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蘇る巨人②

 視界の中心には全裸の男が立っていた。広い肩甲骨に太い腰、引き締まった尻と、まぎれもない全裸だ。

 全裸となった護衛の体が揺れ、傾斜し、倒れて、その陰から別の男が姿を現した。

 一見して浮世離れした男だ。炎のような金髪は緩く波打ち、額の房だけが白い。瞳は幾星霜もの年月を閲した宝石のような緑。胸元の大きく開いた上着は明け方の空のように鮮烈な薄青で、その下の肌着は夕刻の茜色、ジーンズは宵の漆黒だ。

 まるで若者と老人が同居しているような、不思議な雰囲気の男だった。どこに内包しているのか、男の小柄な体からは巨人のような圧力が放たれている。

 侵入者の右手には巨大な剣が握られていた。左右非対称の両刃で、刃の部分だけでも子供が隠れてしまいそうな長さと幅を持つ大剣だ。

「オービットさん……」

「早速のお出ましというわけか」

 不安げに袖を摑んでくるアディシアの手を、オービットは力強く握り返した。

 護衛たちに敵意と怒気の視線を注がれながら、侵入者は高原を吹く風に晒されているように涼しげな顔を浮かべていた。

「貴様、どこの手の者だ? よもや怪獣人ではあるまいな?」

 侵入者は「ふン」と、オービットの問いを一笑に付す。

「なるほど。答えるつもりはな「ちょいとした忘れ物を取りにきただけだ」

 侵入者はわざとらしくオービットの言葉を遮った。にやりと口の端を歪める。

 侵入者の左手がすぅっと上げられ、突き出された二指がオービットの背後を示した。侵入者はぞんざいな手振りで左手を真横に振り抜く。

「のけ。怪我して泣き帰りたくはないだろう」

 屋内にもかかわらず降り積もった氷雪を踏みしめて、侵入者が一歩を踏み出す。侵入者が歩を進めるたびに、四肢の先端に刺繍された黄金色の楓吹雪が乱れ舞う。

 その悠然とした歩みが火種となって、護衛たちの怒りは一気に爆発した。

「貴様、我々をおちょくるのも大概にしろ!」

「む、いけない!」

 オービットの制止も間に合わず、一斉に侵入者へと殺到する。

「まあ、そうなるよな」

 向かってくる護衛たちを前に、侵入者はどこか楽しげに呟いた。

 侵入者の正面から護衛が剣を振り下ろし、侵入者が大剣で受けて防御。瞬時に膂力で弾き返し、大剣が横薙ぎされ、右側から突っ込んできた二人ごとまとめて横断。

 そこへ鉄棍が突き出され、侵入者は危なげなく回避。しかし次の瞬間、鉄根が円弧を描いて曲がり、侵入者の側頭部に襲いかかった。

 侵入者は大剣を真上に放り投げた。空いた右手で鉄棍を摑み、握りこんで粉砕。侵入者が独楽のように回転し、伸ばされた後ろ回し蹴りが鉄棍使いの側頭部に叩きこまれる。

 拳に炎をまとった格闘士が侵入者の左手から接近するが、落下してきた大剣が侵入者の左手に吸いこまれ、流星となって格闘士に振り下ろされる。空中を塗り潰すほど大量の血液が噴出した。

 いや違う、布吹雪だ。

 侵入者の一撃を浴びた護衛の衣服が粉雪のように舞い散り、全裸となって倒れていく。

 よくよく見れば、侵入者の後方には全裸にされた男女が死屍累々と転がされているという、地獄の光景が広げられていた。

 侵入者の足元に広がる氷雪は、護衛の衣服が布吹雪となって降り積もったものなのだ。

 侵入者の瞳に匍匐の姿勢となったアディシアが映った。アディシアの銃剣は侵入者に向け終えられ、引き金が引かれて鋼の弾丸が射出される。

 同時にいくつもの轟音が重なった。侵入者に狙いをつけた無数の銃口から、火球に氷弾に植物の種子と、ありとあらゆる弾丸が放たれる。

 侵入者の剣が円を描いて振り回され、巨刃の表面で火花が弾け咲いた。火花の舞が止まり、侵入者が左掌に大剣を滑らせると、掌には鋼や氷や種子の弾丸が山となって盛られていた。

