武器を決める。
もう一日、三階層でゴブリン狩りを続け、早くも俺の武器を買うための予算、五千ゼニーを確保できた。
今回買ったのは、冒険者間で専ら初心者向けと言われている武器、片手用メイスだ。
メイスの利点は意外に多い。
メイスは、ある程度の筋力さえあれば技術が無くても扱える。
刃の向きを考え真っ直ぐに振るわないといけない剣と違い、ただ力任せに振り降ろすだけでも十分なダメージを期待できるために、メイスは使用者の技術の無さをある程度カバーしてくれると言えるのだ。
また、武器の劣化も少ない。
例えばユエルが使っているような切れ味を重視したナイフなんかは、魔物の骨や爪等の硬いものに当て続ければすぐに刃こぼれしてしまう。
相手の攻撃を受け止めたりすると下手をすれば折れる可能性だってある。
メイスというのは正直に言ってただの鉄の棒だ。
もちろんグリップ部分には握りの革が巻いてあるし、先端部分が重心になるような形状はしているが。
しかし、だからこそメイスは刃物と違い頑丈で、魔物の攻撃を受け止められる。
相手の攻撃を回避できないような技術の無い人間には使い勝手が良いのだ。
まぁ僧侶職って言ったら鈍器じゃね? という安易な考えがきっかけだったんだけれど、話を聞いてみたら案外鈍器というのはこんな感じの扱いやすい武器だった。
というわけでメイスである。
今回買ったのはそのまんま金属バットのような鉄の棒だ。
バットとの違いと言えば先端が少し尖っていることぐらいしかない。
俺としてはトゲトゲの付いた棍棒のようなものがかっこよくて欲しかったんだけれど、それは武器屋のおっちゃんにやめた方が良いと言われてしまった。
ソードメイスやスパイク付きのメイスは攻撃を受け流しにくいらしい。
ゴリゴリのマッチョで魔物にも力負けなんてしないぜ! というのでも無ければ、攻撃を受けた時に変な受け方をして衝撃を流すことができず、そのまま力負けしてしまうことがあるのだそうだ。
迷宮四階層への階段。
この先に行くと、四階層の魔物、グリーンイビーが居る。
グリーンイビーは人を模した植物の魔物で、両腕の位置にあるツタによる攻撃が特徴的だ。
ツタを振り回して殴打したり、ツタで相手を拘束したりしてくるらしい。
拘束。
女性冒険者が縛り上げられて宙吊りに、そこにもう一本の触し......ツタが伸びてあーんいやーんな展開もあるのだろうか。
もし女性冒険者が沢山のグリーンイビーに囲まれちゃったりなんかしたらもう身体中ツタだらけのがんじがらめにされちゃうんだろうか。
妄想が捗る。
是非ルルカ達のパーティーが戦闘しているところを見てみたい。
道標に沿って進むと、居た。
大部屋に一匹だけである。
まずグリーンイビーを目視したユエルが駆け出した。
俺は今日もサンドイッチと水筒を手に持ちながらそれを眺める。
一応メイスを背中に背負ってはいるが、普段から戦うつもりは全くない。
間違いなくユエルの邪魔になるからだ。
ツタを鞭のように振るうグリーンイビーの間合いにユエルが入りこむ。
大きく勢いをつけた緑のツタが、ユエルに狙いを定めて弧を描く。
そしてその軌道上には同じく弧を描くユエルのナイフ。
切り飛ばされるツタ。
流れるように二本目のツタも明後日の方向へ飛んでいく。
早くも攻撃手段を失ったグリーンイビー。
立ち尽くすそれの首にユエルがナイフを差し込む。
グリーンイビーはユエルの走りを止めることすらできずに光の粒子となって霧散した。
戦闘時間、ほんの数秒である。
本来は鞭を振り回したようなツタ攻撃が脅威の難敵であるはずなのに。
俺だったらツタをメイスで受け止めたところで、そのまましなったツタに後頭部を殴打されてKOされそうだ。
まぁ魔物とはいっても植物だから攻撃力はそこまで高くはないかもしれないが、ユエルのように即撃破とはいかないだろう。
