獣の王③-①
「しかし、クレモンテンの行動はどういうことだ?」
《巌の頂》への道中で、オービットは疑念を口にした。
「バッハイグとの内通が知られた足掻きだとしたら、ジョハンス殿を襲い、助手殿を連れ去る理由にはならない。キャリバーの知識を狙ってのものか?」
「そうだとしたらリーゼリアさんを人質に、ジョハンスを従わせるのが最善のはずだ」
「では、我々の糾弾に備えて人質を取ったとは?」
「だったら戦闘力のあるミザリィや弟子より、孤児どもを人質にするほうがいい」
「くそ! クレモンテンは一体なにを狙っているのだ!」
「おっと、どうやら回答時間は終わりのようだ」
ゼヒナスが議論を打ち切った。三人の目の前に、大地から突き出した巨大な牙にも思える《巌の頂》の巨影が見えてきたのだ。《巌の頂》は見る見る間にその存在感を大きくしていき、守衛たちの表情が読み取れるまでに接近する。
「あ! あれはオービットさん!」
「止まって下さい! 貴方にはクレモンテン支部長より、反逆の容疑で即時拘束の通達が出ています!」
「突っこめ」
ゼヒナスから黒く暗い声が吐き出された。
「僕に皆殺しさせたくなかったら、このまま突っこめ」
ゼヒナスの視線は濁りで底なし沼の色となっていた。剣の柄を握った手を、さらにもう一方の手で押さえつけている。いつまで殺意と憎悪を抑えていられるか分からない。
ゼヒナスの意を汲んで、オービットは障壁のオールトを前方で四角錐状に展開。防御壁を兼ねた攻城槍となって正門に突撃、扉を破壊して内部に飛びこむ。
《巌の頂》の廊下を駆けながら、サタンケルベロスもとい暗黒変態卿が首を回した。
「それで、俺はどこに向かえばいい?」
「可能性とするなら二つ。地下牢か、支部の最も奥まった場所にある講堂か……」
通路の左右から飛び出してくる守衛たちを障壁のオールトで跳ねのけ、サタンケルベロスの前足で蹴散らして、一向は《巌の頂》の奥へ奥へと進んでいく。
「で? 防御網が濃いのはどちらへの道筋だ?」
「……講堂だな」
《巌の頂》の頂点に位置する、講堂から遠く離れた貴賓客室。階下の騒動も近寄らぬそこに、荒々しい足音が駆けこんできた。
彼の役目は重大だ。《財団》にとって最も重要な協力者である人物に事態を知らせ、安全な場所まで逃がさねばならない。
「ぎゃ、逆賊の襲撃です! 早く避難を……」
勢いよく部屋の扉を開けて、そこで伝令は言葉を詰まらせた。部屋にいるはずの人物の姿がなく、いるはずのない人物の姿があったからだ。
「見たな!」
人物の両目が凶悪に輝いた。羽虫を叩き潰そうとする、温度のない殺意の視線だ。
「えっ? なんでお前がここに? あのお方は?」
伝令の混乱は増すばかりだ。しかし混乱した頭の中で、いるはずの人物といるはずのない人物の瞳が重なる。いるはずのない人物の傍らには、いるはずの人物の装束が無造作に放り投げられていた。
「まさか、貴様があのお方なのかっ?」
ありえないという風に伝令が後退する。混乱と動揺は恐れとなって伝令の体を駆け巡った。伝令の舌と足はもつれ、心臓が凍りつく。
「ひっ! たっ、助け」
恐怖と混乱のままに伝令は部屋から駆け出し、追いかけるように伝令の胸から五指が飛び出す。伝令の背中に人物の五指が突き刺さり、背骨と心臓を破壊して胸から抜けた。さらに人物からオールトにも似た黒い輝きが溢れ、伝令の体が骨も残さずに腐り果てる。
人物は装束をまとい、腐肉の塊を踏みつけて、颯爽と廊下を歩き始めた。
「さて、そろそろ種明かしの時間と参りましょうか」
「おやおや皆さん、随分とお早い到着ですね」
講堂では柔和な笑みを貼りつけた紳士、クレモンテンが三人を待ち構えていた。
「生憎と、今の僕なら雷ですら殴り殺せそうでね」
「それは心中お察し申し上げます」
ゼヒナスは舌打ち。どこまでも食えない男だ。社交辞令めいた礼儀正しさと柔和さで、一切の本音を隠した様が不気味さを漂わせている。
両手の剣と視線を油断なく構えたまま、ゼヒナスは擂鉢状の講堂を下っていく。
