悪意の凶刃③-②
「ゲザスの仇討ちだ!」
その太陽に挑む愚者のように、ロガードとキロペッコルがゼヒナスに飛びかかった。
応じてゼヒナスも駆け出し、疾走の途中で大地に突き立つ双剣の柄を握って、引き抜き、その勢いのままキロペッコルへと斬りかかる。
キロペッコルは腕を交差して大剣を受け止め、しかし受けた両腕が砕けた。硬い金属質の表皮が破壊され、桃色の柔らかい筋肉が露出する。その隙を突いてロガードがゼヒナスに毛針を見舞うが、ゼヒナスはキロペッコルを盾にして毛針を防御。
ゼヒナスはキロペッコルを蹴りつけて距離を取り、両腕の剣で網の目のように縦横無尽の斬撃を繰り出した。キロペッコルの全身が滅茶苦茶に切り刻まれ、全身が凄まじい速度で刃こぼれを起こしていく。駄目押しとばかりに脇腹への二重斬撃が放たれ、キロペッコルは血の螺旋となって飛んでいった。
キロペッコルと入れ替わりにロガードが拳を放つが、すでにゼヒナスはロガードの拳を掻い潜り、懐にまで潜りこんでいる。
「ボクたちは怪獣人、人間の天敵なんだ! それなのに、どうして弱者の人間がボクらを圧倒するんだよ!」
「怪獣人だからちっとも怖くないんだよ」
ゼヒナスは体を捻りながら真上に伸び上がった。二振りの大剣が二重の螺旋となって上昇し、ロガードの全身に裂傷を刻みつける。
「あいつらには理由なんてないんだ。僕らが蟻の行列に気付かず踏み潰すように、あいつらはただ足を伸ばすだけで人間の町を破壊する。敵対する理由、という理性がある分だけ、怪獣人なんかママゴトの相手にしかならない」
度重なる負傷によって、ロガードとキロペッコルの膝が地面に落ちる。
ゼヒナスは獣の俊敏さで飛び跳ねた。直後、四角錐の砲弾が瞬前までゼヒナスのいた空間を貫き、飛び去っていく。バッハイグが左手から四角錐の砲弾を放ち、ゼヒナスは大剣で砲弾を撃墜。
バッハイグが右手の短剣を横薙ぎし、連動して濁流が空中を走った。咄嗟に身を反らしたゼヒナスの頬が裂ける。濁流の刃はゼヒナスの背後へと飛び去り、公園の敷地を囲う石壁に命中。髪の毛のように細く鋭い切断面を見せて石壁が滑り落ちていく。
バッハイグの舌打ちと得物の激突音が連続。額の触れそうなほどの超至近距離で、ゼヒナスとバッハイグが睨み合う。
「お前の能力の正体は、コンクリートだな」
「ほう、よく知っていたな」
バッハイグの瞳に感心のような成分が浮かんだ。
「俺ですらここの文献を紐解いて、ようやく呼び名を知ったというのに」
バッハイグはゼヒナスを押し返し、両手の短剣を交差させた。左手の岩石は凝固したコンクリート、右手の濁流は液状の生コンクリートというわけだ。生コンクリートの刃は超水圧と泥の粒子による研磨剤の働きで、凄まじい切断力を生み出していた。
「こん……なんですか、それは?」
「砂や砂利を固めて作られる、古代の人工石のことだ」
ブーメランを振り回してくる青年と剣戟を繰り広げながら疑問を口にしたアディシアに、刺突剣の老紳士の相手をしながらオービットが説明する。
オービットの顔に浮かべられているのは、アディシア以上の疑問だった。
「それにしてもあの男、《財団》の人間でもないくせに、どうしてコンクリートを知っているのだ?」
「ひっ!」
不意にシルヴィナの悲鳴が走った。アディシアとオービット、ザンダがシルヴィナの視線を追って、「きゃっ!」「うおっ!」「ぬう……」と順に短く声を出す。