そう、ユエルのレベルが高すぎるのだ。
そもそもユエル一人で時間を掛けずに殲滅できるわけで。
無理に俺が参加する必要はない。
あくまでメイスは敵の数が多い時のための自衛用である。
四階層の道のりも大分進んだ。
そろそろ五階層の入口が見えても良い頃だろうか。
丁寧に、繊細に、宝物に触れるように優しくユエルの頭を撫でていると、ふと道標の向こうに二人の人影が見えた。
一人がもう一人に肩を貸すようにしてこちらに歩いてくる。
男の冒険者の二人組だ。
二人共二十歳程度だろうか。
近づいてみると、背の低い方の男が、背の高い方の男を半ば背負うようにして歩いていた。
そして彼らの後ろには血のライン。
怪我人だ。
「おい、大丈夫か」
「あ、あんた、神官か? よかった。こいつがジャイアントアントに足を、足をやられちまったんだよ。他の冒険者にも今日に限ってなかなか会えねぇし、このままじゃ地上まで保つかどうかわからねぇ。頼む、止血だけでも良いんだ。治してやってくれねぇか」
俺は修道服を着てはいるけど神官じゃない。
神官ではないけど治癒魔法が使える。
まぁ説明も面倒だしどうでもいいんだけど。
「左足の太腿から下が無い......食われたのか? これはひどいな。エクスヒール」
治療の対価に謝礼をぼったくってやろうかとも思ったが、出血がかなり多い。
背の高い方、男Aの顔は出血のせいか蒼白で、失血で体も震えている。
今の状態の男Aを放置して、ふっかけた金額で交渉なんて始めたらかなり恨まれそうだ。
それに男とぐだぐだ交渉してもつまらないしな。
「なっ......」
「エクスヒール!?」
一瞬で完治した足に驚く男AとB。
エクスヒール程になると使える人間は多くない。
というかかなり少ない。
あまりひけらかすようなつもりもないが、目の前に怪我人が居るのに治さない程どうしても隠したい、というわけでもない。
「俺みたいな腕の良い治癒魔法使いに会えて良かったな」
「すげぇ......」
「欠損をこんな一瞬で治すなんてあんた何者......いや、違うな。ありがとう、助かったよ」
驚きの表情で足の感触を確かめる男A。
男Bから離れ、もう自分の足だけで立っている。
あぁ、治してしまった。
元から大怪我した人間を放置するような度胸は無かったが、治したら治したで欲が湧いてくる。
謝礼が欲しい。
金が欲しい。
でもこいつらは後払いで大金を払うような殊勝な人間だろうか。
わからない。
払うかもしれないし、払わないかもしれない。
いや、ジャイアントアントっていったら六階層の魔物だ。
六階層の魔物に致命的な怪我をもらうような奴らだ。
今日もどうせ勇み足で実力に見合わない階層に突っ込んだとかそんなところだろう。
しこたま金を溜め込んでるなんてことは無さそうな気がする。
「ご主人様、流石です!」
俺の回復魔法を見て、ユエルがキラキラとした尊敬の視線を向けてくる。
心地いい。
「治癒魔法で怪我を治す」というところに思うところがあるのだろう。
俺を興奮の混じった顔で見つめ、うっとりしている。
とても心地いい。
そうだ、俺はユエルの尊敬できるご主人様でなければならない。
なんだかそんな気がしてきた。
ユエルにもっと尊敬されたい。
もっともっと尊敬の眼差しで見つめられたい。
金の代わりに俺のかっこよさアピールの踏み台になってもらおう。
危険な迷宮に潜り、颯爽と怪我人を治療して回る謎のイケメン凄腕治療師な雰囲気でいこう。
今この瞬間、俺は無欲で清廉なユエルのご主人様なのだ。
「金は要らない。拾った命を大切にするんだな。ユエル、行くぞ!」
華麗なターンを決め、相手の反応を待たずに立ち去る。
「っ......! はい、ご主人様!」
そろそろ良い時間だ、帰るのも良いだろう。
ユエルは治療に対価を求めない俺の姿勢に感動でもしたのか、つぶらな瞳をますますキラキラさせてこっちを見ている。
