四千年めの再会②-①
「このユーリテス都市遺跡の噂自体は中世の頃からありました。いわく、地下に広がる古代の都市。浪漫よりも眉唾の勝る伝聞として、つい最近までは話半分に語り継がれていたようです」
「《ザンダ一味》を調査していく過程でその実在が明らかになった、というわけだな」
隠れ里に建てられた小屋の一つ、ユーリテス都市遺跡の岩山に最も近いそれを拠点として接収し、オービットは副官であるビュロステスの報告を聞いていた。
「その空想上の遺跡をザンダ・バルカニヤンが発見し、流れ者たちを寄せ集めて《ザンダ一味》が結成されました」
「それから《ザンダ一味》の悪行が始まったわけだな」
「いえ、それが、《ザンダ一味》の悪名が聞こえてくるようになったのはここ最近、ほんの二、三年前からなのです」
「……ふうむ」
どういうことだろう? 《ザンダ一味》の内部で組織運営に関するなにかしらの変化があったのだろうか?
(いや、《ザンダ一味》の運営方針など我々には関係ない)と、オービットは結論付けた。内部でどのような変化が起ころうが、邪悪な怪獣人の率いる組織を討伐するのに変わりはないのだ。組織方針の推移など瑣末な問題でしかない。
オービットの周囲には副官のビュロステスと、さらにそれぞれが二十人の部隊を指揮する五名の部隊長が控えていた。総勢百名の部隊に対し、《ザンダ一味》の勢力は二百人前後だと予想されている。彼我の練度は量の差を凌駕している。平地で激突したならば負け戦にはならないだろう。しかし、《ザンダ一味》にはこちらにない優位性がある。
「このユーリテス都市遺跡を攻略するにあたって最も問題視されるのが、この遺跡そのものです。遺跡自体が防御に適した構造をしている上、地の利も向こう側にあります。つい今し方、地形と罠に阻まれて進行速度が遅くなったとの報告がきました。
小隊に分割すれば各個撃破され、大部隊を侵攻させても細く長い蟻の行列にしかならず、奇襲と罠によって壊滅です」
「これはもう、要塞攻防戦というより迷宮攻略戦だな。さしずめ我々は、迷宮の深淵に巣食った魔王を目指す勇者一行と言ったところか」
「そして首尾よく遺跡を攻略できたとしても」
「向こう側には切り札である再生怪獣が控えている、か」
ふうむ、と一つ唸るオービット。
確かに再生怪獣の存在は厄介だ。再生怪獣との激戦によって都市は瓦礫の荒野となるまで破壊され、中世に立てられた貴重な建築物や美術品が失われ、人類史に名を残すであろう文化人が何百人と殺されている。
理由は分からないが、どうしてだか怪獣人の出現頻度は人類圏中心部のほうが多いのだ。まるで、人類への底知れない敵意に引き寄せられているように。
《巌の頂》にレグキャリバーが一体しか配備されていないのは、このヘルヴィム周辺地域が人類圏の端で安全地帯である以上に、中心部での戦闘が激しすぎて末端までレグキャリバーを回す余裕がないからと言える。
オービットたちは、今から人類の敵を具現化させたような再生怪獣と戦うことになる。それも個体によってはレグキャリバー数体分の戦闘力に匹敵すると言われる再生怪獣を相手に、一対一の戦いを挑まねばならないのだ。
不安要素がない、と言えば嘘になる。
「一つ尋ねたいのだが、この岩山の破壊は試みたのか?」
「勿論です。しかし、二つの理由から不可能でした。
一つはこの岩山自体の強固さです。本来ならこの地方で産出されるはずのない超高硬度質の岩石で、城砦や牢獄に使われる千年黒鼈岩以上の強度を持っています。あらゆるオールト、爆薬に削岩機での破壊まで試みましたが、全てが徒労に終わりました。おそらくはオービット殿のレグキャリバーを持ってしても破壊は不可能でしょう。
そしてもう一つの理由が、このユーリテス都市遺跡自体の歴史的価値です」
「遺跡に損壊を与えるほどの大火力破壊など論外、か」
「はい。そういう意味では、彼らにとっては防御力そのもの以上に、この遺跡自体が巨大な人質というわけです」
オービットは前方に聳える巨大な岩山を見上げた。見れば見るほどそっくりだ。
「強固な岩石に守られた天然の要塞、まるで《巌の頂》のようだな」
腕を組み、整った顎を引いて、思案顔を浮かべるオービット。周囲の部下たちは(この人は全裸でなにを真面目に考えているのだろうか?)と割りと本気で思っていたが、口には出さないでおいた。
「……前提が間違っている」
ややあってから、オービットは静かに口を開いた。
「このような攻略戦では、事前に部下を潜入させた上での情報収集と内部工作が鉄則だ。なんの下準備もなく力任せの正面衝突を仕かけるなど、中世ですらやっていない」
「では、いかが致しましょう?」
「いかがも必要ない」
「っは?」
あまりにも無策すぎる上官の言葉に、ビュロステスは思わず間抜けな声を出していた。
「私が前提として言ったのは、あくまでも攻略に難航する場合の話だ。こちらが少数に分断させられるのは認めよう。罠で動きが多少鈍ることもだ。しかし、それは向こう側も同じこと。複雑な地形は大人数の運用を許さず、屋内では遠距離から一網打尽ということもあるまい。
