきたスティルメンとアイラザインが二体の横に並んだ。
全ての生命が固唾を呑む中で、巨大な黒煙がゆっくりと晴れていく。最初に現れたのはガイキルスの顔。その瞳からは光が失われている。黒煙が晴れるに従って、大地に膝を折り、力なく沈黙した全身が露となる。




