伸ばす手①.5
ユーリテスの教会は《財団》と《ザンダ一味》、それにヘルヴィム戦力の合同対策本部となっていた。三勢力の人員が慌ただしく行き交い、報告に書類に怒声が飛び交う。
三勢力の中心に設置されているのは巨大画面。画面の中では、今まさにガイキルスとの激突が始まろうとしていた。
「師匠……」「ゼヒナス……」「お父さん……。オービットさん……」「先生……」
アディシアが、ミザリィが、シルヴィナが、そしてリーゼリアが、それぞれの想いを胸に画面を見つめていた。
その他の人々も、小さな時間を見つけては固唾を呑んで画面を凝視する。
ヴェネンニアが腕と肩当てと畳まれた主砲の全砲門を開き、砲撃の嵐を見舞いながらガイキルスに接近していく。
合わせてスティルメンとアイラザインが左右に展開し、アイラザインがメーザーとフィンガーミサイルでヴェネンニアを援護、スティルメンが機動力を活かした一撃離脱でガイキルスに突っこんでいく。
全ての砲撃と剣戟を一身に浴びながら、ガイキルスもヴェネンニアへと歩を進める。背中からは生体推進弾頭が空中を泳ぐ魚の群となって次々と射出され、スティルメンとアイラザインを牽制。大地を抉る爆発が連続する。
接近するガイキルスから岩石流が吐き出され、ヴェネンニアが砲撃を続けつつ横移動。追いかける岩石流が扇状に全てを呑みこみ、岩石地帯を広げていく。ユーリテスが一夜にして岩山と化したのも納得できる光景だ。
ヴェネンニアは小山の後ろに回りこみ、遮蔽物にして岩石流を防御。ガイキルスは首を傾げた。目の前のヴェネンニアが急に姿を消したことが不思議だったらしい。
その隙をついてアイラザインの一斉砲撃がガイキルスの半身に殺到し、砲撃の合間を縫って接近したスティルメンが斬撃を叩きこむ。
ガイキルスがアイラザインに顔を向けたその瞬間、小山の頂上からヴェネンニアが飛び上がった。ヴェネンニアが両腰に手を伸ばし、新たに装備された二振りの剣を握る。翼を象った片刃の剣で、峰に沿って砲身の伸びる銃剣型の武装だ。鍔の部分には回転式弾倉のようにオールト・カートリッジが連なっていた。
ヴェネンニアは両手の剣〈サテライザー〉と腰の主砲〈ディザスター〉をガイキルスに向け、同時に引き金を引いた。迸った四条の閃光がガイキルスの右胸と左肩と右脇腹を貫通、ぽっかりと空いた穴から肉片と鮮血が零れ落ちる。ヴェネンニアの左右の剣から、それぞれオールト・カートリッジが排出された。
ここぞの好機にアイラザインが棘鉄球を射出し、しかしガイキルスの隻眼が禍々しく輝いた。ガイキルスは飛来する棘鉄球を回避、伸びきった鎖を摑み、引っ張ってアイラザインの体勢を崩す。
地響きを立ててガイキルスが突進し、アイラザインに体当たり。小山程度なら突き崩せるだろう力を身に受けて、アイラザインの巨体が宙を舞った。放物線を描いて落下していき、滑りこんできたヴェネンニアが受け止める。
その直後に二体を岩石流が襲った。ヴェネンニアは主翼と肩当てと副腕と迎撃武装を兼ねた絶対攻盾兵装〈ヘカトンケイレス〉で受けて防御。しかし押し負けて体勢を崩し、仰向けに倒れる。
ヴェネンニアにかかる影。跳躍し、天空に身を躍らせたガイキルスが、その超重量で押し潰しにきたのだ。オービットは障壁のオールトを何重にも展開。しかし怪獣人のゲザスとは比べ物にならない突進力によって、薄紙のように次々と破り捨てられていく。
それでもヴェネンニアが脱出する時間稼ぎにはなった。ヴェネンニアは機体の各所からオールトを噴き出させ、地上を滑るように脱出。
直後にガイキルスが落下。比喩ではなく地面が揺れ、逆様の土砂降りとなって土塊が天空に落ちていく。ガイキルスの口から悔しげな呻き声が漏らされた。
ヴェネンニアの無事に、誰からともなく安堵の吐息が漏らされた。
画面の中で繰り広げられる激突を見つめながら、アディシアは無力感に苛まれていた。自分はなんの役にも立っていなかった。一緒には戦えず、かといって他の役割があるのかといえばそうでもない。見守って、ただ突っ立っているだけだ。
手を伸ばせば画面の中の戦いに届きそうなのに、それがまるで別世界の出来事であるかのように遠かった。どんなにゼヒナスたちと一緒に戦いたくても、ここで身を寄せ合っている人々の助けになりたくても、自分にはなにもできないのだ。
「くそっ!」
アディシアの隣で、ミザリィが掌に拳を打ちつけた。
「ことの発端は私があいつに操られていたからなのに、私は私の不始末を始末することもできない。なんて不甲斐ないの!」
ミザリィも自責と自噴に苛まれていた。リーゼリアのこともあるが、なによりガイキルスと決着を着けることこそがミザリィにとってのけじめなのだ。それを他人の手に委ねて悠長に待っていられるほど、ミザリィは無責任でいられなかった。
「お父さん、オービットさん、どうか無事で……」
シルヴィナは胸の前で手を組んで、愛する二人の男の帰りをただ願っていた。
「先生の最後の作、存分に使ってください」
リーゼリアは師であり夫でもある亡きジョハンスとの絆を噛みしめるように呟いた。
ここにはそれぞれに力を持ちながら、それでもなお無力な女たちが集まっていた。
(せめて……せめてレグキャリバーがあれば私も戦えるのに……)
アディシアは強く強く、切に願った。そのときふと、アディシアの目が輝きを捉えた。ゼヒナスから渡された四千年前の先輩の形見が、胸元で強く光ったのだ。
その瞬間、アディシアの頭の中で、今までの会話や事象が次々と組み合わさっていく。
「あ、あーーーーーーーーっ!」
「ちょっ、なによいきなり?」
突然の大声に三人だけではなく、その場に詰めていた全員がアディシアに顔を向けた。当のアディシアはそんなこと気にせず三人に顔を向ける。
「ミザリィさん、シルヴィナさん、それにリーゼリアさん、私に協力してください」
アディシアの真剣な剣幕に、そしてその理由が分からず、三人は揃って首を傾げた。
「もしかしたら、師匠たちの手助けをできるかもしれません!」




