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異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます  作者: 幼馴じみ


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杖。

 サキュバスが逃げ去ってから数分後。

 騎士への指示出しが一段落つくと、聖女が俺に声をかけてきた。


「シキ様、今回は素晴らしいご活躍でした。事前に知っていたとはいえ、あれだけの治癒魔法を連続して使用できるとは……同じ治癒魔法を使う者として、改めて驚きました」


 笑顔で、そう褒めてくる聖女。

 やはり、知っているのと実際に見るのとでは違うということだろう。


 ……まぁ、俺がサキュバスに操られた時の方が絶対に驚いてたけど。

 あの時の慌てっぷりといったら凄かった。

 さっきも笑顔がひきつってたし。


 でも、今となっては、聖女の笑顔にぎこちなさは感じられない。

 どうやら、俺がサキュバスに操られかけたことへの驚きは、騎士に指示を出しているうちに消化できたらしい。


「先程確認がとれましたが、今回、戦死者は一人も出ていないそうです。あれだけの魔物と戦って、損害は無し。まさに、奇跡のような戦果と言えるでしょう」


「そうか。それはよかったな」


 上から見ていてそうだとは思っていたけれど、やはり騎士に死者はいなかったか。

 まぁ、下級の魔物ばかりだったしな。

 絶え間無く治癒魔法も発動していたし、よほど運が悪くない限りはそうそう死ぬことのない戦いだった。


「この戦果も、全てシキ様のご活躍あってこそです。本当に、ありがとうございました」


「ご主人様、凄いです!」


 聖女とユエルが、俺の功績を手放しに褒めてくる。

 でもあれだ。

 ユエルの賞賛は純粋に受け取れるんだけれど、聖女にこうも褒められるとなんだか裏がありそうな気になってくる。

 というか聖女、「ありがとうございました」のところで俺の両手を握ってニコリと微笑んだ。

 もし聖女に人並みの胸があれば、この笑顔だけで俺は落ちていたかもしれない、そんな魅力的な笑顔だ。

 完璧すぎて、なんだか逆に胡散臭い。

 サクラの件もあるし。


「まぁ、騎士が頑張ってくれたからな」


 とりあえず、適度な距離感を保ちつつ会話を続ける。


「……そういえば、シキ様、謝礼のお話がまだでしたね。騎士や私共教会の人間にとって街を守ることは職務と言って良いですが、シキ様はご厚意で参加してくださっただけですから。謝礼は当然必要でしょう。後日正式な場で、ということになるとは思いますが……シキ様は、どのようなものをお望みですか?」


 聖女が、俺の手を包み込むように握りながら、そんなことを言ってきた。

 そういえば、俺以外はみんな領主や騎士団、教会の関係者なのか。

 冒険者みたいな民間人はいないし。

 ルルカだけは違うけれど、ルルカはルルカでおそらく別に謝礼がもらえるんだろう。


 しかし、望みか。


「……急に言われても、すぐには思いつかないな」


 唐突だったせいで、特に思い浮かばない。

 いや、思い浮かんではいるんだけれど、世界中の美女を集めたハーレムを作りたい、とかは言っちゃ駄目なんだろうし。


「特に無いということでしたら、メディネ教の大司教の地位はいかがでしょうか。ちょうど、一つ席が空いたところです。シキ様ならば、間違いなく教会側の承認も得られるでしょう。拠点もこのメルハーツの教会ということになりますから、なにかと都合がよろしいかと」


「だ、大司教っ!?」


 聖女の言葉に、近くにいたエリスが驚きの声を上げた。

 ……声を上げたエリスの表情が気になるが、まだサキュバスに高められた情欲が、僅かに燻っている感覚がある。

 今エリスを見てしまうと、色々思い出して不測の事態がおこりかねない。

 サキュバスに操られかけていた時の記憶は、はっきりしっかり残っているのだ。

 エリスのことをできるだけ意識から外し、聖女の言葉を咀嚼する。


「……大司教か」


 教会の、凄く偉い地位だということは知っている。

 でも、偉いということ以外があまりよくわからない。

 いきなり地位をあげるとか言われても、現実感が湧いてこない。


 どうなんだろう。

 とりあえず、現状わかるメリットを考えてみる。

 まず、既に俺の治癒魔法の実力はバレてしまったわけだし、保身のためにもどこかの組織で役職を持つというのはアリな気がする。

 俺の治癒魔法を適度に利用させる代わりに、俺の身を狙う存在から守ってもらう。

 そういう関係は、これから俺が生きていく上で必ず必要になってくるはずだ。


 大司教の地位にしても、偶然抜けた穴を埋めるだけだし、元々いた大司教を蹴落とすわけじゃない。

 あの大司教の取り巻きの人間も軒並み逮捕されたわけだし。

 余計な波風も立たないだろう。


 あとは……偉くなれば女の子が寄ってくる。

 これは最大のメリットだ。


「……それともシキ様は、地位よりも女性の方がよろしいですか?」


 俺が考えていると、聖女がちょうど、そんな提案をしてきた。

 どうしてそういう結論になるんだろうか。

 顔に出ていたのか?

