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蘇る巨人③

「わざわざ出向いてやったんだ。そろそろ目を覚ませよ、ヴェネンニア」

 それは不可思議な現象だった。ヴェネンニアの両目に光が点ったかと思うと、胸部から異音が聞こえて、そこに扉が開いていた。

「な……に? ヴェネンニアが自分から動いただと? どういうことだ?」

 オービットの目には、ヴェネンニアが侵入者の呼びかけに応じたようにも見えた。だが、そんなことがあるのだろうか?

 侵入者の足が止まっていた。侵入者の前方に銃剣を構えたアディシアの姿がある。

「チェリエル君、君には荷が重い相手だ。私に任せたまえ!」

「で、できません!」

 オービットの制止に、しかしアディシアは頑としてその場を退かない。手は震え、舌はもつれて、見開いた両目は涙ぐんでいる。

 相手は自分など足元にも及ばない熟達者であるオービットを、さらに赤子の手を捻るように叩き伏せた怪物だ。恐怖しないほうがおかしい。

「私だって、実力を認められて雇われたんだ! ここで引き下がったら、私を信じてくれた人たちに顔向けできない! だから私は、絶対に諦められない!」

 それでも精一杯に恐怖を押しこめて、アディシアは毅然と侵入者に立ち向かう。

 アディシアの清くて健気な姿に、侵入者は「そうか」と微笑を零した。

「うあぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 気勢を上げてアディシアは侵入者に飛びかかった。誰もがアディシアの無残な痴態を想像して、

 しかして侵入者は、気安い調子でアディシアの頭に掌を置いていた。

「ま、次から頑張れ」

 健闘を労うように掌を二、三度上下させ、侵入者はアディシアの横を通り抜けていった。全身から力が抜けて尻を落とすアディシアを背に、侵入者は発掘作業用の足場を跳び渡ってヴェネンニアの胸部に移動。扉の内部へと消えていく。

「貴様がなにをしようと無駄だ。レグキャリバーが動くはずないだろう!」

 オービットの怒号を背後に聞き流し、操縦室に到達した侵入者はどかりと椅子に腰を沈めた。目を閉じ、巨人の内部に閉じこめられた古代の空気を胸一杯に吸いこむ。

「……ああ、懐かしい空気だ」

 侵入者が手を伸ばし、両脇から突き出た操縦桿を力強く握りしめる。

 ヴェネンニアの埋まる壁に亀裂が走った。亀裂は瞬く間に壁全体へと広がり、壁が崩壊。瓦礫と土砂と轟音が降り注ぎ、濛々とした白煙が雪崩となってその場を襲った。突風が倒れ伏した護衛たちに叩きつけられ、通路を支える鉄柱が軋み声を上げる。

 徐々に白煙が薄らいでいくと、人々は巨大な影が出現していることに気がついた。

 壁の内部で片膝立ちとなった巨人、ヴェネンニアの全容が明らかとなっていた。関節から駆動音を上げ、ヴェネンニアが軋んだ動作で立ち上がる。

 劣化した外装がミイラの皮膚のように剥がれ落ちていき、床に落下するたびに土埃が舞い上がる。頭部の反面が割れて人工眼の緑の光が零れ、外装の下に敷き詰められた電線や配管や機器といった内部構造が露出していく。

 立ち上がったヴェネンニアはさらに大きい。広間の天井に届いてしまいそうだ。背中には根元で切断されたような、奇妙な形状の翼を背負っていた。

「馬鹿な、レグキャリバーが動くだと?」

 オービットは驚愕の面持ちでその光景を見上げていた。

「総員、退避だ! 退避しろ!」

 オービットの号令が響く中を、恐怖の表情を貼りつけた作業員や護衛が逃げ惑う。

 ホタルゴケが赤く明滅して危険信号を発し、遺跡内は真っ赤に染まっていた。

 地の底から響く重い駆動音。ヴェネンニアの足場がせり上がっていき、広間の天井が開いた。外界から強烈な日光が飛びこんできて、網膜が白一色に灼きつくされる。

「さあ、オービットさんも早く退避を!」

 全裸の護衛に両脇を支えられながら、オービットは歯軋りした。

「レグキャリバー、これでは古代怪獣となんら変わらないではないか……!」

 見上げるオービットの視線は、恐怖と憎悪の対象を見るそれだった。

「……む? そういえば、チェリエル君はどこだ?」

 一方、地上に到達したヴェネンニアの前には雄大な光景が広がっていた。

 青一色の空と、対比するような砂色の大地。砂岩の峡谷が無数の雷となってヴェネリア遺跡の周辺を駆け巡っている。

 その峡谷が動いていた。谷間が右へ左へと移動し、回転して、一直線となる。

「やはり経年劣化が激しいな。本格戦闘どころか、いつ自然瓦解してもおかしくない」

 呟く侵入者の周囲、操縦室の画面は半数以上が砂嵐となっていた。さらに多数の計器が赤く明滅して危険値を訴えている。

 侵入者は落ち着き払った動作で警報を解除、にやりと口元を歪めた。

「だが、どうせぶっ壊すんだ。問題ない」

 ヴェネンニアの動力残量が急上昇。遺跡の地下で生き残っていたオールト・ジェネレイターからの供給によって、ヴェネンニアに仮初めの鼓動が与えられる。

 直線となった峡谷の岩肌が崩れ、現れたのは銀色に輝く金属板。峡谷は巨大なリニアカタパルトの正体を晒していた。

 ヴェネンニアの背中と腰に装われた根元だけの翼から光が噴出し、巨大な光の翼が広がった。爪先が地面を離れ、宙に浮いたヴェネンニアが前傾姿勢となる。

「ゼヒナス・シェザイア、〈凶翼凰妃(きょうよくおうひ)ヴェネンニア〉、出る!」

 侵入者、ゼヒナスのかけ声を合図に、ヴェネンニアが谷底を滑空! 滑空はやがて飛行となり、逆様の放物線となって上空へと舞い上がる。

 ゼヒナスを乗せたヴェネンニアが、流星となって天空を駆けていった。

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