悪意の凶刃②-②
正面の通路から轟音が聞こえた。暗闇から飛び出てきたのは回転する球体の怪獣人、ゲザスだ。ゲザスが基本戦術としている球体になっての突進は、直撃すれば人体など粉々にするだろう破壊力を確信させる。
突如としてゲザスの巨体が跳ね上がり、予期せぬ動きを前に三人はゲザスを凝視する。見れば球体からは右脚が飛び出していて、地面を蹴りつけて急角度に軌道を変えたのだ。
「どうやら、攻撃が直線的すぎるっつうのは理解していたようだな」
壁に着地したゲザスはさらに左腕を突き出して再反射、上方に跳ね上がり、左脚で天井を蹴って急下降。遺跡内の地面や壁や天井を複雑怪奇な軌道で跳ね回り、突如としてオービットに飛びかかってきた。
「な、なんだぁ~?」
ゲザスから狼狽の声が上がる。オービット目がけて突進していたはずのゲザスは、しかし息がかかるほどの密着距離で止まっていた。
障壁のオールトが三重展開され、一枚め二枚めと破られながらも速度を削り、三枚めで完全停止。オービットが柄尻を叩きこみ、ゲザスが弾き返される。
放物線を描いて飛ばされたゲザスは、同じような丸体型の青年を轢き潰して停止した。
「ヒャーッハッハッハ!」
ゼヒナスが背中に剣を回し、背後からの攻撃を防御。肩ごしに視線を向けると、全身が刃のように鋭利な怪獣人、キロペッコルが両腕両脚を振り乱して切りかかってきていた。包丁にできた割れ目のような口には鮫の歯が並ぶ。
「どこから出てきやがった?」
「失礼。体を細くして隙間に隠れていたものでしてね!」
大剣が一閃されるが、キロペッコルの言のとおりに細い体を素通りして空を切る。
その直後、キロペッコルの体を真横からの激痛が襲った。ゼヒナスの左手には複雑な切れこみの入った片刃の大剣が握られ、それがキロペッコルの胴を横薙ぎしていたのだ。
「馬鹿か? 直線の攻撃が通じないなら、交差させればいいだけだろうが」
ゼヒナスが右手に握った両刃の大剣〈スペシュシュラス〉と、左手に握った片刃の大剣〈ギラーティア〉を交差させる。
「弟子」
ゼヒナスが言うと同時、アディシアが銃剣を突き出してきた。しかし怪獣人を相手にするとあって、アディシアの体は小刻みに震えている。当然、銃剣の狙いは荒く、力もおっかなびっくり程度にしか乗せられていない。
「おやおや、そのようにか弱いお嬢さんになにができ」
キロペッコルの嘲笑は最後まで続かなかった。およそ殺傷力の感じられない銃剣の刃が金属質の皮膚を貫いて腹部に突き刺さり、臓器に達する寸前でキロペッコルが逃げる。
この事態に当惑したのは、当のアディシア本人だ。
「え? あれ? 私、怪獣人相手に戦えてる?」
「僕が鍛えたんだ。怪獣人如き相手にできなきゃ困る」
当然のように言い放ち、ゼヒナスは双剣を振るって火球を弾き、食人植物を切断。
「確かに現段階では体力、技術、戦術、精神力、全てにおいて怪獣人には匹敵しえない。が、お前のオールトは鋼だ。ああいう金属質の体を持つ相手とは相性がいいんだよ」
講釈を述べていたゼヒナスは突如としてその場から脱出。針の弾幕が横殴りの豪雨となって殺到し、ゼヒナスの残像を蜂の巣に変える。それは鋼の硬さを持つ毛針だった。
「こーんにーちわー」
着地した瞬間のゼヒナスへと獣毛の怪獣人、ロガードが接近してきた。ロガードが拳を放ち、しかしゼヒナスの肘が鉄鎚とって落とされ撃墜。反撃の蹴りが繰り出されるも、岩のような筋肉に受け止められる。
「やあやあ、怪獣人如きとはよくも言ってくれたものだねえ」
