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伸ばす手①-②

「まさか、そんな経緯が……」

 オービットが語ったクレモンテンの暴走と《ザンダ一味》の真実は、俄かには信じられないものであった。

「しかし他ならぬ貴方の言葉、それが真実なのでしょう」

『ご信頼頂きありがたく存じます。

 ところで、我々は現在、ガイキルスに対する反攻作戦を準備しています。そこで提案なのですが、ガイキルスが眠りについている今の内に、ヘルヴィムの住民をユーリテスに避難させては頂けないでしょうか?』

「《ザンダ一味》の本拠地に、ですか?」

『ええ。ユーリテスの規模ならヘルヴィムの全人口を収容できます。加えてガイキルス自身を封じていた岩石に守られており、安全度も高い。避難先として申し分ありません。

 なにより《ザンダ一味》にかけられた誤解を解くため、そして人間と怪獣人の共存の一助のため、なにとぞお考えいただきたい』

 オービットは真剣に、そして真摯に頭を下げた。オービットの必死さを見つめていたヘムロックの頬が綻びる。

「オービット殿、変わられましたね。いや、ふっ切れたと言いましょうか? 以前の貴方だったら、有無を言わさず怪獣人など根絶やしにすると言っていたことでしょう」

『そうですね。いかに私の心が曇っていたか、それを気付かされたのです』

 オービットは晴れ晴れとした、夏の青空のように鮮烈で清々しい笑みを浮かべた。その笑みを受けてヘムロックも頷く。

「分かりました。貴方がそこまで言うのでしたら、私が必ずや皆を説得します」

『ありがとうございます』

「それに、今は人間と怪獣人で争っている場合ではない」

 ヘムロックは硬質の声で言った。

「二勢力が力を合わせなければ、古代怪獣という未曾有の災害の前に、なすすべもなく呑みこまれてしまうのですから」



 車両の一団が土煙を上げてヘルヴィムから去っていく。遠くに霞んでいくその後姿を見つめて、ヘムロックは安堵の吐息を吐き出した。

「ようやく住民の避難が完了したか……」

 しかし、本当の勝負はまだ始まってもいない。この段階で気を抜くのは緊張感に欠けると言わざるをえないだろう。ヘムロックは気合を入れ直すべくガイキルスを見上げて、

 ガイキルスの瞼が開いていた。ゆっくりと体が動き出し、天空へと伸びていく。ガイキルスが立ち上がるだけで轟音が響き、影が大地を黒く塗り潰す。

「くそっ! 目覚めが予定より早いだと!」

 ヘムロックは舌打ちした。打開策を模索するが、なにせ古代怪獣との遭遇など初めての経験で、しかも未曾有の出来事だ。有効策が出てくるはずもない。

 現場は緊張に包まれる。しかし、すぐにガイキルスの様子がおかしいことに気がついた。ガイキルスは虚空の一点を見つめたまま、一向に動きを見せないのだ。

 なにが起きたのかと、ヘムロックもガイキルスの視線を追って虚空を見上げる。ヘルヴィムを囲む巨大な壁、そこからさらに突き出した物見櫓の上に人影があった。

「よう、今さっき振りだな」

 物見櫓の上に立ったゼヒナスが、ガイキルスと平行の視線から語りかける。

「キュイイイイイイイイイイイイインッ!」

 ガイキルスから威嚇の声が放たれた。ガイキルスがゼヒナスに向ける視線は虫を見つめるそれではない。同格の生命体と認識して、危機感による恐怖と敵意を持った視線だ。

「そうさ、僕はお前を傷つけうる存在だ」

 比べるべくもない小さな体のどこに秘められているのか、ゼヒナスからはガイキルスと同等の威圧感、そして攻撃性が放たれていた。

「お前が僕を怖がるように、僕もお前が恐ろしい。いや、僕を含めた全ての人間がお前を恐れている。だから、僕たちは、どちらが死なない限り安心して生きられない! これはただそれだけの、単純な生存競争だ!

 ヴェネンニア!」

 ゼヒナスが天空へと指を鳴らし、背後から三つ首の怪鳥、飛行形態となったヴェネンニアが出現する。ヴェネンニアには新たに二枚の翼が増え、六枚翼の怪鳥となっていた。

 ゼヒナスが跳躍し、ヴェネンニアの猛禽の口腔に吸いこまれる。喉を通り抜けたゼヒナスはヴェネンニアの操縦席に着地。操縦席が膨らみ、さざ波となってゼヒナスの体を覆って、操縦席一体型の操縦服を形作る。

 ヴェネンニアは機体の後部からオールトの輝きを噴き出して急加速、機首からガイキルスに体当たりする。

「ちょっとそこまで付き合ってもらおうか!」

 ヴェネンニアが出力を上げ、ガイキルスが凄まじい速度で後退を始めた。鮫の背鰭となって土塊が巻き上がり、建造物を蹴散らして、地面に大河を刻んでいく。

 ガイキルスは尻からヘルヴィムの壁に激突。一瞬すら止まらずに突き崩し、ヘルヴィムから引き剥がされ、草原を一直線に駆け抜けていく。

 しかし、その速度が徐々に落ちていった。ゼヒナスが目を険しくする。

「ヴェネンニアの全出力でもまだ足りないのか? これじゃ予定地点には……」

「なにを腑抜けたことを言っている!」

 突如としてガイキルスを押す力が増した。ヴェネンニアの左右にスティルメンとアイラザインが加わり、三体がかりでガイキルスを押していく。

「今この場でこいつを倒さねば、必ず人間にも怪獣人にも多大な被害を及ぼす!」

「できるできないではない、やるしかないのだ!」

 三人の気迫がそのまま力となったかのように、ガイキルスが押しこまれていった。

 ガイキルスの胸郭が膨張。口から岩石流が吐き出され、三体は散開して岩石流から逃れた。しかしその代償として、ガイキルスが解き放たれてしまう。

 ガイキルスの背から突起が射出。皮膚の老廃物と分泌液から生成された生体火薬が推進剤となり、生体推進弾頭が炎の尾を引いて三体へと飛翔した。スティルメンが機動力で回避し、アイラザインが迎撃して撃墜し、ヴェネンニアが速度で引き剥がす。

「おおおっ、湧き上がれ、僕のオールト!」

 鈍色のオールトが怪鳥の全身を駆け巡り、ヴェネンニアが変形。新たに増設された二枚の翼が二振りの剣となって両腰に装備される。それに合わせて、首元の第三次改修型(Re3)の記載が第三・一次改修型(Re3・1)と上書きされていた。

「ギィアアアアアアアアアアアアアッ!」

「キュイイイイイイイイイイイイインッ!」

 ヴェネンニアとガイキルスの口から雄叫びが放たれ、双方が山岳地帯で睨み合う。

 ヴェネンニアとスティルメンとアイラザインが並び立ち、ガイキルスと対峙する。四体もの巨体が揃うと、周囲の山々がちょっとした坂程度にしか見えなくなっていた。

「どうやら力ずくはここまでのようだな」

「では、ここからの手はずは?」

「決まっている。ぶん殴って引きずっていくんだよ」

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