悪意の凶刃⑤-①
「……………………は?」
バッハイグの口から出された言葉に、オービットは呆然として動きを鈍らせてしまう。その瞬間を狙いすまして、バッハイグは至近距離から四角錐の砲弾をオービットに見舞った。砲弾は障壁のオールトを薄紙のように突破し、オービットをふっ飛ばす。オービットは背中から壁に激突し、地面にずり落ちていった。
「貴様、今の言葉はどういう意味だ?」
全身を血に染めて、息も絶え絶えになりながらオービットが口に開いた。
バッハイグは舌打ち。疑問をぶつけられたことよりも、オービットが一撃で死ななかったことが苛立たしい。
「そのままの意味だ。怪獣人の正体は、彗星因子によって人間が変貌した姿なんだよ」
オービットは硬直した。ザンダもだ。バッハイグの言葉を否定することは簡単だ。しかしゼヒナスとシルヴィナの表情は、その言葉が真実であると如実に語っていた。
「少しばかり考えれば分かることだろ? 怪獣人が古代怪獣の末裔だとするなら、怪獣人はこの四千年間どこに隠れていたと言うんだ? 一度も目撃情報がないのをどう説明する? 近年になってぱっと現れたと考えるほうが理に適っているじゃないか」
怪獣人の出現頻度は人口密度に比例する。この事実だけでもバッハイグの言葉を、人間が怪獣人化していることを肯定していた。
「この事実は《財団》でも限られた人間しか知ることのない、いわゆる最高機密というやつだ。どうやら貴様は、《財団》に信用されていないようだな」
言われてみれば、バッハイグの指摘はもっともだ。怪獣人を憎んでいる自分が真実を知ればどんな行動に出ていただろうか? 芳しくない結果になっていたのは明白だ。
だが、人間や怪獣人が共存するこの《ザンダ一味》や、人間も怪獣人も区別なく接するゼヒナスに会って、オービットの考え方は少しだけ変わった気がする。だからこそ動揺するだけですんでいた。
「妙、だな」
それぞれが衝撃に打たれるなかで、ゼヒナスはぽつりと口を開いた。
「お前の口振りは、まるで《財団》の誰かに教えられたと言っているようだ」
バッハイグは口を挟まない。ゼヒナスは疑問を続ける。
「そもそも今回の一件自体が腑に落ちなかった。お前の乗っ取り計画とやらは《財団》と《ザンダ一味》が激突して、踏みこんで言うなら《財団》が討伐作戦に乗り出して初めて成立するものじゃないのか?」
ゼヒナスの弾劾の視線がバッハイグに注がれる。
「それに、だ。この件に《財団》の中枢部がかかわっているのなら、討伐作戦が行われること自体ありえないんだよ」
「どういう意味だ?」
「《ザンダ一味》に新しくミザリィって怪獣人が入ったはずだが、彼女は《財団》の秘密内偵員だ」
あまりにも突飛なゼヒナスの告白に、バッハイグを抜かす全員の表情が固まった。
「なにを馬鹿なことを! 怪獣人への対抗組織である《財団》が、当の怪獣人を擁するはずがないだろう!」
「そう考えているのは世間や、お前のようにあとから《財団》に加入した連中だけだ。数日前に《巌の頂》の支部長さんが言っていたが、《財団》が積極的に諸国や諸組織に加盟を促している事実はない。『怪獣人への抵抗』っつー指標は、そういうあとから勝手に入ってきた連中が勝手に言いふらしているだけなんだよ」
オービットは呆然として、ゼヒナスの言葉に耳を傾けていた。
「《財団》本来の活動内容は怪獣への対抗戦力構築と、並行して起こるだろう偏見と敵意から怪獣人を守ること。そして、最終的には人間と怪獣人の共存だ。
だから、ミザリィが正常に報告を上げているのなら、《ザンダ一味》が攻撃を受けるはずないんだよ」