バッハイグが切断した石壁の内部から、人間の腕と髪の毛が露出していたのだ。
「ああ、それか」
ゼヒナスとの剣戟を続けながら、バッハイグはくくくっと喉の奥で笑い声を転がした。
「この遺跡で見つけた古代の書物に、こういう言葉があってな。コンクリ詰め殺人」
口の端を歪めるバッハイグに対して、オービットの顔から血の気が引いていった。
「それでは、私の部下が姿を消したのは……っ!」
「探せばそこら中の壁に埋まっているかもなぁ」
バッハイグは下卑た笑みを隠そうともせず、遺跡内のそこかしこに視線を向けた。遺跡の壁やちょっとした出っ張り、あるいは今にも落ちてきそうな天井の一部、それらのどこかに、夥しい数の人間が閉じこめられているのだ。
「バッハイグはオールトの石で地形を偽装するのと同時に、その石の中に人間を埋めこんでいたのね……っ」
バッハイグの脚が弧を描き、それを切断しようとゼヒナスが大剣を振り下ろして、しかしそれは陽動。すぐに脚が戻されて短剣が突き出され、それを読んでいたゼヒナスも瞬時に対応して逆の大剣を防御に掲げて、
悪寒を感じたゼヒナスはバッハイグから大きく飛び退いた。その直後、バッハイグが左右の短剣を重ね、四角錐の砲弾を射出。四角錐は空中で八倍に巨大化し、さらに六四倍に巨大化。小部屋ほどの大きさとなった岩石塊、〈トゥーム・ラグーン〉がゼヒナスへと顎を開く。
ゼヒナスは左手の大剣を真上に放り投げ、左右非対称の両刃大剣スペシュシュラスを両腕で握る。大剣の切っ先から根元までに切れこみが走り、切れこみは隙間となって大剣の刃が左右に展開。刃の間から分解のオールトを凝縮させた鈍色に輝く光の刃が出現し、大剣の全長を二倍にも三倍にも長くする。
「食らえ、これが天空をも切り裂く僕の剣……」
ゼヒナスは腰を落として斬撃の構えを取り、大剣を左腰に回す。
「〈オーロラ・ファング〉だ!」
ゼヒナスは大剣を横一閃させ、光の刃そのものが三日月状の斬撃波となって飛翔。斬撃波はトゥーム・ラグーンの鼻っ面に埋まり、切り裂いて、上下に分断。オールトが作用して空中で分解、巨大な雪塊となって雪崩れ落ちる。
ゼヒナスの左手に片刃の大剣ギラーティアが落下し、その剣身にも隙間が生じた。切れこみの隙間は瞬く間に広がっていき、大剣の全長が五倍にも十倍にも伸びていく。毒蛇のような曲線を描いて飛びかかった長剣がバッハイグの頬を裂いた。
バッハイグは頬に手を伸ばし、流れる血を確認。唇を怒気に歪める。
「さあ、ここからが〈氷雪の奇術師〉の真骨頂だ!」
「なに? 〈氷雪の奇術師〉だと?」
ゼヒナスの口上を耳にして、どうしてだかオービットが声を上擦らせた。
「右手に光の剣、左手に蛇の剣……確かにヴェネリア遺跡の壁画と一致する」
看過することのできない符号を目の当たりにして、オービットの表情は見る見る間に神妙になっていった。
「もしもあの男の言葉が正しいとすれば、全ての事象に辻褄が合う。ヴェネンニアの個人識別を通過するのは当たり前だ。《財団》本部があの男への処遇を不問としたのも、元の持ち主にヴェネンニアが返されたからだとすれば合点がいく」
しかし、本当にそんなことがありえるのだろうか? 俄かには信じがたい推測だ。口にするのも躊躇われる。しかし意を決したように、オービットの舌に言葉が乗せられた。
「あの男、本当に《彗星戦役》の時代の人間なのか?」