「いらん。返す」

 侵入者が左腕を振り抜き、鹵獲した弾丸が投擲される。扇状に飛翔した弾丸はそれぞれに狙撃手の肩や二の腕、脚を貫き、全方位からの絶叫が唱和された。

 アディシアも自身に投げ返された鋼の弾丸を目の前に、悲鳴を上げて顔を庇い、

「…………?」

 いつまで待っても、体を貫く痛みは訪れなかった。

 恐る恐る瞼を開くアディシア。その視界は頼もしい背中によって遮られていた。

「総員手を出すな。こいつは私が相手をする」

 アディシアに放たれた弾丸を斬り捨て、オービットは溢れる自信とともに歩を進めた。真っ直ぐなオービットに対して斜に構えた侵入者という、対照的な二人が近付いていく。

「警備強化のために傭兵まで雇ったが、私が相手をするほどの手合いが現れるとはな」

 オービットは剣を正眼に構えた。全身から霊光が立ち上るような、自然で美しい構えだ。武の極地に達しているとは、こういうことなのだろうと思い知らされる。

「私のオールトは障壁。いかなる攻撃も防ぐ絶対防御の力だ」

 オービットが口にしたときには、目の前に大剣の切っ先が迫っていた。侵入者は大剣を投擲し、オービットとの距離を一瞬で零にしたのだ。オービットは即座に障壁のオールトを展開、投擲された大剣を受け止める。

 そこへ飛びこむ侵入者。跳躍し、体重を乗せた蹴りを大剣の柄尻に叩きこむ。障壁のオールトが砕かれ、大剣の切っ先がオービットに突きこまれる。野戦服が粉雪となって舞い散り、オービットは呆気なく全裸となっていた。

「なんの!」

 しかし直後に反撃の刺突が放たれ、侵入者は思わず飛び退いていた。

 周囲から喝采のどよめきが巻き起こる。それもそのはず、侵入者は出現して以降、初めての後退を見せていたのだ。

 オービットは再び剣を正眼に構え、戦闘続行の意気を見せる。

 ……全裸のままで。

「このオービット、人前で全裸になったからとて萎縮するような小さい男ではない!」

 アディシアの視線はオービットの股間に急降下した。

(……違う! きっとオービットさんは、器量って意味で口にしたのよ。それなのに私ったらもう、バカバカ)

 申し訳なくなったアディシアは自分の頭を叩き始めた。一頻り叩いてから顔を上げると、オービットの凛々しい顔が凍結していた。

 オービットの股間に、投石が直撃していたのだ。

「誰がお前のような変態さんの相手をするかよ、ぶぁーか」

 侵入者の蔑みを聞きながら、股間を押さえたオービットの膝が崩れていく。

「許さん……許さんぞ!」

 その場に蹲ったオービットから、怨嗟の言葉が溢れ出た。

「貴様は私の矜持を傷つけた!」

 アディシアの視線は呼吸をするような自然さでオービットの股間に注がれた。

(……いやいや、違う違う! そーゆーことじゃないから!)

 アディシアは慌てて首を振って、あられもない考えを振り払う。

「この屈辱と恥辱、必ずや我が剣にて晴らしてくれよう!」

 オービットの顔色は蒼白だ。額には脂汗が浮かび、瞳孔を激しく揺らして、下腹部に巣食った激痛に歯を食い縛って耐えている。

 オービットは股間の物体を剣と比喩しているのではないはずだ。

(だけど、この状況とその台詞で下に目がいくのはしょうがないよねー)と、三度めともなるとさすがにアディシアも開き直っていた。

「悪いが、男から熱狂的に追いかけられる趣味はないんだ。そうでなくても追いかけは間に合っている。ここは大人の対応で、目を瞑っておいてくれよ」

 オービットの敵意と復讐心を横目にしながら、侵入者はひょいひょいと横を通り抜けていく。侵入者はヴェネンニアの前で立ち止まり、視線を上げた。

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