どれほどの時間が経過したのだろう。耐えられなくなったように、バッハイグの口から「くっ……」と声が漏れた。
「くっくっ、くあはははははははははははははっ! そうだよ、そのとおりだ! 俺の共犯者は《財団》の人間だよ!」
バッハイグの口から出てきたのは笑い声だった。他者を見下し、嘲る哄笑だ。
「憎悪で目が眩んでいる連中は盲目的でいいねえ! こちらから騙さなくてもいいように動いてくれるんだからな!」
哄笑を吐き続けるバッハイグも眼中になく、オービットは震える拳を握り締めた。
「これほど大規模な計画を独断で実行できる人物など、一人しか心当たりがない」
騙されていた。オービットの胸中はその感情で一杯だ。失意や疑念、忸怩や羞恥、そして憤怒と敵対心が渦巻く。
「おのれ、許すまじクレモンテン!」
「おっと、今は目の前の厄介ごとを片付けるのが先だ」
ゼヒナスの声に促されて、オービットはようやく目の前の敵を思い出した。
「弟子の具合もあるし、なにより弟子を傷つけられてちょっと怒り気味だ。悪いけど手加減できそうもない」
「そうか。それじゃあ、俺は貴様らが一向に死なないから内蔵が煮えくり返っている。健康に悪いから、早く死んでくれよ」
言い終わらぬ内に二人は激突していた。二振りの大剣と短剣が火花を散らし、ゼヒナスは後ろに、バッハイグは上に弾かれる。
バッハイグの顎裏が覗き、体が後方回転。跳ね上がった爪先が大鎌の弧を描く。ゼヒナスは顎先を掠められつつ蹴りを回避し、即座にその場から脱出した。バッハイグの後転に連動して、背中に回されていた両腕がゼヒナスを正面に捉えたのだ。
短剣が横薙ぎされ、生コンクリートの刃が空中を駆け抜けた。ゼヒナスの左上腕が切り裂かれて血を噴き、公園の敷地を横切って民家の壁を切断する。
入れ替わりに蛇の剣となったギラーティアがバッハイグに飛びかかった。蛇の剣が二十倍にも三十倍にも伸びてバッハイグを追いかけ、一度地面に潜ってからの奇襲によってバッハイグの左腕を肩口で切断。
しかし執拗な追跡が命取りとなった。ゼヒナスが防御を疎かにした瞬間を逃さず生コンクリートの刃が放出され、二度めの負傷によってゼヒナスの左腕が完全に切断される。
ゼヒナスとバッハイグは跳躍し、空中で得物を振るう。ゼヒナスが振るった大剣をバッハイグが短剣で防御し、反撃の中段蹴りが弧を描く。同時にゼヒナスの上段蹴りが繰り出され、危機感を覚えたバッハイグは体勢を崩しつつ回避。ゼヒナスの脚は分解のオールトによって鈍色に輝き、さらに蹴りに連動させてアッシュド・ホワイトを放っていた。逃げ遅れた帽子が分解されて塵となる。すでに二人の出血は止まっていた。
着地した二人は右腕を空中に伸ばし、落下してきたそれぞれの左腕を摑む。肩と左腕の断面を密着させると、蒸気を上げながら傷口が接合。数秒も経たずに指を開閉させて具合を確かめる。
そんなにも無茶な再生を何度も繰り返せるはずがない。ゼヒナスとバッハイグは肩を上下させ、全身を氷のような汗で濡らしている。生命力たるオールトの急速消費を続けて、二人は急激に消耗していた。
二人は間合いを保ちつつ横移動。それぞれの呼吸を読みながら公園の端まで移動して、
「ふえーん! ここどこなのよー?」
場違いなまでの泣き言が二人の間に飛び出してきた。桃色の瞳が二人を目にした喜びと、瞬時に疑問を浮かべる。
「あれ? うそ? ゼヒナス? で、バッハイグと戦っている? えっ? なんで?」
「ここでミザリィかよっ!」




