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獣の王③-③

「正確に言うならば、わたくしはこの女に寄生したガイキルスの精神体…………そうですね、〔怪獣思念体(かいじゅうしねんたい)ゴースト〕とでも呼ぶべき存在です」

「そんなことが可能なんですか?」

 懐疑的に呟くアディシアに、「理論上はな」とゼヒナスが答えた。

「怪獣人が再生怪獣を操る仕組みは、オールトの共振と非常に近い理屈だ。再生怪獣は絶命しているから問題ないが、休眠しているだけのガイキルスと同調した場合、より大きな精神によって支配されることはありえる」

「そのとおり。この女がわたくしの本体に近付いた折に精神を同調させ、寄生し、わたくしは本体の封印を解くために活動を始めました。この女に気付かれぬよう体を操り、そこのクレモンテンとバッハイグを引き合わせ、唆して利用していたというわけです」

 ゼヒナスは忸怩として舌を打つ。少し考えれば分かりそうなものだった。《財団》のクレモンテンと、《ザンダ一味》のバッハイグがどうやって繫がったのか? 橋渡しがいるとすれば、それは両者と関係のあるミザリィをおいて他にいない。

 だが、そんな考えは思いつきもしなかった。ミザリィへの信頼がそのまま仇となってしまったのだ。

 天井の一部が崩落。巨大な瓦礫がゴースト目がけて落下していくが、その体から溢れ出したオールトにも似た黒い輝きによって受け止められていた。

 いや違う。オールトに似た輝きではなく、オールトの輝きだった。ミザリィのオールトに受け止められた瓦礫が朽ちていき、跡形も残さず崩れ去る。

「怪獣人がオールトだと? しかもこのオールトは、私の部下を殺した……っ!」

「やはり、《財団》を襲ったのはミザリィが持つ瘴気のオールトだったか……」

 ゼヒナスは二度目の忸怩を呟いた。

「彗星因子を宿している以上、怪獣人にもオールトは存在するんだ。ただしほとんどの場合は肉体強化のみが行われて、ミザリィのように外部放出系のオールトは珍しい。

 僕は《財団》を襲ったオールトと、ミザリィのオールトが非常に近しいことに気がついていた。だけど恣意的に否定した。犯人がミザリィのはずないと思っていたからだ。僕があの時点で疑いを持っていれば……っ」

 岩山に走った亀裂も、岩山の崩落も、もはや止まらないところまできていた。万雷の破壊音に迎えられて、ゴーストが高々と両腕を上げる。

「さあ、わたくしが復活します!」

 岩山の外側が砕け、長大な尾が飛び出した。尾が一振りされ、《巌の頂》の上階を破壊。上階は刎ねられた首のように飛ばされて、地面に落下して粉々に砕け散った。

「さて、本体の復活と同時に、この女に宿した擬似人格であるわたくしことゴーストも消滅します」

 破壊の嵐の真っ只中にいながら、ゴーストは奇妙なまでにのんびりとしていた。瓦礫の降り注ぐ非日常の中で日光浴をしているような、非現実的な光景が広げられる。

 岩山の中腹が砕けて小振りな腕が、根元が砕けて太く逞しい脚が露となる。

「この数か月間はとても刺激に満ちていました。もとより本体であるガイキルスには高度な知性が存在せず、本能で行動する獣でしかありません。感情や情緒といった、この女の心を通して接する世界は非常に新鮮で、魅力的で、そして充実していました。

 ではなぜ、わたくしは充実した知性を捨ててまで獣の生き方を取り戻そうと躍起になっていたのでしょう? どんなに考えても、最後まで分かりませんでした……」

 その言葉を最後にゴーストは消えた。操り糸が切られたようにミザリィが倒れる。飛び出したゼヒナスがミザリイを受け止め、転倒を防ぐ。

「とりあえず逃げるぞ!」

 ミザリィを背負ったゼヒナスが廊下を逆走し、アディシアとリーゼリアを背中に乗せたサタンケルベロスが続く。

「私は避難の指揮を執る! 先にいけ!」と言い残したオービットと途中で別れ、四人は一気に屋外へと飛び出した。

「私は、私は…………《財団》の不正を暴いて救世主にっ!」

 叫ぶクレモンテンの頭上から大岩が落下し、その体を押し潰した。

「キュイイイイイイイイイイイイインッ!」

 岩山が完全に破壊され、怪鳥音にも似た再誕の産声が上げられる。

 現れ出でたのは二足歩行に長大な尾を持った怪獣だ。全身は岩のような茶褐色の皮膚に覆われ、背中に走った二列の背鰭の間には無数の突起を生やしている。左の瞼は閉じられていて、右の隻眼が爛々と輝く。


