悪意の凶刃④-①
ロガードが拳を突き出し、オービットが剣を寝かせて受け止める。
ロガードは左右の連続突きから左の上段蹴りへと繫げ、そこから変化させての踵落とし、さらに毛針から貫手と、暴風のような連続攻撃を放ってきた。オービットは素早く剣を左右に振って拳を払い、体を捌いて上段蹴りをやりすごし、続く踵落としも後方に一歩退いて回避。毛針の豪雨を障壁のオールトで防ぎ、貫手に剣を交差で合わせ、両者の首筋から血が噴き出た。
「早くくたばれよ! あいつを殺さないとボクがお頭に殺されるんでね!」
「案ずるな。貴様らはここで、私たちに成敗されるのだからな!」
ロガードの金切り声を、オービットは優越の笑みを浮かべて迎え撃った。
「お頭やあの男ならともかく、キミ如きがボクを殺せるものかよっ!」
激高したロガードの拳がオービットの顔面に繰り出され、オービットは体を回転させて回避。即座にロガードの側面に回りこみ、伸びきった腕に剣を振り下ろした。上腕で切断された右腕が宙を舞い、ロガードから獣の叫びが上げられる。
焦燥に身を焼くロガードの攻撃は、目に見えて単調になっていた。
「なるほど、納得だ。確かに貴様は怪獣人で、腕っ節だけならあの裏切り者を抜かせば誰よりも強いだろう。だが、貴様にはザンダのような覚悟もなければ、彼女のような芯の強さもない」
ロガードが一歩下がったのと入れ替えにオービットが前進。隼のように剣を連続させ、ロガードの胸に何重もの裂傷が刻まれる。
「貴様は獣だ。より強い力に怯えて言われるがままに行動するだけの、ただの獣だ。獣では人間の持つ心の強さには勝てない」
キロペッコルが回転、竜巻のような渦となってアディシアに飛びかかってきた。
アディシアは銃剣を立てて受け止めるが、防御の外から残り三本の手足がアディシアを切りつけてくる。体中を走る激痛で頭が爆発しそうだ。
「お嬢さん、無駄な抵抗はよしてさっさとお死にになって下さいな!」
キロペッコルは歪んだ喜悦の笑い声を上げながら、四肢をやたらめったら振り回してアディシアを追い詰めていく。一挺の銃剣だけでは四肢からの攻撃を防ぎきれず、アディシアの全身は見る見る血に染まっていった。
アディシアが反撃で繰り出した斬撃も右手で弾かれ、キロペッコルの左腕と左脚が右の上腕と太腿をばっくりと裂いて滝のように流血。さらに続く左の後ろ回し蹴りが太腿の傷に交差し、アディシアの膝が崩れた。
「それでは、これにてお仕舞いでございます!」
頃合いと見なしたキロペッコルが跳躍し、抱きつくように四肢を閉じてくる。しかしキロペッコルは見逃していた。アディシアの瞳から戦意が消えていないのを。
「やられるかーっ!」
気勢を上げたアディシアが銃剣の刃と銃床でキロペッコルの左腕と左脚を、生成した鋼の短剣で右脚を防御。頭を狙ってきた右腕を、首を傾けて回避する。
「まだまだ美味しい物を一杯食べたい! オシャレして街を歩きたいし、女友達と楽しくお喋りだってしたい! カッコイイ男の子と恋だってしたい! うら若き乙女の底力を舐めるなーっ!」
「なっ! なにをしやがったでございますかっ!」
キロペッコルから狼狽の叫びが吐き出された。
ゼヒナスのオールトとバッハイグのオールトが反発し、閃光が百雷となって弾ける。
ゼヒナスが大剣を横薙ぎし、バッハイグが左手の短剣で大剣を防御。バッハイグの右脚が槍のような連続蹴りを繰り出し、ゼヒナスは両手の剣を交差して連続蹴りを防御、攻撃が緩んだ一瞬の隙を突いて瞬時に交差切りを放つ。
バッハイグの両腕が左右に開いて交差切りを外側へと弾き、上段蹴りがゼヒナスの喉を狙う。ゼヒナスの頭が頭髪の尾を引いて下降し、逃げ遅れた後ろ髪が宙に舞った。
頭を下げたゼヒナスはさらに上体を前方に倒し、前転からの踵落しをバッハイグの脳天へと振り下ろす。バッハイグは両腕を交差して踵落しを防御、同時にゼヒナスの口から苦痛の呻きが漏れた。
バッハイグは頭上からの攻撃を防御しながら、ゼヒナスの脇腹に蹴りを見舞っていたのだ。折れた肋骨が肺を傷つけ、ゼヒナスの鼻腔から鮮血が流れ落ちる。
しかし、無茶な攻撃はそれだけ大きな隙を見せることでもあった。咄嗟に身を捻ったゼヒナスが大剣を横薙ぎし、かわしきれずバッハイグの胸に横一文字の裂傷が刻まれる。
二人は攻防を繰り広げ、流血しながら、公園の敷地を縦横無尽に駆けていく。ゼヒナスが光の剣を振るえばバッハイグが岩石で防御し、バッハイグが生コンクリートの刃を放てばゼヒナスが蛇の剣で応戦する。
両者は常にオールトの輝きを発し、拳の一発一発が戦車砲の速度と威力に、防御の一手一手が城砦の堅牢さになっていた。瞬間回復の連続で常に体から蒸気を噴き、放出されるオールトの余波で烈風が吹き荒れ、公園を囲む石壁に亀裂が生じ、地面が抉る。
「これはもはや、人間同士の戦いではない……」
二人の戦いを見守っていたザンダはごくりと喉を鳴らした。目の前で繰り広げられている光景の凄まじさに圧倒され、恐怖し、畏怖していた。
「怪獣だ。あの二人は人間の姿をした怪獣だ……!」
ゼヒナスの足が止まる。ゼヒナスは視線を下げて確認。膝下に浴びせられた生コンクリートが瞬間乾燥して、ゼヒナスの足を地面に接着していたのだ。ゼヒナスは足に大剣の刃を添えてオールトを強化。バッハイグのオールトを上回り、コンクリートが分解されて足が自由を取り戻す。
その一瞬の停滞を突いてバッハイグは必殺の一手を放っていた。両腕がゼヒナスに突き出され、呼応して二振りの短剣から超高圧の生コンクリートが槍となって放出される。
射出口を窄めれば、必然的に水圧と速度は跳ね上がる。同じ原理で放出された生コンクリートの槍は、先ほどまで放たれていた砲弾や刃の比ではない速度、そして貫通力を誇っていた。それはまるで一直線に飛びこんでくる一筋の流星だ。
しかし、ゼヒナスはバッハイグ渾身の攻撃をやすやすと回避していた。にやりと口の端を歪める。
「ばーか。僕は光線を放つ相手とも戦ったことがあるんだ。奇襲でもなければこの程度の速度、あくび混じりで避け、られ……」
ゼヒナスは最後まで言うことができなかった。バッハイグの顔には特大の悪意が満ちていたのだ。
「誰が貴様を狙ったと言った?」
言われてゼヒナスは気がついた。弾かれたように後方を振り向く。