クレモンテンは講堂の中央に陣取り、傍らには捕らえたリーゼリアが跪かされていた。出入り口は背後の大扉一つ、その先の廊下で暗黒変態卿が追っ手を塞いでいる。講堂の隅の柱にはアディシアが縛りつけられ、そちらにはオービットが向かった。
一見してクレモンテンが追い詰められた形だ。だからこそクレモンテンの余裕が理解できない。
「ゼヒナスさん、先生は……あの人は無事ですか?」
リーゼリアは懇願するように叫んだ。しかしゼヒナスの口から言葉が出てくることはなく、それだけで最悪の結果を理解してしまう。
「……そんな……」
リーゼリアは顔を俯けて嗚咽を漏らした。両目から溢れた涙が頬を濡らす。
ゼヒナスは視線を横に滑らせた。アディシアの拘束を解いたオービットが頷く。
「クレモンテン、貴様はなにを企んでいるのだ?」
注意を逸らすべく、オービットがクレモンテンに語りかけた。
「私はね、救世主になりたいのですよ」
「救世主だと?」
しかしクレモンテンの返答はあまりにも意外すぎた。オービットの表情が固まり、ゼヒナスも歩みを止めてしまう。
「ええそうです。皆さんは異端審問の悲劇を知っていますか?」
それは数日前にジョハンスがクレモンテンへの引き合いに出した事柄だ。
「あれは痛ましく、そしておぞましい事件でした。怪獣の実在を唱える研究者たちが、社会の混乱を煽っているという理由によって教会の異端審問に処されたのです。殺害数や狂信性から、現代の魔女狩りとも揶揄されている大虐殺でした。
そしてあの異端審問で処刑された中に、私の母親もいたのです」
「それで? 教会への復讐でも考えているのか?」
「いいえ、違います。当時の私は異端審問が正しいことだと信じて疑いませんでした。なにせ母を罰したのは、他ならぬ教会の人間である父だったからです。私は幼いながらに、母は悪であったから罰されたのだと、そう妄信していました」
淡々と過去を語るクレモンテン。追憶を見つめるその瞳からは、なにを考えているのか窺うことはできない。
「しかし突然、それこそ降って湧いたように怪獣の実在が知らしめられました。当時の反響と混乱、なにより教会への掌返しと糾弾は凄まじいものでした。そして自分が間違っていたことを突きつけられ、なにより最愛の母を自らの手で殺めてしまった父は、絶望して自害しました」
言うなればクレモンテンは二重の被害者だったのだ。一人の人間の価値観を変え、大それた計画を考えさせるには充分すぎる理由だ。
「ですから、私が《財団》に加入したのは真実が知りたかったからです。どうして母は殺されてしまったのか、どうして父が自害する羽目になったのか。なにが正しくて、なにが間違っているのか。その全てに納得したかったのですよ。
……ですが!」
クレモンテンが突如として豹変した。両目が見開かれ、鬼のような形相を浮かべる。
「真実を知っているはずの《財団》ですら、真実を隠蔽する側でした。ですから私は、全ての真実を白日の元に晒します。怪獣人が人間である事実をね」
「馬鹿な! 今の世情でそんなことをすれば、混乱と疑心暗鬼が起こるだけだ!」
「だからなんです?」
クレモンテンは考慮にも値しないという調子でオービットの反論を払いのけた。
「真実こそが唯一絶対の正義なのです! ならば真実を隠している《財団》は悪! だからこそ私は《財団》を滅ぼし、全ての真実を白日の元に晒します。これを救世と呼ばずしてなんと呼びましょう!」
クレモンテンの理論は滅茶苦茶だ。オービットが指摘したように、クレモンテンの計画は混乱と疑心暗鬼を招くだけだ。それは彼の両親が死した経緯を再現することに他ならない。
クレモンテンは両親の死を再発させないために、両親が死ぬことになった状況を再現すると言っているのだ。
クレモンテンはもはやゼヒナスたちを見てもいなかった。夢見るように語り続ける。
「そして私が正義をなすための力が〈G〉、《彗星戦役》でも有数の能力を持ったレグキャリバー〈ガイキルス〉です」




