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それぞれの始動①-④

「《財団》への加盟の件、どうしても首を縦に振ってはもらえませんか?」

 受付ではとうに四者の対立が始められていた。リーゼリアとヘムロック助男爵が前面に立ち、ジョハンスともう一人の紳士が後方に控える形だ。

「今の世界で、レグキャリバーを扱いながら《財団》に加盟していないキャリバー工房は極端に少ない。それこそ闇業者しかいないくらいだ。

 あなたはこのヘルヴィム一の腕利きで、しかも我がヘルヴィム機兵団の整備を一手に手がけられてもいる。私としても無碍にできず、頭を悩ませている次第なのですよ」

「その件に関しては深くお詫び致します。また、私どもへの身に余るご配慮、重ね重ねありがたく存じております。しかし、この件に関して当方に承諾の意思がない旨、改めて申し上げ致します」

「できれば、その理由だけでもお聞かせ願えないでしょうか?」

 どうにもこうにも渋い顔をするヘムロック助男爵を見兼ねてか、もう一人の柔和な紳士が口を挟んできた。見慣れぬ人物にジョハンスとリーゼリアは戸惑いを見せる。

「こちらは《巌の頂》支部のクレモンテン支部長だ。御身自らおこしになられるほど、先方は業を煮やしているのですよ」

「理由……理由か……」

 ヘムロック助男爵は最後の試みとばかりに強い口調で押してくるが、あっさりと無視したジョハンスは顎を擦りながら自己の思考に沈んでいく。

「《財団》に加盟していないのが極少、という風潮に俺様は危機感を覚えている」

「皆が一つの思想の元に集まる、まさに一致団結です。それのどこが危険だと?」

「一致団結と言えば聞こえはいいが、それは同じ色に染まらないやつを悪と断じる排他主義の温床とも言えないか? 国家、宗教、企業、なにも大きな集団に限らず、身近なものではガキや主婦の集まりでさえ、特定の集団に参加していないやつを除け者にする風潮があるだろう?

 工房にしてもそうだ。全ての工房が《財団》色に染まる必要はない。いや、それはとても危険なことだと俺様は考えている」

「我々の提唱する全体主義とは対極に位置する個人主義、ですか」

「俺様の知る限りでは、確か三十年ほど昔に怪獣の実在を主張する研究者たちが、教会の異端審問で虐殺された例があるな」

「……ええ、存じております」

 クレモンテンは表情に影を差しつつ頷いた。

「あれも教会という大多数に染まらない少数派がいたからこそ起きた悲劇だ。しかし結果的にはその少数派が正しく、信用を失った教会は急速に失墜し、そして敬虔な信者は迫害される羽目になった」

「貴方の言い分はもっともです。しかし怪獣人の脅威に晒されているこの時代、個人の力では限界があります。だからこその連帯と協力だとは思いませんか?」

「ほら、そこがおかしい」

 ジョハンスはここぞとばかりにクレモンテンの揚げ足を取る。

「怪獣人は人間の言葉を話す知性があり、加えて価値観や考え方も人間に近い。つまり破壊本能しか持たない怪獣と違って、理解し合える可能性があるはずだ。それなのに怪獣人を一緒くたに人類の敵と断じている時点で、お前らの主張は独善的で恣意的だ」

 アディシアもジョハンスと同意見だ。かつてなら怪獣人との話し合いなど考えもしなかっただろうが、ゼヒナスやミザリィとの出会いがアディシアを変えていた。

「ジョハンス殿、《ザンダ一味》という集団がおります」

 思わぬところから出てきた名称に、ゼヒナスとアディシアがぴくりと反応する。

「《ザンダ一味》は貴方が仰られるように、人間と怪獣人が手を取り合って無辜の人々に危害を加えている凶悪な集団です」

 最大級の反論をぶつけられ、ジョハンスは渋い顔を浮かべた。

「十人十色、ええ、貴方が仰られることは一つの真理でしょう。しかし、我々《財団》が積極的に各方面に対して加盟を呼びかけている事実はありません。年々増加する《財団》への加盟は、加盟者自身の自己判断にすぎないのです。

 人間が他人の色に染まりたくないと思うのが真理なら、白か黒か明確に塗り分けられることを望むのもまた真理なのです」

 それからクレモンテンはちらりと腕時計に視線を落とし、大きく溜め息を吐き出した。

「時間切れ、のようですね。私もしがない一介の中間管理職、少々予定が立てこんでおりまして。話の途中で失礼することをお許し下さい」

 クレモンテンはヘムロック助男爵に目礼。助男爵も諦念の表情を浮かべて引き上げの意を受け入れ、二人は工房の扉に手をかける。

「ああ、それと、近い内に《ザンダ一味》討伐のため協力を要請するかもしれません。それでは御機嫌よう」

 最後に挑戦的とすら思える言葉を残して、クレモンテンとヘムロック助男爵は工房を去っていった。

 ジョハンスも二人に背を向けて工房の奥に戻ろうとして、

「《ザンダ一味》がどうかしたのか?」

 隣からかけられたゼヒナスの声に足を止める。

「《ザンダ一味》を知っているのか?」

「ああ、ミザリィと少し」

 そこでゼヒナスは一旦区切り、「だが」と、疑問を滲ませて続けた。

「どうもミザリィと支部長さんの言い振りには食い違いがあるな」

「《ザンダ一味》か……。実は俺様も思うところがあって少し調べていた。《ザンダ一味》は、一言で言うなら隠れ里のようなものだな。なんらかの理由で居場所をなくした人間や、人類圏から追い出された怪獣人たちがひっそりと暮らす集落だ」

