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悪意の凶刃③-③

 バッハイグが生コンクリートの刃を振るい、ゼヒナスの大剣が伸長。大剣と生コンクリートが二匹の蛇となって複雑な軌跡を描く。同時にゼヒナスは右手の大剣からオールトの三日月を放ち、バッハイグが岩石の三日月を放って、両者の間で相殺された。

 バッハイグは左手からコンクリートの四角錐〈グレイブ・スカッド〉を、右手から生コンクリートの円錐〈ブリアル・ハンター〉をそれぞれ連続射出。破壊力重視のコンクリートと、破壊困難な生コンクリートによる質量攻撃の二重奏は黄金の戦術だ。ゼヒナスは無様に逃げ惑う。

 四角錐は公園の敷地を横切り、短剣を握った巨漢に激突。四角錐は巨漢の背骨を破壊し、心臓を貫いて胸の中心から先端を飛び出させる。

「……へ?」

 巨漢の口から疑問とともに血塊が吐き出された。巨漢が傾斜し、地面に倒れる。

「お、お頭、一体なにをっ?」

 手下どもから揃って狼狽の声が上がるが、バッハイグの表情は些かも変わらない。

「貴様ら、もういらねえよ」

 うんざりしたようにバッハイグが吐き捨てた。さらに両腕から四角錐と円錐の砲弾が連続して放たれ、次々と自らの手下たちに着弾していく。

 四角錐のコンクリートによって腕や脚が千切れ飛び、胸や腹に大穴が空き、頭部が砕けて脳漿が飛び散る。

 円錐の生コンクリートが内臓を押し潰し、骨を砕き、首をへし折る。着弾の衝撃で死ななかった者たちも、瞬時に生コンクリートが凝固して顔にへばりつき、呼吸を行えずにもがきながら息絶えていった。

 阿鼻叫喚だ。オービットもアディシアも、ザンダもシルヴィナも、ロガードとキロペッコルでさえ、バッハイグの異常な行動に思考が麻痺して体が動かない。瞬く間に周辺は人間の面影すらなくした死体で埋めつくされた。

「お、お頭、なんでですか?」

 手下の一人がバッハイグの前に跪き、縋るように体を摑む。生コンクリートの刃が走って、その首が地面に落ちた。

「あ? 決まっているだろ? 貴様らが使えないにもほどがあるから、切り捨てることにしたんだよ」

 気がつけば、三十人もいたはずの手下は誰一人として生き残っていなかった。

「こんなに頭数を減らされちゃ、ザンダと《財団》の相打ちって証言に信憑性がなくなる。人数を減らされた時点で、貴様らの切り捨ては決まっていたんだよ」

 濃密な血生臭さに生理的嫌悪を覚えたように、バッハイグの鼻頭に皺が刻まれた。次いでバッハイグはロガードとキロペッコルに視線を向け、顎で促す。

「お前らは少々役立つから最後の機会をやろう。精々役立て」

 ロガードとキロペッコルから喉を鳴らす音が聞こえた。味方であっても、いや、味方であるからこそバッハイグが恐ろしい。心臓が凍りつくような、絶対的な恐怖に支配されて逆らえない。ロガードとキロペッコルは脂汗を浮かべ、歯を食い縛り、眼球を血走らせて、決死の表情を浮かべた。