容姿柄粗暴な人物が多い怪獣人の中で、ロガードは珍しく軽薄な男だった。しかしぎょろぎょろと蠢く眼球には、凶暴性と凶悪性が爛々と輝いている。
「ああ、悪いな。確かにお前ら程度を基準にするのは、怪獣人全体に失礼だ」
いつものように煽り言葉を口にしたゼヒナスへと、ロガードの拳が放たれた。大剣が振り下ろされ、しかし切断される前に腕が引っこめられる。そこに回し蹴りが叩きこまれて大剣が跳ね上がり、体勢の崩れたゼヒナスへと再びの拳。ゼヒナスは崩れた体勢をさらに崩して後転で脱出、逃げ遅れた前髪が宙に舞った。
後転の終点へと毛針の豪雨が放たれ、ゼヒナスは瞬時に前方に戻って毛針を掻い潜る。地を舐めるような超低空で双剣を横薙ぎし、今度はロガードが後方跳躍で回避する。
激痛にも似た悪寒がゼヒナスの背筋を貫いた。即座に悪寒の元に視線を向けようとするが、まるで粘液の中を動いているようだ。思考に体が追いつかない。
ゼヒナスが公園の正面に目を向けると同時、通路の奥から何かが接近してくるのが感じられた。一瞬の間も置かずに姿を現したのは、超高速で飛翔する灰色の四角錐だ。
四角錐と大剣が激突し、凄まじい打撃音が発生! 一瞬の拮抗を経て大剣が四角錐の表面に食いこみ、両断して振り抜かれる。四角錐が粉々に砕け散り、ゼヒナスのオールトによって塵の粒子にまで分解された。
公園の正面から悠然と歩く足音が近付いてくる。
「貴様ら、使えないにもほどがあるぞ」
黒ずくめに底なし沼じみた視線の男、バッハイグがその場に姿を現した。
最後尾を歩いていたバッハイグの出現によって全ての敵が到着したことになる。すでに公園は一面の血の海だ。五人の周囲では死体が囲いとなって転がっている。
それらの死体を蹴散らして突進する人影。バッハイグの顔を確認すると同時、ゼヒナスが飛び出していた。
「貴様の考えは分かっている。この場で最も手強い俺を集団から引き剥がすことで、後ろの連中に有利な戦場を作ろうって魂胆だろう?
だが!」
バッハイグが左の短剣で大剣を受け止め、すかさず回し蹴りが左の大剣を外側に弾く。がら空きになったゼヒナスに右の短剣が突き出され、ゼヒナスが首を動かして回避。
その直後にゼヒナスの頭部が弾かれた。バッハイグの連続蹴りがこめかみを掠り、出血したゼヒナスがバッハイグから距離を取る。
「俺の強さが常軌を逸しているのは、貴様も分かっているだろ?」
にやりと悪辣な笑みを浮かべるバッハイグに、ゼヒナスはぎりりと歯を鳴らした。
「あの男が心配なのは分かるが、こちらも余所見をしている余裕はない」
オービットに注意されて、アディシアは眼前の敵に意識を戻した。格闘家風の男が振り下ろしてきたヌンチャクを受け止め、肩から体当たりして転倒させる。仰向けとなった格闘家の腕を踏みつけて連続発砲、胸から噴水のように鮮血が噴き上がる。
「敵の首領を引き剥がしたとはいえ、こちらも戦力が削られたことに変わりはないのだ。それに……」
オービットの視線の先には三人の怪獣人が立っている。果たしてゼヒナスが抜けたこの戦力で、あいつらの相手ができるだろうか?
「大丈夫ですよ」
懸念を口にするオービットに、アディシアは確信に満ちた言葉を返した。
「師匠は私たちにならこの場を任せられるって判断したんです。だから心置きなく、あいつの相手をしにいけたんです」
オービットが横目にすると、アディシアの頬は緩んでいた。面映そうに、だらしない笑みを浮かべている。
「師匠が私を信頼してくれたんです。私は頑張りますよー」