「ミザリィもそんなことを言っていたな」とゼヒナスが相槌を打つ。

「だが、ある時期から《ザンダ一味》の悪評が聞こえてくるようになった。金品を強奪し殺人を起こし、人身売買のために誘拐を起こしては証拠隠滅のために破壊活動を行う、あらゆる悪事に手を染めた残虐非道な悪党集団とな。

 正直、この悪評が聞こえてくるまで、《ザンダ一味》を知る者は誰もいなかった」

「そういえば、アテリノで会ったあの男……」

 ゼヒナスは鼻ピアスの男を思い出していた。男の口振りから察するに、あの男も一味の一員であり、最近になって一味に加入したミザリィを警戒していて、決定的な背信に気付いたからこそ口を封じようとしたのではないだろうか?

 例えその背信が、レグキャリバーを有しているゼヒナスを《財団》の関係者だと思いこんだという勘違いだとしても。

「人間と怪獣人が共存する集団と、その二面性か。面白いじゃないか」

 心底興味深そうに、ゼヒナスは口元をにやりと歪める。

「それと、俺様が《ザンダ一味》を調べ始めた元々の理由だが、《ザンダ一味》のアジトはユリステルグだ」

「ユリステルグ?」

 どこかで耳にした名前だ。ゼヒナスは記憶の深淵を探って、はっと顔を跳ね上げた。

「まさか、一夜にして地図上から姿を消した、あのユリステルグか?」

 ゼヒナスは思考を巡らせた。ヴェネリア遺跡には目ぼしい情報が残されていなかったが、もしもユリステルグが当時の状態を維持しているとしたら……。

「こりゃ、うかうかしていられないな」

 目的が定まり、ゼヒナスの口元に不敵な笑みが浮かぶ。

「ジョハンス、ヴェネンニアの完成にはどれくらいかかる?」

「そうさなあ……十日、いや八日ってところか?」

「なら七日で終わらせるぞ」

「そう言うと思ったよ」

 ジョハンスはやれやれといった調子で肩を竦めた。

「分かってるとは思うが、無茶な日程だったら無理にでも止めるからな?」

「僕が七日と言い出すのが分かっていて、お前が七日で終わらない予定を立てるはずがないだろう?」

 ゼヒナスとジョハンスはにやりと悪友の笑みを浮かべた。

 どうして《ザンダ一味》の話題から、いきなりヴェネンニアの日程短縮になるのだろうか? アディシアにはさっぱり分からない。

 それでもあと七日で完成したヴェネンニアがお披露目されると知って、アディシアの心音が弾まぬわけがなかった。

「師匠、あのですね、ヴェネンニアが完成したら私も動かしてみたいなー、なんて」

 アディシアはゼヒナスの心証を窺うように、上目遣いでじっと覗きこんでくる。しかしゼヒナスはなにも言わない。存在しないはずのアディシアの犬耳が萎れた気がした。

「駄目でしょうか?」

「……駄目もなにも、知らないのか? キャリバーには個人認証装置がついていて、正規の使用者以外は動かせないようになっているんだが?」

「そ、そんな……!」

 怪獣骨格を目にしたときより、ヘムロック助男爵の応対をしたときより、この日一番の心的疲労を覚えたアディシアはその場に腰を落としてしまう。

(あと一歩、あと一歩で念願だったレグキャリバーの操縦が実現するはずだったのに)

 目の前にまで近付いていたご褒美を取り上げられて、アディシアの心はぽっきりと折れてしまった。床にへたりこんだまま上半身が倒れ、お手上げの姿勢で仰向けになる。

 去っていく師の背中を見つめながら、アディシアはふとした疑問を覚えて首を傾げた。

(あれ? じゃあどうして、師匠はヴェネンニアを動かせたんだろう?)



 室内の振動に合わせて、蹄鉄が舗装路を踏みしめる軽やかな音が規則正しく繰り返される。馬車の車窓に流れるヘルヴィムの生活を眺めながら、クレモンテンとヘムロック助男爵は帰途についていた。

「ジョハンス工房にも困りものですよ。一匹狼と言いますか我が強いと言いますか、とにかく協調性がない。そのくせ人柄は憎めず、仕事も一流にして迅速。加えてこちらから仕事を発注しているとあっては、無碍にできないのは当たり前に決まっている。

 クレモンテン支部長、そうは思いませんか?」

「え? ……ええ、はい、そうですね」

 ヘムロック助男爵の愚痴に対するクレモンテンの返答は、心ここにあらずという感じだ。クレモンテンの脳内では別の考えが巡っていた。

(ジョハンス工房にいた彼女、もしや……)

「ふふふ、これは忙しくなってきそうですねえ」

「いかがされたのですか?」

 内心の呟きが外に出ていたのだろう。クレモンテンは慌てた素振りなど見せず、柔和な表情のままで言葉を続けた。

「いえ、我が支部では予てよりとある重大な計画を進めていましてね。もしかしたら、ヘムロック助男爵殿を始め、彼らにも助力を乞うかもしれません」

 それはそう遠い未来の話ではないだろう。

 もうすぐオービットがヴェネリア遺跡から帰還する。〈G〉計画の発動は近い。

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