それぞれの始動①-③
「キャリバーの改修には避けて通れない二大要点がある。一つは身に沁みて体験しただろうが、経年劣化による部品一新。そしてもう一つが動力の変更だ」
ゼヒナスが画像を切り替え、ヴェネンニアの内部構造を表示する。
「四千年前の《月の欠片文明》期、キャリバーはオールトの供給による貯蔵式に統一されていた。しかし現代にはキャリバーへの供給を行うためのオールト・ジェネレイターがそもそも存在しない。だからピグキャリバーの技術を応用したオールト増幅器を搭載し、個人のオールトでも動かせるように改修する必要がある」
「あの、質問してもよろしいでしょうか?」
説明が一区切りついたところでアディシアが疑問を挟んできた。
「最初から個人のオールトで動かせる余地があるのに、どうして貯蔵式なんかを採用していたのでしょうか?」
「理由はいくつかある。各個人のオールト容量の差異によって、キャリバーの出力や活動時間が異なってしまうのを是正するため。お前が倒れたように、人間からの供給だと操縦者の消耗が激しいというのもある。だが、最たる理由は、《月の欠片文明》期にはピグキャリバーが存在しなかったからだろうな」
言われてアディシアは考えた。古代都市の跡はいくつも見つかっているのに、そこからピグキャリバーに相当する出土品が発掘されたという話は聞いたことがない。
「そもそもこの時代でのキャリバーとは、個人用に小型化された携帯オールト増幅器を指している。そしてあとになって、遺跡から発掘された巨大人型兵器も古代においてキャリバーと呼ばれていたことが判明した。
そこから遡って現代のキャリバーを『小型の』を意味するピグキャリバー、巨大キャリバーを『本来の』を意味するレグキャリバーと呼んで区別するようになったわけだ」
「なるほど。身近なほうが『小型の』で、あとから発見されたほうが『本来の』ですか。考古学用語における『古今の反転』というやつですね」
アディシアはうんうんと唸って頷いた。
「古代、人々は現代よりもオールトの扱いが巧みだった。個人用の増幅器なんてのは無用の長物で、都市の維持と発展のためにオールト・ジェネレイターが必要とされたんだ。オールトによって都市機能が維持できたからこそ、《月の欠片文明》は発展した」
説明は終わりとばかりにゼヒナスは画面に背を向けた。片手に丸めた設計図を持ち、作業場の隅に規則正しく配置された部品の山に歩いていく。
ゼヒナスの背中を追いながら、アディシアは疑問を口にする。
「それにしても、どうしてそんなに高度な文明が滅びちゃったんでしょうかね?」
アディシアは古代史を齧った者共通の疑問を口にする。《月の欠片文明》は滅亡の原因が解明されていないからこそ、研究者や冒険者を魅了する謎の古代文明なのだ。
「やっぱり、古代怪獣との戦いが原因だったんでしょうか?」
「いや、怪獣との戦い自体は文明崩壊の何十年も前に終わっていたはずだ」
ゼヒナスが指を差し、指示されたアディシアが台車を転がしてくる。その台車の上に一抱えもある部品を乗せて、再び作業用車両に歩いていく。
ゼヒナスの言葉をアディシアは自分なりに検証してみた。
確かにゼヒナスの言うように、古代怪獣との戦いで文明を維持できないほど疲弊していたのだとしたら、遺跡を残せるほどの技術力や人員が戦役後に残っているはずがない。
「《月の欠片文明》の最盛期を知っているか?」
「え……っと…………あれ?」
記憶力を総動員して思い出そうとしたアディシアは、思い出せるわけがないことに気付いた。なぜならそれは解明されていないから。
《月の欠片文明》の遺跡は《彗星戦役》、正確には戦役直後の時代に集中しすぎていて、それ以前に関しては圧倒的に情報が不足しているのだ。理由は諸説あるが、やはり古代怪獣によってそれ以前の都市や記録が片っ端から破壊されてしまった、というのが最有力だろう。
「《月の欠片文明》ってのは産業革命と世界戦争以後の四百年程度を指しているんだが、最盛期は滅びる直前の百数十年程度だけなんだ。つまり、オールト・ジェネレイターが開発され、そして使えなくなるまでの期間だ」
ジョハンスとリーゼリアはすでに作業を始めていた。ゼヒナスとは違って設計図が頭の中に入っているようで、言葉を交わすことなく、黙々と迅速に機器や鋼材、配管を固定しては電線を繋いでいく。
「《月の欠片文明》は急速に発展しすぎたんだ。発展の礎となっていたオールト・ジェネレイターに重大な欠陥があるとも知らずに無茶な発展を続けた結果、その恩恵がなくなった途端に生活水準を維持できなくなって滅亡に直進しちまったんだよ」
アディシアは妙に納得した。急速な発展を遂げたがために、その反動で滅びる羽目になった。まるでさっき自分がゼヒナスの身元を聞き出そうとしたときのようではないか。
一歩一歩着実に進まなければ足元を掬われる、リーゼリアが口にしたことそのままだ。
「……あれ?」
そのときアディシアは奇妙な符合に気付いた。《月の欠片文明》の最盛期と、古代怪獣との戦いが起きた《彗星戦役》。その二つは《月の欠片文明》が滅びる直前の数十年間に集中しているのだ。
そしてゼヒナスは、考古学でも謎とされていた《月の欠片文明》の全容をどうやって知り得たのだろうか?