あぁ、気持ちいい。
ユエルの中の俺の株はきっと直角九十度のラインを描いて爆上げしていることだろう。
今の俺はきっと超が付く程かっこいい。
「いいのかよ! いや、あんたスゲー腕だな、王城のお抱えでもこうはいかねーんじゃねぇか? あんたに会えてよかったぜ、ははははは!」
背中に軽い衝撃が走る。
男Bだ。
俺の肩を無理矢理に抱き、何が楽しいのかバシバシと叩いてくる。
「にいちゃんいいやつだなぁ! 生臭どもに爪の垢を飲ませてやりたいぐらいだ!」
いつの間にか元気になった男Aも俺の隣から話掛けてくる。
しかもずっとついてくる。
あれ、なんか違う。
俺のイメージと違う。
俺のイメージでは凄すぎる治癒魔法に呆然とする男AとB。
俺が颯爽と立ち去った後「あの無欲でかっこいい謎の神官は一体何者だったんだ」みたいな感じになるはずだったのに。
男ABの立ち直りがあまりにも早すぎる。
いや、流石冒険者と言うべきか。
切り替えが早い。
しかも男ABとはここで別れるつもりだったのに、帰ったら方向一緒じゃん。
俺はアホか。
背中を向けて立ち去った方がかっこいいだろうなとか思ったけど完全に墓穴だった。
自分に酔いすぎて思考力が落ちていた。
はぁ、男にベタベタされても気持ち悪いだけで意味がない。
「マジかよシキ、そのエリスって奴はひっでぇ奴だな!」
「そうなんだよ、ちょっと偶然胸に触っちゃったぐらいでクビだぜ? やってらんねーよなぁ?」
「シキ程優秀な奴なんてそうそういないってのに、そいつは何を考えてんのかね」
「あぁ、全くだぜ!」
「「「はははははは!!」」」
場所は変わっていつもの酒場。
いや、話してみるとなかなか気の良い奴らだった。
背が高くて怪我をしていた方がエイト。
背が低くて言葉遣いが雑なのがゲイザーだそうだ。
そうして酒場の一角で俺とユエルは食事を奢ってもらっていた。
「でもそんだけ治癒魔法が使えるならどんな治療院でも引っ張りだこだろ?」
「いや、ここだけの話なんだが俺、実は神官じゃないんだよ。修行もしてないしな。あんまりそのあたりに突っ込まれたくねーんだ。エクスヒールのこともできれば秘密にしておいてくれ」
もしかしたら神官じゃなくても何も問題ないかもしれないが、藪蛇の可能性はある。
問題無かったとしても、エリスの話では普通厳しい修行を何年もしてやっと欠損以外の大怪我をなんとか治療できるといった程度なのだ。
「俺はあれだけ教会で修行したのに何であいつが!」みたいな嫉妬も怖い。
「あぁ、訳ありなんだな。あー、でもそれなら個人で治療院開けばいいんじゃないか?」
「そうだ、毎日ここに入り浸ってんだろ? ここでテーブル一個借りればいいじゃねぇか。出張治療所みたいな感じでよ」
「あんたの腕なら俺は通うなぁ」
「冒険者仲間に広めてやってもいいぜ!」
出張治療所。
その発想は無かった。
どうせいつも半日ぐらい迷宮に潜ったら、酒場で食べるか飲むかユエルやミニスカを眺めるかしかしていないのだ。
アリかもしれない。
「そうだな、それもアリかもしれないな!」
こんな大衆向けの酒場ならお貴族様も来ないだろうし、客層も冒険者や肉体労働者が多い。
需要はありそうだ。
試しに酒場のマスターに話をしてみたら、酒場の隅に出張治療所を開く許可があっさりともらえた。
酒場としても客寄せになるから大歓迎ということで、丸テーブル一個と立て看板、そしてカーテンのような仕切りを用意してくれた。
カーテンを用意してもらったのは治療のために必要だから......ではなく交渉のために必要だからだ。
いつルルカのような客が来るかわからない。
酒場公認の治療所になった今、酒場で変な絡み方をしてくるような客はもういないだろうが、それでもあの交渉手段は少々目に毒である。
必要と言ったら必要なのだ。