となればあとは少数と少数の戦いだ。同程度の数量であれば、練度で勝るこちらの優位は自明。あとは力押しでどうとでもなる。攻めるのに適さない地形と、守りに適した地形は、必ずしも同義ではない」
「そうは言いますが、それは罠に殺傷力がないのを前提としてではありませんか?」
「貴官が先に言ったのだ、この遺跡自体が人質だと。では、彼らはその人質を傷つけうるような殺傷力を持った罠を仕かけると思うかね? 屋内では毒ガスなど論外、毒矢では重装備の前に弾かれるだけ。となれば有効な罠は足止めと捕縛用のみ。最後の仕上げには人の手が必要になる」
ビュロステスは感心の呻きを上げた。言われれば言われるほど、オービットの推論は理に適っていると思わされてくる。五人の部隊長も同じような表情だ。
「オービット殿、一つ進言なのですが、兵糧攻めにするというのが最も損失が少ないのではないでしょうか?」
「なぜだ?」
ビュロステスの提言に、オービットは心底の疑問だという表情で訊き返した。
「貴官は邪悪な怪獣人を一分一秒でも生き長らえさせていて平気だと?」
淡々と口にするオービットは全くの無表情。怪獣人の話題で表情を変えることすら汚らわしいとばかりに感情を遮断していた。
徹底的な、神経質で潔癖なまでの怪獣人排除思考だ。ビュロステスはオービットの内部に巣食う激烈な憎悪を垣間見た気がした。
「む? なんだと?」
部隊長の一人が緊急の伝令に声を荒らげたのはそのときだ。額で両手を組み合わせて第三の目を作り、虚空を見つめて話を始める。
「うむ。うむ。…………なに? それは本当か?」
傍から見れば妖精さんと会話をしているとしか思えない、危なさ爆発の人物だった。部隊長は念話のオールトの姿勢のまま、驚愕の顔をオービットに向けてくる。
「我が部隊の隊員が、消えました」
「消えた? 戦死ではなくか?」
「それが、どうも情報が錯綜しておりまして……。『目を離した一瞬で忽然と姿を消した』と口にする者がいれば、『地形が変化して分断された』と言う者、『遺跡を彷徨う美女を追って消えた。古代人の幽霊に魅了されたのだ』と証言する者までいます。
すでに五人が消息を絶ちました」
戦況の奇怪な進展に、小屋内の七人は誰からともなく喉を鳴らす。
事態を見極めようとする彼らの元に、さらに驚愕の続報が飛びこんできた。
「たっ、大変です! 複数人が殺されているのが発見されました!」
「たっ、大変です! 複数人が殺されているのが発見されました!」
そしてその事件は、ほぼ同時に《ザンダ一味》でも明るみとなっていた。
シルヴィナは伝令の男に従って、闇に沈んだユーリテスの遺跡を駆けていく。辿り着いた先は外部に光が漏れぬよう密閉された小部屋だ。小屋の内部には毛布に隠された三つの膨らみが安置されている。
「ここ以外にも付近の三か所の小部屋で八人が殺されていました。遺体はそのままにしてありますが、ご覧になられますか?」
「え、ええ……そうね、お願いできるかしら?」
シルヴィナは一瞬の怯みを見せるものの、すぐに腹を決めて頷いた。
「うっ!」
それでも死体を目にした生理的な怖気から、思わず口元を手で覆ってしまう。
死者は両目を見開いたまま、呆気に取られた顔で絶命している。犯人の凶行と、自分が刺された事実を信じられなかったのだろう。外傷は胸部に一つだけ、心臓を一突きされて即死していた。
シルヴィナは死者の冥福を祈って印を切り、分析のオールトを発動させた。シルヴィナの分析のオールトは視覚から情報を取得する能力だ。しかし使い勝手が悪い。取得できる情報は目に見える範囲そのもの丸ごとであり、情報量は雑多かつ多岐に渡る。シルヴィナのピグキャリバーである眼鏡は、それらの情報を取捨選択し整理して、可読性を高める能力に特化していた。
「……駄目ね。短剣を何度もひねって傷口を抉っていて、私でも凶器の判別はできないわ。犯人は相当頭のキレる人物ね」
シルヴィナは俯きがちに首を振ると、悔しげに爪を噛んだ。
「短絡的な人物ほど、殺傷にはオールトを用いる傾向が強い。だけどこの犯人はどこにでもある短剣を凶器に選んだ。これだけで犯人がオールトから足がつくのを警戒していることが窺える」
その上、死体に施した偽装工作からは、シルヴィナのオールトを警戒している様子が窺えた。シルヴィナのオールトを知り、そして被害者と争った形跡がない、これは内部犯であることを意味している。
(けれど内部犯だとするなら、《財団》との戦いが始まったこの時期に事件を起こす理由が分からない。犯人はなにを狙っているの?)
ともかく、《ザンダ一味》は《財団》と裏切り者の二勢力から狙われていると考えたほうがいい。加えて《財団》が行方不明になったという気がかりな報告も入っている。
(…………もしかして、一連の事件は繫がっている?)
「報告します!」
シルヴィナの集中を掻き乱すように、その場に緊急の伝令が飛びこんできた。
「遺跡深部に突然《財団》の部隊が現れ交戦。同時に敵主力が前進、我々は挟み撃ちにされました!」
シルヴィナの疑念にかかずらう余地などなく、事態は新たな局面に動いていく。