アディシアのさらなる追求を拒むように、来客を告げる鈴が鳴った。
「おい弟子、お前が見てこい」
「え? 嫌ですよ。どうして私が来客の対応をしなくちゃいけないんですか? 私だってレグキャリバーの製造にお付き合いしたいですよ!」
「答えは単純だ。お前が一番戦力にならないから」
「うあーん! 師匠のバカヤロー!」
物の見事に核心を突かれ、アディシアは自棄くそになって作業場を飛び出した。廊下を逆走して、受付に到着すると、待ち惚けていた二人の人物が目に入る。
「おや? 見かけないお顔ですが、新人の方でしょうか?」
二人の内の一人、前方に立つ大人びた雰囲気の男性が口を開いた。
「至急、ジョハンス殿にお取次ぎ願えないでしょうか?」
「あの、失礼ですがどなた様でしょうか?」
「おお、気が急いて初対面の方への名乗りを忘れるとは、こちらこそ失敬。私はこのヘルヴィムを預かっているヘルヴィム・ヘムロック助男爵です」
言われてみれば、目の前の男性からは『あー、おっしいねえ。あと一歩で男爵だったのにねえ』という残念感が漂っている。
いや、そんなことよりも、目の前にいる男性はこのヘルヴィムの領主なのだ。
言い置きも疎かに、その場を駆け出したアディシアは廊下を再逆走。作業場への扉を開けるべく取っ手を握って、しかし回らない。
(しまった! 扉の開け方を聞いてなかった!)と、頭を抱えてその場に蹲ってしまう。
(ああああ、どうしよう。きっと師匠たちもこんな賓客がくるなんて思ってなかったんだろうし、かといって扉を開けてくれるまで待たせておくわけにもいかないし……)
途方に暮れるアディシア。その脳裏をふとした考えがよぎった。数日前にゼヒナスの披露した技巧が思い出される。アディシアの背にはマーゲリスが担がれている。もしかしてもしかすると、もしかするかもしれない。
アディシアは左手にマーゲリスを持ち、右手を扉の取っ手に添える。目を閉じて精神を集中。ゼヒナスの助言を思い出しながら、意識をオールト領域に広げていく。
アディシアのオールトは鋼、金属に作用する力だ。今回はそれを、生成ではなく理解と操作の方向に発動させる。するとどうだろう。暗闇の世界に色がもたらされたように、掌を通じて錠の内部構造が頭の中に浮かんでくるではないか。
アディシアが機構の一部を強く意識すると、開錠の音がした。
「女怪盗アディシア誕生の瞬間ですね」
アディシアが扉を開くと、そこには目を丸くした三人が雁首を揃えていた。
「今、扉の開け方を教えてなかったって話してたんだが、まさか自力で開けたのか?」
「はい、師匠の助言を思い出しながら」
アディシアは嬉しさ満面の笑顔で言ってくるが、言うのとやるのとでは大違いだ。数日前に一度手本を見せただけで成功させるなど尋常ではない。
(もしかして僕は、とんでもない逸材を拾ってしまったのではないだろうか?)
「それよりも、ジョハンスさんにお客様ですよ」
弟子の眠れる才能に肝を冷やす師の様子に気付かず、アディシアはジョハンスへと意識の矛先を変えていた。
「あん? 俺様に用たぁ一体どこの馬の骨だ?」
「このヘルヴィムの領主であられるヘルヴィム・ヘムロック助男爵さんです」
「またあいつか」と呟いたジョハンスの横顔には、陽気な彼には珍しく影が差していた。作業場から出ていくジョハンスとリーゼリアの態度は、友好的であるとは言いがたい。気になったアディシアは二人のあとをつけていく。
「って、師匠もですか?」
「一人じゃ作業にならん。それにダチの問題は僕の問題、だろう?」
「と言う割には、両目が野次馬魂に輝いているんですが……」
受付に到着した二人は、壁の陰からひっそりと様子を窺う。