 バッハイグの視線がザンダとシルヴィナに向けられる。

「これでお前らを足止めする抑止力はなくなった。逃げるんなら逃げていいぜ?」

 ザンダの頬を気持ちの悪い汗が伝う。得体の知れない恐ろしさが湧いていた。

「貴様、なにを考えている?」

「皆殺しだ」

 バッハイグの口は滑らかに動いていた。さも当たり前と言わんばかりに。

「もう乗っ取りは諦めた。だから、この遺跡にいる《ザンダ一味》と《財団》の連中を皆殺しにして、俺の痕跡を消す」

 バッハイグの視線は暗く、温度がない。近付くもの全てを呑みこむ底なし沼の視線だ。

「だから逃げろ。仲間を見捨てて、恥も外聞もなく逃げ出した無様で惨めな貴様らを追いかけて、追い立てて、背中に刃を突き立ててやるからよ」

「誰が逃げるもんですか!」

 しかしてシルヴィナはバッハイグの悪意に真っ向から立ち向かった。顔を青ざめさせ、体を震わせて、それでも毅然としてバッハイグを正面から睨み返す。

「こうなったら、意地でもあなたの最後を拝んでやるわ!」

「シルヴィナ、貴様は毎度毎度忌々しいんだよ!」

 シルヴィナに注がれるバッハイグの視線は苛立たしげな鋭さを帯びていた。憎悪と苛立ちが殺意となって、断頭台の刃のような禍々しい眼光となっている。

「手始めに、まずは貴様からぶっ殺してやる」

 バッハイグはあり余る憎悪のままに言い放った。殺害宣告を受けたシルヴィナは体を震わせ、唇をきつく噛む。それでもバッハイグを毅然と睨むのはやめない。

「させねえよ」

 その声は静かでありながら、とても力強かった。確固とした意志と信念を持つ声だ。シルヴィナを守る盾のように、ゼヒナスが両者の間に割って入る。

「見目麗しい乙女の前には怪物が待っている、ってーのが御伽噺の鉄則だろ?」

「貴様もか……。どいつもこいつも、俺に殺されたくて仕方ないらしいな!」

 ゼヒナスとバッハイグの視線が激突。視線にこめられたオールトが反発し、両者の中間で閃光が弾けた。感情の高まりに呼応して、両者からオールトの輝きが膨れ上がる。

「おおおおおっ! 湧き上がれ、僕のオールト!」

 ゼヒナスの全身から鈍色の輝きが溢れ出た。烈風が吹き荒れるような圧力が放たれ、大気が鳴動する。オールトの圧力だけでバッハイグがじりじりと押しこまれていく。

「な、なんというオールト量だ!」

 オービットは思わず喉を鳴らしていた。ゼヒナスを前にしているだけで脚が震え、喉が渇き、脂汗が体を湿らせる。ゼヒナスから放出されるオールトは、通常ではありえない領域に達していた。まるで一糸まとわず古代怪獣を前に立っているかのような恐怖すら覚える。

 目の前零距離の凶獣を前にして、それでもバッハイグの顔が嘲りに歪められる。

「噛み千切れ、俺のオールト!」

 対抗するようにバッハイグからもオールトの輝きが溢れ出した。その圧力はゼヒナスに勝るとも劣らず、劣勢を一気に均衡まで押し戻す。しかしその輝きはゼヒナスの清廉で無垢な鈍色とは違い、禍々しく毒々しい赤銅色。

「やはり、か」

 ゼヒナスは厄介さと忌々しさの等分された舌打ちを放った。

「お前も彗星因子の覚醒者だな……」

「彗星因子? 覚醒者?」

 耳慣れない言葉にオービットが聞き返す。

「オールトの泉やオールト領域とも呼ばれるオールトの発生源、それの正式な呼称を彗星因子と言うんだ。そして彗星因子の正体は細胞内部に住み着いた共存生命体、はるか古代にこの星に飛来してきた彗星怪獣ツアラプルの欠片だ」

 ゼヒナスの口にした内容に、アディシアたちは自分の掌をまじまじと見つめた。まさか自分の体の中に怪獣の一部が、それもこの星の生物ではない存在がいるなど夢にも思わなかった。

「この星でオールトを使える生物が人間しかいないのは、この彗星因子との共存に成功した生物が他ならぬ人間だけだったからさ」

 ゼヒナスの言葉を聞いて、オービットは驚愕ではなく確信の表情を浮かべた。

「貴様の持つ知識は、この世界の誰もが持っていないものだ。それは《月の欠片文明》の知識なのか?」

 ゼヒナスは険しい表情のまま頷いた。

「彗星因子の覚醒者はオールト量が桁違いに増加する。僕やあいつのようにな。

 そしてオールトは生命力だ。溢れ出るオールトが生命力として還元されることで身体能力が格段に向上し、肉体の老化が止まって寿命を超越する。強大な力と、それを活用しようとする悪意が合わさると、あいつのような怪物が生まれるってわけだ」

 ゼヒナスの宝石の視線と、バッハイグの底なし沼の視線が激突。ともに強固な意志を宿しながら、ゼヒナスの瞳は宝石のように力強く輝き、バッハイグの瞳は底なし沼のように暗く濁っている。

 バッハイグがぞんざいに手を振った。それだけで意を察したロガードとキロペッコルが、悲鳴じみた雄叫びを上げてゼヒナスへと突進していく。

 二人を見詰めるゼヒナスの視界に、二つの人影が飛びこんだ。

「あの二人は私たちに任せてもらおうか!」

 オービットとアディシアがロガードとキロペッコルに体当たり、ゼヒナスから引き剥がしていく。二人は全身を血で濡らしていた。雑兵や怪獣人との連戦を経て、無傷ではいられなかったのだ。

 思わず「やめろ!」と叫びそうになって、ゼヒナスは口を噤んだ。相対するバッハイグは別格だが、二人の怪獣人も決して弱くはない。と言うより、ゼヒナスやバッハイグが強すぎるから手頃な相手に見えているだけで、強敵であることは間違いない。

 しかし二人の顔には強い意志があった。死の危険を覚悟した上で強敵に立ち向かおうとする、気高く勇壮な決意だ。

 二人の気概を受けて、ゼヒナスはふてぶてしい笑みを浮かべた。

「いい面構えだ。絶対に生きて勝てよ!」

「貴様に言われるまでもない」

「ううう、正直、失禁しそうなほど怖いです。けど、やってやりますよー」

 ゼヒナスの双剣とバッハイグの短剣が激突し、剣戟による火花とオールトの反発による閃光が連続する。呼応するようにオービットとアディシアの得物と、ロガードとキロペッコルの四肢が激突音を響かせた。

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