悪意の凶刃⑤-②
一瞬の呆然ののち、バッハイグは瞬時に好機を悟った。弾かれたように両腕が動く。
「ミザリィ! とにかく避けまくれえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!」
ミザリィを間に挟んだまま、ゼヒナスとバッハイグの刺突合戦が繰り広げられる。
「ひっ! きゃああああああああっ!」
ミザリィは悲鳴を上げて頭を庇った。飛び跳ねて足払いを避け、頭を下げて刺突をかわし、足を捌いて全身を動かす。
ミザリィの残像が踊り狂うその中を、剣戟の火花と激突音が乱舞する。火花が滝のように舞い落ち、悲鳴のように激突音が鳴り響く。得物での刺突に織り交ぜて上、中、下段蹴りが応酬され、鈍い音が連続する。
機を見てゼヒナスのオーロラ・ファングが放たれ、ミザリィが上体を反らして、バッハイグが伏せる。お返しとばかりに超低空から四角錐の砲弾が放たれ、ミザリィが飛び跳ねて、ゼヒナスが剣で破壊する。
「いやっ! ちょっ! もっ! 無理! 死ぬ! 死ぬ! 死んじゃうから!」
涙混じりに二人からの攻撃を避け続けるミザリィ。その様は死の舞踏にも思えた。
誰もが(これは新手の苛めなのだろうか?)と首を傾げたところで、均衡が崩れた。バッハイグの突き出した短剣が岩石をまとって伸長、ゼヒナスの回避速度を上回って右の肺を貫く。ゼヒナスの口から滝のような鮮血が溢れた、そのときだ。
「えいっ」
気の抜けるかけ声とともに、ミザリィの拳がぽこんとバッハイグの横っ腹に入った。
バッハイグの瞳がぎょろりとミザリィに移動して、その眼光が凶相ごと掻き消える。
音は間抜けだが、怪獣人であるミザリィの腕力は凄まじい。バッハイグの全身が腹部に引きずられるようにふっ飛ばされ、受身も取れぬまま背中から石壁に激突した。背骨が砕け、内臓もいくつか破裂しているだろう。
「……て、てめえ……っ!」
「えっ? あれ? 攻撃して、よかったんだよね?」
ハッバイグの憎悪を浴びて困惑を見せるミザリィ。その横をゼヒナスが駆け抜ける。
「一応聞いておくが、なんで攻撃していいと思った?」
「ゼヒナスを苛めたから?」
「だと思ったよ!」
ゼヒナスが体重を乗せた刺突を放ち、飛び起きたバッハイグが短剣で受け止める。
金属の断末魔が響き渡った。ゼヒナスのスペシュシュラスが朱天道を粉砕。刺突は止まらずバッハイグの左拳を破壊し、腕を逆流して、肩まで突き抜ける。
さらにゼヒナスの左腕とバッハイグの右腕が交差し、ギラーティアがバッハイグの右肺を貫いて背中から抜け、蛇の剣となって翻り、左肺を背中から貫通。紅蛍がゼヒナスの左脇腹に突き刺さり、外側に抜けて、胴幅の三分の一を輪切りにする。
ゼヒナスは肩からバッハイグに激突、剣を引き抜くと同時に傷口をさらに抉る。衝撃でバッハイグが後退し、しかし踏みとどまった。
そのときには、すでにゼヒナスが両腕に必殺のアッシュド・ホワイトを溜め終えていた。ゼヒナスの全身が秘技の発動に躍動する。
しかし技の初動ならバッハイグのほうが早い。技の態勢に入って身動きの取れないゼヒナスに、生コンクリートの刃が繰り出され、
バッハイグの右腕が宙を舞った。腕は空中で白骨となり、そして塵となる。
驚愕に見開かれた両目の横を通りすぎていく鈍色の球体。背後から飛翔してきて右腕を消し飛ばした攻撃の正体だ。
「そう、そいつは蹴りに隠して放っておいた一発だ。ここ一番の奥の手として、遠隔操作可能な伏兵を忍ばせておいたのさ!」
球体をゼヒナスが捕まえ、合算三発分のアッシュド・ホワイトが右腕に束ねられた。
「塵一つ残さず消え失せろっ!」
ゼヒナスの拳がバッハイグの腹部に埋没。内臓が次々に破裂し、背骨を粉砕。バッハイグの口から血反吐が吐き出される。
「……〈ホワイト・エンド〉」
バッハイグの体が真上に弾き上げられ、背中から天井に激突。破壊の力はそれだけでは収まらず、連続でバッハイグの体に叩きこまれていく。
どんな攻撃にも傷一つつかなかった天井の岩山にひびが生じた。ひびは瞬く間に亀裂となって岩山が砕け、バッハイグは背中で岩山に穴を開けながら上昇を続けていく。
強烈な光が一同の網膜を灼いた。ついにバッハイグが岩山を貫通し、外界の陽光が遺跡の内部に降り注いできたのだ。
天空へと投げ出されたバッハイグの体が強烈に発光。ゼヒナスのオールトがバッハイグのオールトを凌駕し、バッハイグの体が鈍色の輝きに包まれていく。
「そういえばお前、負けなしで奪い続けてきたとか言ったよな」
降り注ぐ陽光に照らされながら、ゼヒナスは涼しげな笑みを作った。
「そういう言葉は、千戦千勝の僕を倒してから言ってもらおうか」
「殺す!」
天空から怨嗟の言葉が降ってきた。今にも死に逝くはずの男が両目に敵意を漲らせ、牙を剥いて吼え叫んでいた。
「貴様ら全員、殺してやるぞおっ!」
殺意に満ちた断末魔を放つバッハイグが鈍色の輝きに呑みこまれ、そして消滅した。
全てを終えた溜め息を吐き、ゼヒナスの体が傾斜した。ゆっくりと地面に倒れていく、その途中で柔らかい感触が顔に当たった。ゼヒナスが目だけ動かして確認すると、ミザリィのふくよかな胸がゼヒナスを受け止めていた。
「すなまん……ちょっと……疲れた……」
ゼヒナスの生命力であるオールトは枯渇寸前、今にも昏倒してしまいそうだった。
「だけど、その前に……」
「……分かってる」
ゼヒナスはミザリィに肩を貸されながら、アディシアのところまで歩いていく。
アディシアの容態はかなり悪い。覚醒者でもないアディシアはオールトによる回復力もたかが知れており、自然治癒力だけでは血が止まらず、失血死は確実だ。
ゼヒナスは迷わず自分の手首を切った。流れ出る血がアディシアの傷口に注がれ、血の流れに乗ってゼヒナスのオールトがアディシアに受け渡されていく。ゼヒナスはなけなしのオールトを、アディシアを助けるために使い果たす。
生気を失っていくゼヒナスの肩を支えながら、ミザリィは頬を膨らませた。
「……ちょっと、妬いちゃうな」
アディシアの息遣いが安らかになり、出血が止まった。ゼヒナスはようやく自分の傷口を塞ぐと、そのまま崩れ落ちるようにミザリィに腕の中に顔を埋める。
「悪い……寝かせてくれ……」
言葉の最後は呂律が回らなくなっていた。ゼヒナスはすぐに睡魔に誘われていく。寝息を立てるゼヒナスの寝顔は、子供のように安らかだった。