甲殻武装怪獣(こうかくぶそうかいじゅう)ガイキルス〕、復活の瞬間だった。


 ガイキルスは隻眼で周囲を睥睨。足元には《巌の頂》から脱出した人々が蟻のように群がっていた。こちらを見上げてくる恐怖と畏怖、憎悪と敵意の視線は、まるで無数の目を持つ怪獣のようにも思えた。

 ガイキルスが人間であったのなら、突き刺さる敵意に恐怖を覚えていただろう。

 しかしガイキルスはふいっと顔を背けた。人々からの恐怖と敵意を向けられながら、蟻の視線など考慮に値しないとばかりに歩を進める。左右に振られる尻尾は、四千年振りに自由を得てご機嫌だと言わんばかりだ。

 人々の負の感情を一身に浴びながら、ガイキルスは悠々と去っていった。



「まさかクレモンテン支部長がそんなことを!」

 生き埋めとなった生存者の救出もようやく終わり、オービットは生き残りの人々に状況を説明していた。信頼していたクレモンテンの裏切りに衝撃を覚える者、悲憤の涙を流す者、ガイキルスの恐怖から立ち直れない者と反応は様々だ。

 彼ら彼女らから少し離れた場所にゼヒナスとアディシア、それにリーゼリアとミザリィ、四人があった。

「リーゼリアさん、ごめんなさい……」

 自らがゴーストに操られていたと知ったミザリィは、開口一番にリーゼリアへ頭を下げた。膝を折って、地面に額を押しつける。

「私があいつに寄生されなければ、ジョハンスさんを死なせることはなかった!」

「では償って」

 氷水のような言葉が浴びせられ、ミザリィの肩が跳ね上がった。ミザリィの弁護をするべくアディシアが身を乗り出すが、その体をゼヒナスが制止する。

「あなたのせいではない、許すと言うことは簡単よ。そして、きっとそれが正しい。

 だけど、それではあなたが納得しない、私が納得できない! 頭では理解しているのよ。でも、どうしてもどうやっても、心があなたを許させない!

 だからあなたは、二度と私の前に現れないで!」

 一気に言ってリーゼリアは口を結んだ。ミザリィは顔を上げることができず、地面を見つめたまま体を震わせるばかりだ。

「……私への償いをする暇があるのなら、私以外の誰かを助けてちょうだい」

 冷たさに体を震わせるミザリィの背へと、不意に温かい言葉が降ってきた。ミザリィは思わず顔を上げる。

 リーゼリアは大粒の涙をぽろぽろと零して、顔をくしゃくしゃに歪めていた。表情を見られまいとするかのように両手で覆い隠す。

 二人は大丈夫だと一安心して、ゼヒナスはアディシアに顔を向けた。

「……ガイキルスを追っていった変態からの連絡は?」

「まだありません」

「……そうか」

 言って、ゼヒナスは落ち着けていた岩から腰を上げた。歩き出し、アディシアが続く。

 ゼヒナスが辿り着いた先はレザーベイン。ガイキルスの復活に伴って仰向けに倒されたそれの胸部に跳び乗り、操縦室の扉を開ける。

 操縦室の内部を覗いた途端、アディシアの瞳から自然と涙が零れた。操縦席に座っていたのは白骨。古代の戦士は死しても操縦桿を握り、命がつきるその瞬間まで戦い続けようとしていたのだ。

「おそらく、こいつはガイキルスの能力を利用してガイキルス自身を封じたんだ。手違いがあったのか、覚悟の上だったのか、レザーベインも一緒に封じられてしまった」

 自分を犠牲にしてでもガイキルスを封印した気高さに、死を覚悟してなお戦いを捨てようとしない勇猛さに、アディシアは透明な涙を溢れさせていた。

 ゼヒナスは手を伸ばして、白骨の胸元で光っていた胸飾りを摑んだ。ひょいっと放り投げてアディシアに寄こしてくる。

「もらってやれ。そいつも、後輩が受け継いでくれるんなら納得だろう」

 ゼヒナスはその場に大風呂敷を広げると、遺骨を一つ一つ丁寧に移動させ始めた。四千年の長きに渡る孤独な戦いを労うように、そして安らかな眠りを願うように。

 ふとゼヒナスの手が止まった。遺骨の最後の一つ、頭蓋骨を顔の真正面に見据えたまま動かなくなる。なにも訴えてこないはずの眼窩と視線を交わして、ゼヒナスは呟いた。

「分かっているさ。《ザンダ一味》と《財団》、バッハイグとクレモンテンとジョハンス、ユーリテスとレザーベイン、そして大勢の被害者。あいつはやりすぎた。

 僕があいつを止めてやる」

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