 ……いや、サキュバスに操られたせいで、俺が女性にだらしない性格だとでも思っているのか。

 その通りだけど。


「それならば……僭越ながら、私はいかがでしょうか。血筋だけで選ばれるのであれば、シキ様に最も相応しいかと。……それに、まだサキュバスの死が確認できていない以上、シキ様の周囲に女性は多ければ多い程良いですから。エリス様とご一緒に、ということでも、私は構いませんので」


 そして、続けて言う聖女。

 俺の手を握りながら、変わらない笑顔で俺の顔を見ている。

 これはどういうことだろう。

 流石に、自分を売り込んでくるとは思わなかった。

 しかも、ハーレム容認。

 「サキュバス戦でのあなたの活躍にキュンときました」とかではないんだろうし。

 どちらかといえば、後半の翻弄されっぷりで軽蔑されているぐらいが自然なはずだ。

 とても政治的な匂いを感じる。


「ちょ、ちょっと待って! その、わっ、私はっ……わた、私は……」


 聖女の言葉を受けてエリスが何かを言おうとしているが、何も言えてない。


 今までの経験から察するに「私とシキはそういう関係じゃない」みたいなことを反射的に言おうとしたのかもしれないが、それを言うのを戸惑っているような、そんな雰囲気だ。

 否定しない、ということだろうか。

 そういうことなんだろうか。


 とても気になるが、さっきからある、下から服を引っ張るような感覚が、今はこの話題を流すべきだと言っている。

 それに、いきなり聖女なんて地位の人間にもらってくれと言われても、すぐに返答なんてできるわけがない。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。いきなりそんなことを言われても困る! それにあんたは聖女なんていう地位のある人間だろう? いくらなんでも……」


 「釣り合わない」、そう言おうとした瞬間。


「釣り合わない、などということはありませんよ、シキ様」


 聖女が、俺の考えを先読みしたかのように、そう言った。

 そして、聖女は俺の持つ、杖に視線を向ける。


 杖?

 ……そういえば。

 サキュバスと戦っている時は考えている余裕が無かったが、この杖を見てユエルとエリス、そしてサキュバスまでもが驚いていた。


 ――ふと、とある言葉が脳内で再生された。

 それは、サキュバスがこの杖を見た後、俺に接近しながら言っていた言葉。


「また、また召喚されたのかっ!!」


 サキュバスは、確かそう言っていた。

 あれは、どういう意味だったのか。

 もしかして、聖女が自分を俺に差し出そうとしていることと、何か関係が……。


 それに、聖女から杖を渡された時。

 ユエルもエリスも、杖を構える俺を、驚いた表情で見ていた。

 何かに気づいたような、そんな顔をしていた。


 ユエルやエリスから、俺はいったいどう見えていたのか。

 客観的な目で、自分を見てみる。


 サキュバスの軍勢に立ち向かう、立派な杖を持った男。


「おい、嘘だろ……」


 そうだ。

 思い出した。

 俺はその姿を、見たことがある。


 ユエルに治癒魔法を教えていて、聖書を読もうとしたあの時。

 第三章の、あのシーン。


 これは……聖書に描いてあった挿絵と、全く同じ。


 挿絵の中で、サキュバスに対峙していた男が持っていた、立派な杖。

 俺が今手に持っているこれは……間違いない。

 あの杖、そのものだ。


 ……それに、挿絵が白黒だったせいで気にもとめていなかったが、そういえば、あの挿絵に描いてあった男の髪は……黒かった。

 真っ黒に、塗りつぶされていた。

 まるで俺や聖女のような、完全な黒い髪。


 ――わかった気がする。


 サキュバスの言った「また召喚されたのか」という言葉。

 その意味が。


 俺は、日本で死んだはずだった。

 でも、気づけばこの異世界にいた。

 理由はわからなかった。

 知る方法も、無いと思っていた。


 これまで知らなかった、なぜ俺がこの世界にいるのかという理由。

 ……この考えが確かなら、それに説明がついてしまう。


「むしろ、シキ様に釣り合う女性など、この世界にはいないでしょう。シキ様の治癒魔法の実力だけが理由ではありません。……シキ様は、聖書をお読みになったことがおありでしょうか」


 聖女が、笑顔のまま口を開いた。


 聖書。

 あの、挿絵にあったものと、同じ杖。

 召喚という言葉。

 そして、挿絵の中でサキュバスに対峙していた、黒髪のあの男。

 聞かなくても、もう、だいたいの予想がついてしまう。


「世界に邪神の脅威が迫る時、メディネ神は異界から使徒を遣わせた……たしか、聖書の一章にはそういう一節があったわね」


 エリスが、独り言のように呟いた。

 ……俺も、もうちょっと、真剣に聖書を読んでおけばよかったのかもしれない。

 俺がこの世界に来た理由。

 それが書いてある本を、俺は何度も手にとっていた。


「私はこの街に来てから、ずっと探していたのです。教会から封印の宝玉が奪われ、世界を邪神の脅威が再び襲おうとしている中。この街で、まさしく神の力としか言いようのない奇跡を起こした、貴方を」


 聖女が、俺の手を握る力を強くする。

 聖女の声が、手のひらが、確かな熱を帯びているのを感じた。

 そして、聖女はそのまま地面に跪くと、俺を見上げる。


「メディネ神の加護を受け、遠き世界よりやってきた、神の力の象徴にして我らの救世主……」


 それから、聞き間違えようのない、はっきりとした声で言った。


「聖人様」

四章はここまでです。

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